地獄の業火に焼かれ死ぬのは誰


「10代目!」




必死な顔で駆け寄ってくる獄寺君。そんな彼に笑いかけることすらできないのはただ単に元気がないとかそんな理由じゃない。

忘れてしまったんだ、笑い方を。優しさを、安らぎを、楽しみ方を・・・。人として、大事な感情が欠落してしまったんだ。

もう何も、感じられないほどに。感じるのは・・・憎しみだけ。




「咲希に・・・会ったんスか・・・」

「悪魔に襲われてたときに、来たんだよ」

「お怪我は!?」

「ないよ!!」




思わず怒鳴ってしまってから後悔する。――こんなの・・・ただの八つ当たりだ。

いつもいつも、ぎりぎりのところで助けられる。がどういうつもりなのかは分からない。

俺のプライドをずたずたにしたいのか、からかって愉しんでいるのか、玩具が他に悪魔に弄ばれるのが嫌なのか。

だから、悪魔に狙われることは日常茶飯事でも傷つけられたことは滅多に無かった。

それが酷く情けなくて腹立たしくて・・・それでも、俺は弱いままだ。




「シャワー・・・浴びてくる」




気まずくて、それでも謝ることも出来なくて。俺はその場から逃げ出した。

悔しい。悔恨と憎悪に手を握り締めた。無意味に苛立つ自分に苛立って、負の感情に心を支配され続けている。

それが苦しいわけではなくて・・・。それは、それだけが俺が今ここにいる理由だからいいんだ。ただ、どうしようもない焦燥感に襲われるだけ。




「綱吉君」

「9代目?」




後ろから声をかけられ振り向けば、そこにいたのは9代目だった。

穏やかに笑ってはいるものの、その瞳には悲しみが渦巻いている。誰がそうさせているのか、そんなことわかりきっているけどどうしようもない。

俺は、この感情を消すなんて・・・無いことにするなんて、出来ないんだから。


9代目、ボンゴレ――エクソシストの頂点――を統べる人。年をとってはいるがまだ現役だ。

俺は彼の後を継ぐ予定になっている。本当だったらジョットが継ぐはずだった10代目の座を、死んでしまった彼の代わりに。




「君ももう、16になる。10代目として、守護者を集め、力を鍛えてほしい」




守護者・・・ボスを守る6人の幹部。

ボスは大空と謳われ、幹部には "嵐" "雨" "雷" "晴" "霧" "雲" と大空を彩る天候になぞらえた呼称がある。

嵐は獄寺隼人、雨は山本武、晴は笹川了平、雷はランボ、霧には六道骸とクローム・髑髏がいる。

雲だけはまだいない。




「君には家庭教師をつけようと思う。アルコバレーノの一人、リボーンだ」

「アルコ・・・バレー・・・ノ・・・?」

「エクソシストの中でも天才と呼ばれる7人。どの集団にも属さず独自の立場から人間を守っている。リボーンとは古くからの知り合いでね」




守護者とその家庭教師、リボーンはすでに集まっているらしく俺は9代目について礼拝堂に向かった。

礼拝堂、神を敬い拝む場所だけれど、俺は神の存在を信じていない。神なんているはずがない。だって、だったらなんで――




「お前がツナか」

「え・・・え?」




大人のように低く汚い声でなく、小さな子供のような声に顔を上げるとそこには小さな赤ん坊がいた。

赤ん坊だっていうのにスーツを着て、ボサリーノを被って、黒という印象を与える子。




「俺はリボーンだ。お前の家庭教師を務めるぞ」

「は、あ?」

「そういうことだ。よろしく頼む、リボーン」

「え、ちょ、9代目・・・」




信じられない、驚いて口も聞けない俺を他所に9代目行ってしまう。

赤ん坊・・・確かに赤ん坊だ。何度見ても赤ん坊。

透き通った黒い瞳からはまるで何も読み取れない。逆に心を見透かされてしまいそうだ。




「マジ、かよ・・・」

「それからお前の雲の守護者、雲雀恭弥だ」

「え。雲?」




リボーンの見ているほうを見れば、見覚えの無い青年が一人立っていた。

俺とは違う黒い髪に黒い瞳。東洋人風の彼は山本とは違う神秘的でエキゾチックな雰囲気をかもし出していた。

俺たちとは・・・次元が違うような気がする。人・・・なんだろうか。




「よろしくお願いします、雲雀さん」




一応挨拶をしたら・・・睨まれた。鋭い視線に言葉が出なくなる。体も何かに縛り付けられているかのように動かない。

運動したわけでないのに息切れして・・・つううと背中を汗が伝うのを感じた。

呼吸が、うまく、出来ない――・・・


そんな俺を見て、雲雀さんはポツリと呟いた。




「弱い」

「っ!」

「軟弱。・・・僕は、君たちと群れる気ないから」




彼の瞳は冷たかった。全てを否定し、全てを拒絶しているかのように、その瞳には何も映ってはいない。

まるで、ガラス球だ。




「まあそういうな」

「赤ん坊・・・」

「こいつは原石なんだ。磨き方次第では石ころにだって宝石にだってなれる。近い将来、とんでもなく化けるかもしんねーぞ」




どんな根拠があってああも自信満々にいえるんだろう。リボーンはニヒルに笑っている。

さっきまで何にも興味なさそうったのに、とたんに輝いた目を見て背筋が震えた。

にやり、口端をあげ、確実に獲物を見る目だあれは。俺の本能が逃げろと告げている。




「へえ。君が言うならそうなんだろうね、赤ん坊。それじゃあ楽しみにしてるよ。次会うときにどれくらい成長しているか」




雲雀さんはそれだけ言っていってしまった。

俺ののどはカラカラで足はがくがく震えている。情けない、自分でも心底そう思う。

そんな俺の思いを見透かしてか、リボーンがたずねてきた。




「強くなりてーか」

「・・・え?」

「なるてーだろ」

「・・・なりたい、よ」




今まで伏せていた顔を上げる。俺はもう一度、睨みつけるようにリボーンを見た。

彼の瞳に映る自分は強く、それでいて不安定な瞳をしているように見えた。




「・・・のためだ」

「え?」

「何のために強くなりてーんだ。おめーは」

「何のためって・・・。みんなを、悪魔から、守るために」




嘘だ。

リボーンがそう言いたげに見えた。けれど何もいわなかった。

・・・みんなを守りたい気持ちはある。大事な俺の仲間を。けれどもそれ以上にあるのは憎しみだった。

優しさも、思いやりも、躊躇も全部を燃やし尽くしてしまう業火の炎が。あいつを殺したいと燃え盛る。

だから、そのために――




「明日から俺が特訓してやるぞ」




リボーンがどんな気持ちでそれを言ったのか、そんなことは俺には関係なくて。

俺は、静かに頷いた。






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