ようこそ三日月堂へ! |
これからのこと 第86話 「さっきまでの否定はどこいったんでィ。」 「なにここぞとばかりにでしゃばってきてんの?」 「お前らそろそろ斬るぞ。」 でも総悟の言う通りだ。さっきまで否定していた土方さんが、自ら総悟の作戦に名乗り出るなんて、会話の流れがおかしい。近藤さんも、気が変わったのか?と聞くと、土方さんは首を横に振った。 「警察として、真選組の副長としての立場ではやっぱりノーだ。個人の感情で組織は動かせねェ。てめぇもそのへんしっかり弁えろ。」 「つまんねェ。」 「面白い面白くねぇじゃ、ねぇよ!!!」 けど、といって土方さんは私の方を見た。 「俺、個人としてなら動ける。」 「え、」 「だからお前らも一個人として、俺が誘き寄せた奴を捕まえろ。おい、そういう作戦でいいんだろ、総悟。」 「ま、残念ながら適任はあんたしかいねェのは事実なんでね、しっかりやらねーと、俺があんたを斬りますぜ。」 「ちょ、」 「んじゃ俺は俺で動くわ。万事屋はそもそも、組織云々に関係ねーからな。」 私を蚊帳の外にして決まっていく作戦とやらに、胸が締め付けられる。まさか警察としてじゃない、個人で私のために動いてくれるということが、嬉しくも畏れ多かった。私は、そこまでされるほどの人間なんだろうか。嘘をついているのに。私なんかのために、 「(な、んか…って、思っちゃ…いけない。)」 ふと深月さんの言葉が浮かぶ。そう、私なんかと思っちゃいけない。ここは、申し訳ない気持ちで頭を下げるところじゃない。 「あ、りがとう…ございますっ…!」 感謝の気持ちが一番大事だ。 私はそう思い直し、改めてみんなに頭を下げた。すると、銀さんが私の頭をポンポンと叩き、任せろ。と言ってくれた。顔を上げると、土方さんも総悟も近藤さんも、みんな笑っていた。私はもう一度、泣くのを堪えて頭を下げた。 総悟の作戦はいたってシンプルで、土方さんが私の恋人になる。そのことに相手が気付いたら、なにかしらのアクションが起きる。そのひとつひとつの証拠をできるだけ押さえ、タイミングを図って、現行犯逮捕につながる罠をかけるという。 「(とはいえ、…)」 「名前、今日の夜は外に食いに行くか。」 「あ、よかったら何か作り、」 「いや、外に出てお前と俺の姿を見せた方がいいだろ。前一緒に行ったところでもいいか?」 「わ、わかりました!」 あれから総悟と銀さんは手分けして、お店に小型のカメラを複数設置し、私とお客との会話を聞くためにカウンターには盗聴器。また住居内にも盗聴器が仕掛けられた。それらは全て土方さんの指示で山崎さんが監視してくれることになった。 山崎さんに指示を出している時点で、それ組織利用…と思ったが、山崎は違うとふたりに言われ、山崎さんの立場が心配になった。 「(今度お詫びの品と、タイミング見て差し入れもしなきゃ…)」 そして一番の思いきった作戦は、土方さんとはしばらく同居することだった。のんびりしてる暇はない、短期決戦で挑む!といった近藤さんの計らいで、さっそく今日の土方さんの仕事はなしになり、半休扱いになった。 こいつと同居だァ?!?なんて、銀さんは、なぜか反対しまくっていたが、私としては真剣にこれからのことを考えてくれる総悟や、仕事外の時間を私のために割いてくれる土方さん、それを承諾してくれた近藤さんには感謝しかない。 「そうだ、朝は6時に家を出る。帰ってくんのは、19時くらいになると思う。」 「あ、わかりました。朝ごはんも夜ごはんも、明日はお家で用意しますね!好きなものありますか?」 「マヨネーズ。」 「…マヨネーズ。」 とはいえお互い仕事があるので、一日中一緒とはいかない。その間の私の護衛は、やっぱりというべきか山崎さんが監視という形で行うらしい。ザキはそれが仕事でさァと総悟はいうが、やっぱり組織利用のなにものでもないと思う。 ちなみに銀さんもこれまで通り、相手に不信がられない程度にはお店に顔を出しに来たり、山崎さんと一緒に監視をしてくれるらしい。 「早めに夕飯食って、家で落ち着くか。お前も仕事してぇだろ。」 