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ようこそ三日月堂へ!

全てはタイミング



第88話



いつも通り荷物の搬入を終えて、検品と品出しを繰り返し、全ての荷物が捌けたところで、客注品のチェックに入る。それから、カウンターのパソコンでメールのチェックと今日のスケジュールを確認したところで、時刻ジャスト。

私は笑顔でお店のシャッターをあけた。





「…ふぅ。」



今日の午前中は主に常連さんたちとのやりとりで終えた。昨日の休業はどうしたのかと、心配の声もちょくちょくとあり、私は少し体調が良くなかったと嘘をつき、ひとりひとりに、ご心配おかけしましたと頭を下げた。



「それじゃ、またくるね。」



そういって帰っていった常連さんを最後に、お店に静寂が戻る。このままお昼休憩に入って、午後からは発注業務をしようとカウンター周りを片付け、一度家に戻ろうとした時、お店の入り口があいた。



「…藤堂さん。」

「こんにちは、名前さん。」



そこには、待っていたような、来ないでほしかったような、複雑な人が立っていた。



「…今日はお休みですか?」

「ええ、連休をもらってて…あ、いまお店大丈夫ですか?もしかしてこれからお昼休憩?」

「…ええ、その予定でして。」

「よかったらこの近くに美味しいご飯屋さん知ってるんですが、一緒にどうですか?」



僕もお昼まだなんです!そういってお店の中へと一歩進む藤堂さん。私のズボンのポッケではケータイがマナーモードで振動している。おそらく監視をしている山崎さんだろう。けど、ここでケータイを見るのは不自然なので、私はそっと手を当てるだけにした。



「…いいですね、でもわたし、恥ずかしながら、仕事が溜まっていて。それに、いつもお弁当を用意していて、店内でお昼休憩をとるようにしているんです。」

「あぁ、そうなんですね。…じゃぁ、お邪魔でなければ少し店内にいてもいいですか?また、棚を拝見したくて!」

「かまいませんよ。」



そう、この店内であればカメラも盗聴器もあるし、私に何かあれば、すぐ対応してくれる。ここは一番安全な場所。なんてことはない、私は普段通りでいればいいんだと、強く自分に言い聞かせた。



「最近、三日月堂さんは売り上げどうですか?」

「そうですね…、なんとかですかね。大江戸書店さんは、やっぱり相変わらずのお忙しさですか?」

「ええ、この前もサイン会があって、」



他愛もない話をしながら、さっき片付けた書類をカウンターにまたひろげる。仕事をしているフリをしながら、藤堂さんとの会話をしつつ、頭ではこれからのことを考えるという、我ながら驚きの器用さを発揮する。

そう、盗聴器を仕掛けたり、ポストカードをいれたのが藤堂さんだとは、まだ決まったわけじゃない。現時点で証拠はない。けど、もし。本当に犯人が藤堂さんであれば、私は伝えないといけないことがある。ここは、どう動くべきか。…そう、罠をどうかけるか。



「…そういえば、最近万引きが結構多くて。」

「あぁ、わかります!本屋としては常に悩ましい問題ですよね…。」

「そうなんです、それで防犯カメラを増やそうと思って、業者の方に頼んだんですが、この間、売り場にどうも心当たりのない盗聴器が仕掛けられているのを見つけて。」

「…ええ!?それは物騒ですね…名前さん大丈夫ですか?」

「ええ、警察には被害届を出しているんですが、少し怖いので、いま、恋人と同棲しているんです。」



私のことを心配する藤堂さんは、第一印象と同じ好青年で、一連の事件の犯人が藤堂さんじゃないことを心のどこかで願っていたが、私に恋人がいることをサラッと伝えると、これまで必ず返事を返してくれていた藤堂さんが、急に黙った。



「……大江戸書店さんも気をつけてくださいね、どういう意図で本屋に盗聴器が仕掛けられたのかは不明ですが、」

「恋人が、いらしたんですね。」

「…ええ。」

「真選組の沖田さんではなく、以前に、彼が旦那と呼んでいた方でもなく、別の方ですか?」

「…そうです。」

「……恋人がいるのに他の人とよく出掛けているなんて、驚きです。」



あぁ、やっぱりそうなのか。藤堂さんだったのか。“他の人とよく“その一言で疑いは確信に変わった。私が日頃、誰と出掛けているのか、この人は知っている。私はグッと拳を握って、動揺を悟られないように会話を続けようとしたが、



