■■■■ ほしいものはひとつだけ
4
…けれど、
(なんだよ、そのカオ)
見上げる彼女の瞳と、滲む涙。
向けられたその表情は、拒絶でも困惑でも、ましてや挑むような強気なものでもなくて。
その顔に滲ませていたのは、傷ついたというような…そんな色合い。
予想に反した反応に、俺の方が戸惑ってしまう。
受け入れられるなんて、もちろん思っていなかった。
予想していたのは…どちらかというと拒絶かもしれない。
それを判っていながらその上で追い込んだのは、その奥に隠された、誰も見たことのないセリスを見てみたいと思ったから。
彼女に触れる事ができれば、何かが変わるんじゃないかって。
仲間という一線を越える事ができるんじゃないか…なんて。
奥底に潜んでいたのは、そんな不埒な想い。
その身勝手で歪んだ想いが、俺を突き動かしていた。
けれど…そんな表情を返されるとは思ってもいなかった。
傷付いてる?
何に…?
『―――…なの…?』
―――瞬間。
弾かれるように何かが脳裏を掠めた。
記憶の闇に、なにかが灯る。
同じような状況が、以前にもどこかであったような。
さして遠くなく、そう近くもないような、そんな気がして記憶を手繰った。
奥底に沈む、朧げな断片を拾い集めようとした。けれど、
「……やめた」
結局思い出せず、考える事を放棄した。
同時に追い込む気持ちも霧散して、セリスを解放してやる。
「ごめん、冗談だよ」
不恰好な笑みを零しながら。
出来る限り冗談に見せるように、怯えさせないように、……目を合わせないように。
彼女から離れてベッドを降りる。
…そんな顔、させたいわけじゃない。
かといって、怯えた顔が見たかったという訳でもないけれど。
今はただ、口先だけの冗談がバレないように、セリスと視線を合わす事なく部屋を出ようと立ち上がった。その時、
「……嫌い」
聞こえるか聞こえないかの、消え入りそうな微かな声。
耳に届いたその声がうまく聞き取れず、思わず振り返る。
「え…?」
「……弱い男は、嫌いなの」
視界に入ったのは、起き上がり、ベッドの上で座ったまま俯くセリスの姿。
表情は、長い金糸に遮られて読み取れない。
「――…冗談と言うなら…、本気でないと言うのなら…はじめからこんな事しなければいいじゃない」
声は小さいものの、はっきりとした意志の篭った声で告げたセリスは、そのままベッドから手を伸ばして立ち上がり、俺の袖を掴んだ。
「いいえ、本気な訳ないわよね。あなたは結局、私を見てはいないもの。いつだって…―――今だって」
俯き、腕を掴むその手は僅かに震えていた。
「なのに、冗談でもそういう事される度に…言われる度に、あなたに愛されてるんじゃないかって錯覚して…。ばかよね、私はただの代わりでしかないのに…」
―――だから私も、特別視しないように努めていたのに。
そう言葉を零した後、震えていた筈の彼女の手に、きゅっと力が篭る。