ほしいものはひとつだけ

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 逃げられると追いたくなるのは、きっと本能ってやつなのかもしれない。



 獲物を捕らえた獣の心境で、じりじりと、少しずつ追い詰めていく。



 別に、怯えさせたいわけじゃない。





 だけど、






 ―――逃がすつもりはない。





『ほしいものはひとつだけ』






「な、なんなの…?急に…」

「なにって…、」

「きゃ…っ!」


 意味も判らないままに徐々に、けれど確実に逃げ道を失っていくセリスの足元に、無情にもベッドの縁が当たった。
 そのままバランスを崩して背中からベッドへと倒れ込む形となった彼女は、すぐさま肘をついて起き上がろうとする。
 けれど、間髪を入れず彼女の上から覆うようにベッドに手をつき、完全に逃げ場を封じた。



「これが答えなんだけど?」



 問いに答えて、彼女を見下ろしてみる。

 シーツに広がりうねる金の髪、驚きと戸惑いが入り混じって揺れる碧の双眸。
 林檎のように朱く染まった頬に、少しだけ震える口唇。

 なかなか絶景、なんて。

 そんなおどけた感想が言える程の心の余裕は、正直全くない。
 彼女はと言うと、今だ俺の答えの意味を理解していないらしい。



「…私が聞いた事の意味、判ってるの…?」

「うん、だからこれが答え」

「や、だから…」



 尚も起き上がろうと小さな抵抗をみせるセリスの肩を押さえ付けて、告げた。
 あくまでも、笑顔で。



「俺が欲しいのは、―――…。」












 彼女が俺にそれを聞きに来たのは、数刻前の事だった。



「ロック、いる?」



 穏やかに雲が流れ、ナルシェ上空に差し掛かろうとしていた飛空挺が冷気に包まれはじめた、少し肌寒い夜。

 飛空挺船内の自室でカンテラだけを燈し、机の上で地図に情報を著述していると、扉の向こうから伺うように尋ねてきた。
 誰なのかなんて、声だけで判る。



「ああ、いるよ」

「入っていい?」

「どうぞ。鍵は開いてるから」



 振り返りもせずそう答えると、静かにドアノブを回して部屋に入ってきたのはセリスだった。
 椅子に座り、机に向かう俺を見て彼女は気遣うように声を掛けた。
 


「…あ、ごめんなさい。忙しかった?」

「いや、今終わったところ」



 あらかたの情報を地図に記し、最後の文字を書き終えてペンを置く。
 地図をたたもうとした時、セリスが地図を覗き込んできた。



「これって…、」

「そう、今の世界地図」



 崩壊して、地形を変えた世界。

 そしてこれは、仲間と散り散りになった後俺が一人旅をして地図に落としていたものと、セリス達が独自に書き著してきた地図を合わせたものだ。
 飛空挺で空から見渡しながら詳しく正確な情報を記せるおかげで、中途半端だった地図は今の世界をほぼ網羅できるものになった。






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