ほしいものはひとつだけ

4


 …けれど、


(なんだよ、そのカオ)


 見上げる彼女の瞳と、滲む涙。
 向けられたその表情は、拒絶でも困惑でも、ましてや挑むような強気なものでもなくて。
 その顔に滲ませていたのは、傷ついたというような…そんな色合い。
 予想に反した反応に、俺の方が戸惑ってしまう。
 



 受け入れられるなんて、もちろん思っていなかった。
 予想していたのは…どちらかというと拒絶かもしれない。


 それを判っていながらその上で追い込んだのは、その奥に隠された、誰も見たことのないセリスを見てみたいと思ったから。



 彼女に触れる事ができれば、何かが変わるんじゃないかって。

 仲間という一線を越える事ができるんじゃないか…なんて。



 奥底に潜んでいたのは、そんな不埒な想い。
 その身勝手で歪んだ想いが、俺を突き動かしていた。




 けれど…そんな表情を返されるとは思ってもいなかった。



 傷付いてる?

 何に…?
 




 『―――…なの…?』






 ―――瞬間。

 弾かれるように何かが脳裏を掠めた。
 記憶の闇に、なにかが灯る。

 
 同じような状況が、以前にもどこかであったような。
 さして遠くなく、そう近くもないような、そんな気がして記憶を手繰った。
 奥底に沈む、朧げな断片を拾い集めようとした。けれど、



「……やめた」



 結局思い出せず、考える事を放棄した。
 同時に追い込む気持ちも霧散して、セリスを解放してやる。



「ごめん、冗談だよ」



 不恰好な笑みを零しながら。
 出来る限り冗談に見せるように、怯えさせないように、……目を合わせないように。
 彼女から離れてベッドを降りる。


 …そんな顔、させたいわけじゃない。


 かといって、怯えた顔が見たかったという訳でもないけれど。
 今はただ、口先だけの冗談がバレないように、セリスと視線を合わす事なく部屋を出ようと立ち上がった。その時、



「……嫌い」



 聞こえるか聞こえないかの、消え入りそうな微かな声。
 耳に届いたその声がうまく聞き取れず、思わず振り返る。



「え…?」

「……弱い男は、嫌いなの」



 視界に入ったのは、起き上がり、ベッドの上で座ったまま俯くセリスの姿。
 表情は、長い金糸に遮られて読み取れない。



「――…冗談と言うなら…、本気でないと言うのなら…はじめからこんな事しなければいいじゃない」



 声は小さいものの、はっきりとした意志の篭った声で告げたセリスは、そのままベッドから手を伸ばして立ち上がり、俺の袖を掴んだ。



「いいえ、本気な訳ないわよね。あなたは結局、私を見てはいないもの。いつだって…―――今だって」



 俯き、腕を掴むその手は僅かに震えていた。



「なのに、冗談でもそういう事される度に…言われる度に、あなたに愛されてるんじゃないかって錯覚して…。ばかよね、私はただの代わりでしかないのに…」


 ―――だから私も、特別視しないように努めていたのに。


 そう言葉を零した後、震えていた筈の彼女の手に、きゅっと力が篭る。





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