その目に浮かんだ泪が落ちることはない


任務帰り、いつもなら早く本部に戻って休むのに、骸様は突然足を止めた。しかも視線が見知らぬ少女に向かっているから余計驚く。

桜の木に寄りかかる、どことなく儚げな人。寝息を立てて眠っているのに、死んでいるように見えてしまった。

そんな彼女にどことなく悪巧みをしているような笑みを浮かべて近づく骸様。私は近づくこともせず少し離れたところで見守っていた。




「ん・・・」




小さな呻き声にぴたりと骸様の足が止まった。一瞬顔をしかめたものの、彼女はまた安らかな表情で眠りに入った。

けれども骸様はピクリとも動かない。不自然なほどに。

だから、思わず声をかけた。




「骸・・・様・・・?」

「・・・クローム」

「はい」

「少し離れていてください」

「え?きゃあっ!!」




ぶわああああっ!


突風に襲われて草の上に尻餅をついてしまう。

気づけば、照り輝く暖かい太陽も、清々しい青空もなくて、空は灰色の雲に覆われていた。風も、冷たい。

なだらかな春はどこかへ消えてしまった。

でも、何より驚いたことは・・・それでも骸様がまったく動かなかったこと。さすがにそれは変で、よくよく見たら・・・骸様の足は蔦で雁字搦めにされていたことに気がついた。




「まったく。相変わらず自然に好かれているようだ」




忌々しげに舌打ちをする骸様。さっきまで骸様の足元に視線が行っていたけれど、今、私の視線はあの、女の子の方に向かっていた。




(何だろう・・・)




幸せそうに笑っているように見えるのに、すごく、悲しそう。あの笑いが悲しそうなんじゃなくて・・・

きっと、あの子の心が・・・泣いているんだ。

すぐにでも目元に涙が浮かびそう。




「クローム!?」




半ば無意識のうちにあの子の元へ歩いていた。

遠くのほうで骸様の叫び声が聞こえるけれど、足を止めることはできない。




「泣かない、で・・・?」




そっと触れたその子の手は、氷を触っているのかと錯覚するくらい冷たかった。春の暖かささえ拒絶しているように思えた。

これは、同情?ううん、可哀想なんじゃない。ただ悲しいだけ。すべてを諦めてしまったこの子がすごく私と重なるから・・・




「・・・誰?」




ゆっくりとその子が目を開けた。いつの間にか黒い雲に覆われた空から太陽が現れ始めて、春の陽気さが戻ってきている。

かち合う瞳と瞳。私は何も考えずに、その子を見ていた。その子はさっきまで眠っていたせいかぼんやりと私を見ていた。




「あの、えっと・・・」

「骸の知り合い?」

「え・・・」




骸様を、知ってるの?

そう聞こうとしたら、隣からの声に口を噤んだ。

いつの間にか骸様が私の隣に立っていた。




「お久しぶりです。この子は僕の・・・弟子と言ったところですかね?」

「その趣味の悪い髪形は無理強いさせたの?こんな可愛い子に?」

「ち、違うの!この髪型は犬が・・・」

「ふうん。で?」

「え?」

「何してんの」




冷たい、目。

向けられているのが私じゃないことに少なからずほっとした。こんな視線をぶつけられたら自己嫌悪に陥ってしまいそう。

すべてを否定するような目。存在を、否定するような目。そんな視線をぶつけられながらも骸様はやわらかく笑っている。

・・・つまり、作り物の笑みで対応してる。




「いえ、任務帰りに貴方を見つけたので少しからかってやろうと思ったのですが・・・見事に失敗しました」

「ふうん」

「あの、貴女は・・・骸様と、知り合い、なの?」

「私のこと知らないの?」




きょとんとした顔を向けられ戸惑う。

いくら考えても、私はこの子のことを見たことはなかった。




「貴女の存在は上層部だけの秘密ですよ。無論、貴女がしたこともね。クロームも上層部の一員ですが直接貴女を見たことはない。クローム、彼女は咲希。沢田綱吉が追っている吸血鬼です」

