■■■■ Crash down!
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そしてそんな超高級ワインが、彼女の手の中以外にあと10本程、高級ワインらしからぬ哀れな姿で至る所に無造作に転がっていた。
……既に空になった状態で。
「エドガーがね?フィガロで手にいれてきたすごくめずらしいお酒なんだって。それでみんなで飲もうっていって飲んでたの。
ちゃんとロックがかえってくるの待ってたのよ?でもなかなかかえってこないから…さきに飲んじゃった」
呆然としているロックの傍らで、セリスは言いながら胸に抱えていたワインのコルクを外して手酌で半分ほどグラスに注いだ。
注いだ瞬間、華やかな香りが辺りに広がる。
その香りはまるで、咲き誇り馥郁と香る花畑に瞬時に放り出されたような…そんな気分にさせた。
ああ…
さすが「百の花の香りを集めた」と称される珠玉のワイン……
……じゃなくて。
「…お前はもう飲むな」
ロックはやや強引にセリスの手からグラスを奪い、取り上げたそれを一息で飲み干した。
濃厚な果実の甘酸っぱさが喉を潤す。
その直後、喉元を通りすぎたそれは柔らかな炎となって全身を駆け巡った。
思った以上に度数が強い。
そして、普通のワインとはケタ違いな程に美味かった。
初めて飲んだ激レアワインに酔いしれながらも、頭の片隅で、自分が求めてやまなかったこのレアワインを労せず手に入れてしまえるどこぞのふざけた王サマと、自分そっちのけで惜し気もなく10本近く空けた挙句酔い潰れてしまったこの大馬鹿野郎どもに
ムカつきと苛立ちを隠せずにいた。
腹の底が滾るように熱いのは、きっとアルコールのせいだけではないと思う。
「ちょっとーそれ私のでしょー」
取り上げられたグラスに手を伸ばし、セリスは不満そうに頬を膨らませた。
「もうやめとけって。…ってかお前まだ未成年だろ?元々飲んじゃダメだろ」
「なによーコドモ扱い?よっぽどロックの方がコドモみたいなカオしてるくせに…
あら?そーゆーのなんて言うんだっけ?えっとー…………童貞?」
「ち・が・う!!」
それを言うなら童顔だ!
と直ぐさま言い直そうとしたが、ロックは酔っ払いに真剣に取り合う気にもなれず、とりあえず否定して軽くあしらった。
それにしても…。
セリスも他の3人同様、完全に泥酔していた。
すっかり酩酊してしまった彼女の頬はうっすらと桜色に色づき、瞳もどこか潤んだように見え、少し開かれた赤い唇は男を誘うように悩ましく…。
今だかつて見たことのない目の前の彼女の変貌ぶりを、今ようやく正面から見据えたロックは顔を赤くし、思わず視線を逸らす。
…………ヤバイ…………
彼女のその風体は、ロックの理性を危険なまでに揺るがせた。
けれどそんなロックの心内を知る由もないセリスは、無邪気にロックに笑いかける。
「ねぇ、ちゃんとロックのも残してあるのよ?だから今からいっしょに飲みましょうよ」
「ね?」と小首を傾げながら柔らかく微笑んで、まだ中身の入っているボトルを両手で差し出しながら見上げてくるセリスのその表情は、本当に普段の彼女とは掛け離れ過ぎていて。
―――…可愛いらしい事この上なかった。