猿と犬の仲

明陀宗に所属する僧正の中でも、昔ながらに座主に付き従えてきた一族が三つ、存在する。
一つは蛇(ナーガ)を使役して魔を喰らう宝生家。
もう一つは経典を暗唱して座主を後援する我等が三輪家。
そして、錫杖(キリク)を使って肉弾戦に持ち込む志摩家。
この三家は特に明陀との結び付きが強く、纏めて称する時には明陀御三家とも呼ばれる。
そして其の御三家は大概幼い頃からの顔馴染み同士で、大概仲が良い筈、なのだが。


「何やと、蝮ぃ!もっぺん言うてみぃ!」

「一遍で聞き取れへんのか、此の御申!頭からっぽやと違うんか!」

「又か…」


宝生家の長女である蝮と志摩家の次男である柔造の幼馴染みコンビは、如何せん反りが合わず仲もまるで犬と猿(…この場合は蛇と申か)の様に悪かった。
序でに言えば、志摩家四男と宝生家次女・三女の仲も相当な物。
喧嘩を勃発させる度に蛇やらと錫杖やらを取り出し、出張所内で暴挙に至るのは日常茶飯事。
そうして、出張所の物資を尽く破壊してしまうのも、…残念ながら日常茶飯事だ。
そうこうしている内に真言(マントラ)を唱えて蛇を召喚した蝮と、錫杖を素早く構えた柔造に私は痛く為ってきた頭に手を宛てがって項垂れる。
現在地は出張所の縁側、要は人が行き交う主要の通路。

…何時までも放置していく訳にはあきまへんな、此れ。
早々に終止符打たんと、被害者が出はる。


「其の棒キレ、今日こそへし折ったる!」

「おーおー!遣ってみぃや、此の蛇女!返り討ちにしたろやないかい!」

「へし折る前に、返り討ちにする前に、…得物を仕舞ってそこに正座せんかい糞餓鬼共!!」

「きゃっ!?」

「いだぁ!?」


スパーン、と軽やかな音を立てて此処数年で何度買い替えたか分からない両刀のハリセンが蝮と柔造の側頭部を張り飛ばした。
正に"両成敗"、ハリセンの側面に縦書きした文字の通り。
勢い良くひっ叩いた所為か、縁側から横の庭へと落ちた二人を横目にハリセンを腰のホルダーに納めて、私はダンッと床板を踏み締めた。


「顔を合わせりゃ蛇と錫杖でど突き合いど突き合い…幾つになったんや御前さん等は!ええ加減にせぇよ!!」

「ひっ!で、でも、猫乃姉様!志摩のが!」

「何や、蝮!俺が悪いと言うんか!」

「黙りよし!もっぺんひっ叩いたろか!」

「「は、はいっ!」」


ガッと眼を吊り上げて怒鳴れば、蛇と申は縮み上がって庭の石砂利の上に着物が汚れるのも構わず正座を構えた。
学習能力はそこそこらしく、歳が割りと近い所為もあってか私と顔を合わせる事の多かった此の二人の喧嘩は、此処数年ばかりで私の声が鶴と成り毎度直ぐに収まる様になった。
収まる様にはなったが…、喧嘩自体は一方に学習能力を稼動させる事もなく平行線を辿っている。

嗚呼、頭が割れてまう。
子猫丸の心配より、此方の心配をせなあかんなんて。


「蝮は二十一、柔造は二十二…もう成人も済ませた立派な大人が、蛇と錫杖で取っ組み合い…アホくさ。アホくさて敵わんわ…」


私がぐっしゃぐしゃと頭を掻きむしりながら溜め息を漏らす間にも、庭に並んで正座をしている幼馴染み同士の目線がぶつかり合って火花を散らす。


「お前の所為やぞ、蝮ぃ…猫乃に怒られたんは」

「私(あて)の所為やない、志摩の所為やっ」

「あぁん?そもそも蝮が縁側を塞いで退かんかったんが原因やろが…!」

「私が太い言いたいんか、この御申…!」


小声で話しているつもりらしいが丸聞こえなのを分かってはるんやろか此の戯け共は。


「…小言が足らんか…」

「「御免なさい」」


再びハリセンを構えれば、即座に額を石砂利に擦り付けた二人はとても息がピッタリだった。
流石幼馴染み、要らない所では息の合う様を披露してくれるらしい。
蝮の蛇が困惑した様子で私の足元を這い擦り回る中、私は今日一番の深くて長い溜め息を漏らしたのだった。

弟よりも手の掛かる後輩なんて洒落にもならへん、と。




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