ほしいものはひとつだけ

3







「…お前なんだけど」

「え…?」

「俺が欲しいのは、お前なんだけど」

「―――…?!」



 告げた途端。
 真っ赤に染まった彼女の頬は更に赤みを増して、戸惑いには更に混乱が混じる。
 押さえ付けた肩越しからは緊張が伝わってくる。

 鈍感な彼女も、ここまで言えば今がどんな状況なのかを流石に察したようで。
 けれど頭ではまだ理解しきれていないらしく、手の甲で口元を覆い隠しながらどこか必死な面持ちで聞いてきた。



「わ…、私はただ、誕生日に何が欲しいか聞いただけなんだけど…っ」

「判ってるよ。だから今貰おうと思って」

「だから、何を…!」

「だから、お前を」

「……っ…!」



 彼女に今しがたされていたように、今度は逆に俺が彼女の頬に片手を添えて、視線を合わせた。



「言ったよな?何でもくれるって」



 彼女の目に、俺はどう映っているのだろう。
 それが知りたくて、探るように碧の瞳を見つめた。
 同時に、目の前にいるのは仲間ではなく、ひとりの男なのだということを判らせたかった。





 …本当は。



 今ここで、こんな事を告げるべきじゃなかったのかもしれない。

 けれどもう、何もかもぶっちゃけてしまいたいと思った。
 困らせるって判っていて、それでも。




 もういい加減、堪えられなくなっていた。


 仲間という関係にも。
 この曖昧で不確かな距離感にも。




 セリスに対する『仲間』以上の感情。
 それを伝えた事はない。
 冗談で"惚れた?"なんて聞く事はあっても、本気で伝えた事はなかった。
 だから、彼女の無自覚な態度に、一方的な嫉妬の感情を晒して腹を立てるのも門違いだって判ってる。

 

 けれど、もう限界だった。



 仲間として、セリスが誰彼構わず笑顔を向ける事に。
 仲間として、自分に他意のない笑顔を向けられる事に。



 出会った頃はヒヤリと冷たい剣のように表情がなく、『氷の魔女』の異名も頷ける程の冷気を纏っていたセリス。
 けれど今では、見違えるほど表情豊かによく笑うようになった。


 その笑顔は誰に対しても平等で。
 もちろん俺に対しても、何ら変わりはなかった。
 特別なものは、何もない。
 皆と同じでしかない、その笑顔。


 以前はもう少し近かったように思えた距離感も、今ではなぜか遠くに感じた。





 まるで、欠けたグラスのようだ。


 いくら注いでも、欠けた隙間から零れていく水のように。
 いくら皆と同じ笑顔を向けられても、全然、俺の心は満たされなかった。



 笑った時のセリスは、本当にきれいだ。

 
 だからこそ、俺にだけ。
 特別なおまえを見せてほしい。
 身勝手でわがままな独占欲だって判ってる。



 判ってるけど、





 『皆と同じ』じゃ、嫌なんだよ。





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