「てっきり、ただの警察の護衛かと思ったのに。」



藤堂さんが小さく漏らした言葉に、私は息を呑んだ。



「…藤堂さん、」

「…名前さん、伝えるのが遅くなってしまったんですが、あなたと僕は運命だと思います。」



私の言葉を遮り、藤堂さんはそういいながら静かにゆっくりと、私のいるカウンターの方へと距離を縮めてきた。私は思わずビクッとしてしまったが、決して目は逸らすまいと、藤堂さんをしっかりと目で追う。



「初めて大江戸書店でお会いした時も言いましたが、よくここにはお客として来てました。そして、ずっとあなたをみていた。仕事熱心ですごいなって。何より驚いたのは、どことなく俺と似ている感性を持っていて、三日月堂の棚を見た時、ああ、これは運命かもしれないって。だから、名前さんが、大江戸書店で俺の棚を見てたとき、確信したんだ。」



僕から俺に、敬語からタメ口に。藤堂さんの話ぶりや声のトーンが明らかにさっきまでと違う。それに、強調された運命という単語がさらに不気味さを感じさせる。



「俺たちは出会うべくして出会ったんだなって思ったら、いてもたってもいられなくて。どうやって名前さんにそのことを教えようって思ってたんだけど、なかなか俺たちの距離が縮まらなくって。」



名前さんって意外に鈍感すぎるしね!そういって藤堂さんは、カウンターに両手をつき、私を見て、目を細めて笑った。



「それなのに、よく他の男の隣を歩いてるから、どうしようって悩んでたんだ。」

「…ポストカードは、藤堂さんがいれたんですか?」

「ポストカード気付いてくれた?あれ、名前さんの名刺と一緒の活版印刷所で刷ってもらったんだよ。」



気に入ってもらえたかな?といって藤堂さんは笑うが、まさか私の名刺から、お世話になっている印刷所まで特定して、そこにわざわざあの気味の悪いポストカードを依頼していたなんて。…笑えない。



「…盗聴器も、あなたですか。」

「さっきもいったように全然距離が縮まらないから、仕方がなく。ああ、でもそのおかげで名前さんが他の男たちから言い寄られて困っているのに気が付けたことはよかったかな。」



ポストカードも盗聴器も認めた藤堂さんは、別に悪そびれた様子もなく、むしろ楽しそうに話を続ける。



「嫌いな男と出掛けたり、看病しに行ったり、偽装お見合いを手伝ったり、名前さんは優しすぎると思う。もちろん、そういうところも好きだけど。」



初めて、好き、という単語が藤堂さんから出てきて、全身に嫌悪感がビリつく。けど、藤堂さんはお構いなく、私の横髪を手で掬って口元に持っていく。ああ、気持ちが悪い。けど、聞かなくちゃ。ちゃんと、相手の気持ちを聞き出さなくては。

…罠は、もう十分に仕掛けた。



「…藤堂さんは、わたしが好きなんですか。」

「うん、…ずっと、好きだった。」

「…でも、わたしは藤堂さんの気持ちには応えられません。」



震える声でも、しっかりと相手に届くように。私は藤堂さんの目をしっかり見ながらそういって、私の髪を触る藤堂さんの手をそっと離した。



「藤堂さんのこと、最初から拒絶したことは謝ります。まだ、藤堂さんの気持ちも聞いてないのに、わたしの勝手で距離を取ろうとしたこと、ごめんなさい。」



私がそう言って頭を下げると、藤堂さんは驚いたように、え?と、小さな声を漏らした。



「わたし、自分が嫌いだったんです。だから、誰かに好かれるなんて考えたこともないし、…他人からの好意は怖い経験しかなくて。…だから、避けたんです。」



でもそれって、といって私は席を立つ。カウンターを回り込んで、藤堂さんの目の前に立つと、藤堂さんは首をかしげた。



「相手の想いを無下にする不誠実な行為でした。その想いに応えられないなら、そう相手にちゃんと伝えるべきですよね。避けたりしたら、そりゃ相手は意味がわからないし怒るのも当然です。」



だから、



「改めて言います。わたしは、藤堂さんの気持ちに応えられません。」



申し訳ありません。そういって私は、藤堂さんに頭を下げた。その瞬間、ドンッと肩を叩かれて、私は立っていたバランスを崩し、その場に尻餅をついた。



「…それこそ、相手の想いを無下にしている!」

「…わたしが言っているのは相手の気持ちを聞かずに逃げる姿勢のこと、気持ちを受け入れるかどうかはわたしが決めることっ…、それは、藤堂さんが決めることじゃない…!!」

「どうして…っ!!」



そういって勢いよく私に馬乗りになってきた藤堂さんに、思わず私が悲鳴をあげたと同時に、背後から大きな影が現れ、一瞬にして藤堂さんは私の上からいなくなった。



「……ギャアギャアうるせぇ。発情期かこのヤロー。」



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