「あっ・・・」




その言葉でハッとした。やっと彼女の言葉の意味が分かった。

ボスが追っている吸血鬼のことはよく聞かされている。ボスのお兄さん、ジョットを殺した人。まだ少女でありながら天才と呼ばれたジョットを殺した。

だからボスが復讐のために彼女を追っていること。殺そうとしていること。

・・・まさか、こんな子だとは思わなかった。だって、すごく・・・悲しそう。




「クロームっていうの?」

「あ、えっと・・・クローム・髑髏」

「ふうん。クローム、早くこんな奴見限ったほうがいいよ?いろいろと最低だから」

「おやおや、それは心外ですね。僕はなけなしの両親で沢田綱吉に君の情報を渡すことをしないのに」

「私への興味、好奇心からでしょ。よく言うよ、このペテン師が」




仲・・・悪いんだろうか。

なんとなく2人の間にある空気がぴりぴりしてる。・・・一応敵なんだし、仲いいはずないよね。




「ペテン師とは心外ですね。それを言うなら貴女だって大分巫山戯た道化師だ」

「私の何を知ってるの」

「そう、ですね。大分憶測ですが・・・。ジョットのことなら知っていますよ。彼がエクソシストを止めたがってたことや」

「え・・・」




私は驚いて思わず言葉を漏らしてしまった。けれど咲希は眉をひそめるだけ。

止めたがっていた?エクソシストを?ジョットは天才と呼ばれるほどの才能の持ち主だったのに、どうして?それに、どうしてそんなことを骸様が知っているの?

疑問が頭をぐるぐる回る。けれど何一つ答えは出てこない。




「情報収集は僕の得意とする分野ですよ」

「ふん。そんなことどうだっていい。私の情報を持っているのはこの世にたった2人だもの」

「ああ、アラウディと・・・雲雀恭弥ですか」

「そう。あの2人は私の情報を売ったりしない」




自信満々に言う咲希に今度は骸様が眉をひそめた。腹の探りあい、をしているみたいだ。

あれ?でも雲雀恭弥って・・・




「骸様、雲雀恭弥って・・・」

「ああ、そうですよ。雲の守護者です。彼はアラウディと半分血のつながった兄弟なんですよ」

「兄弟・・・。アラウディって・・・あの・・・?」

「ええ」




アラウディ、彼の存在はとても有名なものだ。その圧倒的な力の前には悪魔が百人いたって敵わない。エクソシストでだって彼に傷をつけることができたのはジョットただ一人。

誰とも群れることのない孤高の存在。異常なほどの強さ。けれどその力が人に危害を及ぼしたことはただの一度もない。彼の行方は誰にも知ることができない。

・・・しかも、そんな彼は植物系の悪魔だというし。ジョットがエクソシストの天才なら、アラウディは悪魔の天才と云われるほど。




「アラウディは彼女の・・・生みの親、みたいなものですかねえ」

「っ、なんでそこまで知ってるのよ」

「彼は有名ですから。彼とあなたを見た悪魔なんて腐るほどいますよ」

「最悪。胸糞悪い。もう顔も見たいくないから早く帰れば?」

「つれないですねえ」




そう言うのに骸様はあっさり咲希に背を向けて歩き出した。私は咲希が気になりながらも、骸様の後に続く。

しばらくして骸様が唐突に話し出した。




「どうして、咲希に近づいたんですか」

「え、」

「無事だったからよかったものの死ぬかもしれなかったんですよ。咲希がむやみに人殺しをしませんが彼女を守る植物は容赦ないですから」

「・・・悲しそう、だったから」




ぽつりと呟いた私の言葉を骸様が繰り返す。




「私と、似てる気が、した」

「・・・似てる、か。クローム、どうして彼女がジョットを殺せたと思いますか?」

「え?」

「ジョットは天子と呼ばれたエクソシスト。あのアラウディでさえそれなりの代償を払わなければ殺せない。それなのに咲希は殺した。どうしてか分かりますか?」

「・・・分からない」

「僕はジョットが彼女に恋をしていたからだと考えています」




恋――?

思わず息を呑んだ。異種族の恋はご法度じゃないけど、悪魔とエクソシストの恋は有り得ない。しかもジョットは天才。




「その思いに漬け込んで、かと考えていましたが。クロームもわかったでしょう?彼女は殺しが好きなわけではない」

「・・・うん」

「ジョットも悪魔殺しは好きではない。咲希は特別人に害をなすわけではない。2人の間に何があって、ジョットが死ぬことになったのか僕にはまだ分からない」




骸様の言葉は、そこで終わった。

ぐるぐるいろんなことが頭を支配する。恋をした?エクソシストと悪魔が?それでどうして死ぬことになったんだろう。

・・・むしろ、本当にジョットは死んだんだろうか。咲希に殺されたことになっているから死体なんてない。彼が死んだ真実は咲希しか知らない。


もしも、ジョットが逃げたかったんだとしたら?


自分の考えは即座に否定された。だったらわざわざボスに殺したことを云う理由がないから。

ここまで考えてしまうのはやっぱり・・・彼女が悲しい目をしていたから。






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