Crash down!

4


 ざわつく鼓動。
 ちらつく欲望。
 ぐらつく理性。


 
 先程の一杯が効いたのか。
 はたまた別の理由からか。

 頭がクラクラする。

 彼女にその気が全くないのは判っている。
 けれど。


 緩慢な仕草や柔和な表情。
 甘えた口調や潤んだ瞳が。


 完全に…誘惑のそれだった。


 それに応じてロックの鼓動は自分の意に反して速度を増し、心は自分の制止を振り切り彼女を欲し始める。
 このままこの場にいては、匂い立つような彼女の色香を前に、自分を制御する事もままならなくなるような予感がして。
 暴走しそうな心を戒め、ロックは苦悶する心を落ち着かせるように堅く目を閉じた。
 そして胸に渦巻く様々な欲求の全てを吐き出すように、言葉と共に深く長い溜息をつく。



「……俺はいいからお前はもう―――」




 その言葉の途中で、不意に。

 自分の左頬に、ふわりと柔らかく触れた彼女の熱い指先。




「―――――ッ!??」

「―――…くるしいの?」




 突然頬に感じた彼女の指先の感触に、ロックは閉じていた目を弾かれたように見開いた。
 驚きのあまり声を上げそうになり、慌ててそれを飲み下す。



「ロック…、くるしいの…?」



 驚くロックをじっと見つめ、ソファから身を乗り出して腕を伸ばすセリスは、なおも心配そうに見上げながら同じ言葉を紡いだ。

 目を伏せ、眉を寄せたロックの表情を見て苦しそうだと思ったのだろう。
 確かに、苦しみに堪えていた事には違いないのだが…。

 本当に心底心配しているような、そんな表情で見上げてくるセリス。
 それ以外に、彼女に他意はないのだと判っている。
 それでも。



 もう…勘弁してくれっ…



 平静を保とうとしていた心は、彼女に触れられただけで一瞬にして呆気なく乱され、胸を打つ鼓動は尚更速度を増した。

 そんな表情で そんな瞳で そんな口調で

 これ以上何かをされたなら…理性を保つ自信など全くなかった。
 こんな彼女を目の前にして、それでも理性を保てる程自分は真人間ではないという事を、自分自身がよく知っている。
だから。



「べ、別になんでもねーよ!」



 頬に触れる彼女の手を引き剥がしながら、ロックはあえて苛立たしげにそう告げた。



「でも…、今すごく苦しそうなカオ…」

「大丈夫だっ!」

「ほんとに…?」

「本当に何ともない!とにかく!……お前はもう寝ろ。
こいつらはもう起きそうにないし、お前だけでも部屋に帰れ」



 すると、セリスが眉をへの字に下げて不満の声をあげた。



「え〜〜〜〜」

「え〜〜〜〜、じゃない。今何時だと思ってるんだよ。明日に支障をきたすだろ?部屋まで送ってやるから」



 ロックは腕を伸ばしてセリスの両手を取り、立ち上がるように促した。
 セリスはその手に縋るように立とうとしたのだが…ぽすん、と再びソファに沈む。



「あれ?…立てない…」



 首を傾げるセリスに、ロックは唖然としたがやがて溜息をつき、



「……しょーがねーなぁ……」




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