ほしいものはひとつだけ

6


 逆の立場になって、途端にセリスの肩がびくりと震える。
 けれどきつく掴んだ手首を、俺は離さなかった。


 もう片方の手で、セリスの頭を引き寄せて逃げ道を塞ぐ。
 驚き、薄く開かれた唇に舌を差し入れて歯列をなぞり、そのまま舌を追う。
 息もつかせぬキスにたちまち身を竦めるセリスを無視して、上顎の内側もなぞり、彼女の舌を絡め取った。
 そしてようやく口唇を解放して、告げた。





「好きだ」





 どれだけ否定されても、この想いだけは否定しないで欲しいと願いながら。
 他の何の景色も映さず、ただセリスの瞳だけを見つめて、自分の想いの丈を告げた。



「う、そ…」



 セリスが零した、先程と同じ否定の言葉。
 けれど、同じようでいて明らかに意味合いの違うその言葉には、驚きと戸惑いが混じっていた。



「…ホント。じゃなきゃ、こんなにもお前の事気になったり、お前が笑顔を向けた奴ら全員に嫉妬したりなんてしないだろ」

「…―――っ…、」



 さらけ出した大人気ない胸の内を聞かされたセリスが一瞬驚きたじろいで、それが掴んだままの手首から伝わったけれど、構わずそのまま言葉を続ける。




「…お前しか見てない。俺はセリスしか見えてないよ。いつだって――…今だって」




 下手な言い訳よりも。

 今目の前にいるセリスへの気持ちを伝えたいから。





「好きなんだ」





 もう一度、今度はゆっくりとセリスを引き寄せて、華奢な身体を抱きしめた。
 腕の中に収まった彼女を、何の迷いもなく全ての想いを込めて強く抱きしめ、そのまま口づけた。

 繰り返し、何度も。

 同時に、彼女の深い碧の瞳に湛えていた涙が音もなく静かに零れ落ちた。










 ―――…過去と決別できた、と思っていた。



 レイチェルと最期に少しだけ話す事ができて、ようやく自らを戒めていた鎖を解く事ができて、やっと前を向いて歩いていけると思っていた。
 これでやっと、セリスとも向き合っていけるのだと。



 だけど、囚われていたのは俺だけじゃなかったんだな。



 無責任な態度で、俺はどれだけお前を傷つけた?
 何気ない言葉で、俺はどれだけお前を惑わせたんだろう。


 
 考え始めると…思い当たる節がありすぎるから。



 だから今度はお前の手で、俺を戒めてくれればいい。

 雁字搦めにされたって構わない。



 俺はそれ以上に、お前を離すつもりはないから…。


 


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