■■■■ ほしいものはひとつだけ
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「あの半端だった地図がこんな細かく…、ロック1人で書いたの?」
「ああ、もうちょっとで完成かな」
「すごいわ。流石ね…」
それに一通り目を走らせて、セリスは感嘆の声をあげた。
褒められると、悪い気はしない。
「だろ?惚れた?」
得意げに笑って見せて、褒められついでに冗談めかして聞いてみる。
「え……?ああ、それより私あなたに用事があったのよ」
どこぞの王様のおかげでその手のアプローチを難無くかわす術を学んだ彼女は、表情を変える事なくさらりと話題を変更した。
別に本気で答えを求めていた訳ではないけれど、あからさまに受け流されるのも何だか空しい。
そんな俺の思いは微塵も伝わる事なく、セリスはこの部屋に来た趣旨を俺に伝えた。
「ロック、今度誕生日なんでしょう?」
「え?ああ、そういやそうだったっけな…」
…すっかり忘れてた。
けれど、日々戦いに身を投じているこんな時に自分の誕生日がどうとか言ってる場合じゃないだろうし。
それに、そもそもそうやって祝ってもらうような年齢でもないから正直気にはしていなかった。
「何か欲しいもの、ある?」
「いや…、別にいいよ」
「どうして?」
「今そんな事やってる余裕なんてないだろ?」
そうは言ってみても、心のどこかで祝ってもらいたいと思う気持ちはないとも言えず…相反した気持ちが交錯する。
そんなの若干の期待を抱きつつある女々しい胸中を悟られないように、セリスから視線を反らした。…その時、
「―――っ!?」
イキナリ、暖かく柔らかな手の平が両頬を包んだ。
驚く隙もないまま、再び強引に視線を合わせられる。
「そんな事言わないで。年に1度きりしかないあなたの誕生日なんだもの。何でも言って?私があげられる物ならなんでもあげるから。ね?」
向けられたその表情…
それはオペラ座の看板女優、マリアも影を潜めるほどの、華開いた白百合のように綺麗な微笑みだった。
一瞬で、その笑顔に魅入られる。
同時に、不穏にざわめく鼓動が胸を打った。
―――ああ、まただ。
向けられた笑顔は、本人にとって多分無意識で無自覚。
本当に自然で、綺麗で、温かいものなのに。
なのに俺は…、
その笑顔を向けられる度に、言いようのない程の黒い感情に心を蝕まれてしまう。
…おまえ、ホントわかってねーのな。
どれだけ魅力的な表情を相手に向けているのか、とか。
その表情、その笑顔で、簡単に男の心を惑わせるんだって事、全然判ってない。
だから、王様や賭博師の心までむやみに引き付けたりするんだよ。
…俺も、その一人だけど。
本当、勘弁してほしい。
―――自覚が無いから腹が立つ。
ガタリと音をたて、少し乱暴に椅子から立ち上がった。
瞬間、触れていた手の平が頬から離れたが、その手を逆に掴んで無言でセリスに詰め寄る。
「ロック…?」
辺りを包む空気が明らかに変わり、セリスの声にもにわかに戸惑いが混じる。
木製の窓枠が、ガタガタと揺れはじめた。
天候は一変して、嵐の気配。
「欲しいものなんて、たったひとつだ」