「あ、…よくわかりましたね。」 「明日も荷物あんだろ?」 そんなことを話しながら一緒に町を歩く。この間、土方さんと一緒にごはんを食べたお店は商店街の近く。ここから歩きだと少しあるが、距離なんか気にもならないほど、私は土方さんとの会話を、こんなときだというのに楽しんでいた。もっと緊張するものだと思っていたのに、不思議だ。でもそれはきっと、土方さんの雰囲気がいつもより柔らかく、気を遣わせているからだろう。 「今日からようやく一緒に住めるんだ、ちょっとくらいは俺との時間も作れよ。俺もなるべく仕事は持ち込まずに帰る。」 その台詞に思わず瞬きを二回。そしてすぐに土方さんの言葉の意図に気付いた私は、はげしくどもりながらも、楽しみです!!と元気よく道の真ん中で返事をしてしまった。その返しがよほどおかしかったらしく、土方さんは珍しく声を出して笑っていた。 「んなのこれ?なに俺見せられてんの?ねぇ、あいつら本当に演技でやってる?」 「旦那…俺の仕事の邪魔しないでくださいよ。ほら、あんぱんあげるんで。」 「いらねーよ!!」 ふたりでスーパーで買い物をして、そのままご飯を食べて帰宅すると、土方さんは私よりも先にポストを確認してくれた。けど、あのポストカードは入っておらず、仕事で必要な書類だけが入っていた。 「お前が仕事やってるあいだに、風呂入ってきてもいいか?」 「もちろんです!あ、お湯沸かすので、」 「それくらい自分でできる。…仕事ほどほどにな。」 そういって土方さんは私の頭をポンっとたたくと、そのままお風呂場へと向かっていった。私は小さく、はいと返事をして、お店の方へと移動する。パチンっと電気をつけると、朝、手をつけれなかった荷物たちがドンっと現れる。ひとつひとつ丁寧に開けながら、仕分けをしていく。 「よかった…予約も取り寄せも今日はないみたい。」 自分勝手にお店を休む時に一番気になるのはお客様からの予約、注文の商品が入荷してないかどうかだ。ただでさえ大型書店と比べると入荷が遅いのだから、入荷していたらすぐにでも連絡をしたい。今か今かと本を待っている人の元に、届けたい。その気持ちは、深月さんたちがとても大事にしていた想いだ。 「明日は…今日より荷物が多いな…品出しと同時に場所あけもしておくか…。」 今日の荷物を出すのと同時に、明日入荷する商品の場所あけをしておく。これをするだけで、明日の仕事量がぐんっと楽になる。明日も何があるかわからない。けど、もう私ごときでお店を休むことはしたくない。見えない恐怖に怯えるのは、ごめんだ。 「(あ、…監視カメラも盗聴器もあるんだから、いまのひとりごとも筒抜けだ…さいあく。)」 ついいつもの癖で、独り言を口にしてしまった恥ずかしさが込み上げてきて、もうごまかしようがないのに、無駄に咳払いを一つして、仕事に集中する。 さっき土方さんと町を歩いているとき、土方さんが目で犯人が近くにいるっぽいことを教えてくれた。誰かに見られていると思うと怖かったが、土方さんの無言の頷きで落ち着きを戻した。そう、私には見守ってくれてる人たちがいる。目の前には直接守ってくれようとしてくれる人がいる。 それだけでわたしは、強い気持ちでいられる。…ううん、強い気持ちでいなければならないのだ。 ガタンっ そう思っていた矢先、大きな音に心臓がひやりとする。音がしたのはお店の入り口のシャッターのほう。今日は休みだと張り紙もしたのに、誰か何か問い合わせでシャッターを叩いたのだろうか?でも、声はかからない。 「(携帯…っ)」 慌てながらズボンのポッケにいれていた携帯をみると、予想通り山崎さんからメールが入っていた。 "写真と一致する人物が通り過ぎていきました。" "ありがとうございます" 総悟以外、藤堂さんの顔を知らなかったため、総悟がどこからか手に入れた藤堂さんの写真を、みんな見て人物の把握をしている。つまり先程の音を立てたのは、藤堂さん。 「(やっぱり…藤堂さんが…)」 仕事に集中していた意識が途切れる。静まり返ったお店に、自分のため息がやけに大きく響いた。 top | prev | next |