少女は願う、彼が幸せでありますように、と


「はぁ・・・はぁ・・・・」

「キシャアアアア!!」

「っ!!」




ボゥ


月だけがその場を照らしていた。けれど、小さな音とともに暗闇にオレンジ色の炎が浮かぶ。

派手でなく、穏やかで温かみのあるそれは、確かに"彼ら"をと惑わせていた。

けど、俺の炎じゃ・・・!




「っ!!」




だんだんと小さく、消えそうになる炎に戦慄が走る。

ニヤニヤと笑いながら少しずつ近づいてくる彼ら。

声をあげたくてものどはカラカラで悲鳴をあげることも助けを呼ぶことも叶わない。

伸びてくる手に諦め、目を瞑る。揺れ動く空気に震える体が情けない。


そして、届いたのは・・・甘い香り。吐き気が・・・してくる。

悔しさで震える体を何とか押さえつけゆっくりと目を開けた。

そこにはさっきまでいた彼らの姿はなく・・・不自然なほど大量のバラの花びらが散らばっていた。




「つーなよーし君♪」

「っ!!」

「相変わらず弱いね〜」




ケラケラ、空っぽの笑い声が耳元で、すごい遠くで、頭の中で聞こえる。

殴ってやりたい、殺してやりたい、炎で今すぐ焼き殺してやりたい!!

どれだけそう思っても・・・どれだけ憎んでも恨んでも・・・炎は出てこない。

俺にできたのは、命を助けてくれた敵を睨むことだけだった。




「殺してやる・・・」

「私がいなかったら死んでたくせに?」

「うるさい!!」

「怒らないでよ〜。こわーい」

「消えろ!!」

「はいはい。バーイバーイ」




フッと消えた気配と甘ったるいバラの香り。

それでも体に入り込んできた香りが頭を痛めつけ胃を刺激する。




「くそっ!!」




こんなにも弱い自分に心底吐き気がしてくる。

たった数匹殺しただけで疲労の現れるこの体が・・・何より、あいつに助けられることが・・・!!

何にもぶつけられずに溜まっていく苛立ち、ムカつき、悔しさ、憎しみ、怨み・・・それだけが俺の生きる糧だった。

1年前から・・・ずっと。


兄さんが・・・ジョットが死んだ、あの日から









「んんっ・・・」




体がビチョビチョに濡れてて、太ももからは汗が流れ落ちている。

いくら寝起きでも、こんなに汗をかいたことはない。この異常なほどの汗は何か不吉なものを感じさせた。

一刻も早くこの気持ち悪さを洗い流したくてシャワー室に向かう。

けど、いくらシャワーで汗を流しても体を洗っても、胸に残る生暖かさは消えない。気持ち悪い・・・


ガタンッ




「っ!!?」




なんだ・・・?

突然の物音に寒気が走った。こんな朝早くに起きている人なんてそうはいない。

それだけじゃなくて、もっと・・・もっと漠然とした不安が俺の中には広がっていた。




「っ!?」




ふっと吹き消されたかのように消えた電気に本格的に怖くなった。

がたがた震え始めたのは、体が濡れて中途半端に冷えたからじゃない。絶対に。

何も見えない闇・・・、すると、目の前に明かりがともった。




「薔薇・・・?」




一輪の薔薇が現れた。しかも棘のついた蔦を手足のようにしている。

薔薇の陰が目のように見え、花びらの間の暗闇が口のようにも見えてきた。

一瞬気のせい、恐怖の見せる幻覚だと思ったけれどそれが覆されるのは次の瞬間




「キャハハハハッ!」




子供のような甲高い声で薔薇が、鳴いたから。

笑い声。狂気に満ちた笑いに背筋がゾッとする。




「死んじゃったぁ」

「え?」

「ジョットが死んじゃったよぉ」




キャハハハハッ、また笑い声が響いた。けれど、笑い声よりも俺の頭の中では言葉が反響している。

何かの間違い、嘘、幻覚、いくらだって可能性はあるのに・・・妙な不安が、胸騒ぎがとまった。




「泣いてるのぉ?」

「――っ!」

「・・・私も悲しいなぁ」




裂けた口はどう見ても笑っているようにしか見えなかった。けれど、花びらの合間から流れる水滴が・・・涙のようにも見えた。

ボンッ、軽い音を出して花は小さく爆発し消える。


殺したのは咲希 吸血鬼の、化け物だよ


どこからもなく響いた声を、俺は無条件で信じた。そうだ、と俺の頭の片隅で誰かが呟いていた。




「ツナ!!」

「山本・・・?」

「大変なんだ!!お前の兄ちゃんの・・・ジョットの蜻蛉球が・・・」

「割れた?」

「え・・・?」




蜻蛉球・・・それはエクソシストになる誓いを立てたものが教団に預けるもの。

自分の血と魔力を埋め込んだ玉は持ち主の生命力を現している。死にそうならば色は薄く透明に近づき、生命力に満ち溢れていれば濃い色をした玉になる。

それが割れたということは持ち主の死を示していた。




「許さないっ・・・」

「ツナ!?」




がむしゃらに頭を拭いて服を着替える。エクソシスト用の懺悔服に。

腰には銃を。手にはグローブを。




咲希はね、丘の上の小さな教会にいるよ。昔あなたとジョットが住んでいた小さな教会に。




声は確かに、そういった。









「はぁ・・・はぁ・・・」




昔住んでいた教会に。走って走って走って。駆け上って息が乱れる。

それでも、そこに一人綺麗に立っている人のところに走った。




「・・・あなたが、綱吉君?」

「はぁ・・・はぁ・・・」




ようやく上についたとき脚はもうガタガタで、彼女のほうが僕に近づいてきた。

柔らかく笑うその顔はまるで人間のようだけれど、俺にはわかる。

彼女は、吸血鬼だ。

俺は腰元から取り出した銃を、彼女の額に当てた。




「お前がっ、咲希、か」

「ふふっ。どんでもないご挨拶だ〜。そう、私が咲希だよ」

「殺すっ!!」




次の瞬間、銃は地へと落ちていた。咲希の姿はどこにもなくて、微かにバラの香りが漂う。




無理無理、殺せっこないよ!




嘲笑うような声だけが・・・頭の中に響いた。




「やるっ・・・殺してやる!!」




ぼろぼろと零れ落ちた涙。涙と一緒に優しさだとかそんなものも捨てた。

俺の中にあったのは、ただただ、憎悪の心だけだった。






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