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ようこそ三日月堂へ!

ないものねだり



第82話



「…悲惨な顔だな。」

「聞いてくださいよ土方さん…総悟ってほんと…もう…」

「状況は察する。」



突然の明日お見合い宣告。何の心の準備もできないまま、当日を迎えた。総悟はあのまま酒を呑んで人の家の居間で眠りにつき、私は最終あがきで夕飯の片付けをさっと終わらし、お風呂に入って身体を温め、スキンケアも念入りにし、少しでも睡眠をとろうと頑張ったが、寝れたのは小刻みに2時間ほどだった。





「で、朝起こされて連れてこられて、これですよ…。こんな素敵な着物を仕立ててもらってたなんて知らないし、本人はここについてから行方不明だし。本気でぶっつけ本番やるつもりなんですよ…。ノリでやれっていうんですよ…信じられない…。」

「…おう。」



そう、私は朝早くに総悟に起こされ、そのまま迎えにきた山崎さんに連れられて私は真選組の屯所へ。そこで通された客間には、鮮やかな着物が立てかけられていて、一目でいいものだとわかった。その美しさに怖気ついていると、女中さんたちがキャアキャア言いながらやってきて、あれやこれやと着付けとヘアメイクをされ、放心状態で座っているところに、色々状況を察した土方さんが現れた。



「てかお見合い阻止する人間がこんなに着飾ってどうすんですか…いかにも張り合う気満々じゃないですか…。」

「いや、阻止すんだから張り合わねーと意味ねーだろ。」

「こっんな上品でたいそうなもの着ても中身は私ですよ?!相手はお嬢様じゃないですよ?!どれだけ口で誤魔化せても私自身は誤魔化せないんですよ?!」

「お、おう…。」

「それなら私は私らしい方が気が楽なのに…。」



あまりのうだうだぶりに土方さんも若干引き気味だ。けど、こればかりは私は悪くないし、私のモチベーションがあがるわけがない。ますます頭を垂れていく私の隣で土方さんが、けど、といって座ってる私と同じ目線までしゃがみこんだ。



「…似合ってんぞ。お世辞でもなんでもねー。褒め言葉としてしっかり受け取ってくれ。」



そういって土方さんは、総悟の様子も見てくるといって、部屋を後にした。残された私は、明らかに熱を持った頬を隠すように両手で覆った。緊張で心臓がうるさいのか、それともいまのたった一言でこれほどまでに心臓をうるさくさせられたのか。私はあぁ、もう…と、誰に対してでもない文句をもらした。





お見合いの席は、お相手のお嬢様と仲介役に近藤さんかいた。そこは長官様じゃないのかと思ったが、どうやら忙しいらしい。そして、後ろの客間には土方さんも控えていてくれるらしい。何かあった時のためだと言っていた。



「…入りやすぜ。」



椅子に座りながら頭の中でこの場合はこうだああだとシミュレーションをしていると、襖の向こう側から声がかかった。どうやら、総悟も支度ができたようだ。



「…まさかの隊服。」

「これが俺の正装なんでね。」



てっきり私みたいに袴を着るのかと思っていたのに、そこには普段の黒の制服を纏い帯刀している総悟が立っていた。…帯刀、いる?と思ったが口にはせず、そろそろ?と聞くと、行くぜと返事が返ってきた。



「…馬子にも衣装。」

「ぜったいに言うと思ったんだよねー。」



私はわざと無表情のまま椅子から腰を上げ、総悟の元へと歩いていく。総悟は、そんな私をみて笑いながら、ほらよといって手のひらを出してきた。



「?」

「手、繋いでエスコートしてやるよ。」

「…首輪じゃなくてよかった。」



自分で言った冗談に笑いながら、私は言われるがまま、差し出された手を握る。総悟が緊張していないのは、見てわかる。けど、私もなぜか総悟の手を握った瞬間、あれほど緊張していた身体がふわりと軽くなったのがわかった。そうだ、着飾ったとはいえ、私は私で総悟は総悟。関係は、変わらない。そういう設定だ。なら、そのままの自分で臨むしかない。



「…失礼しやす。」

「失礼します。」



と思っていた数分前の自分を思いっきり殴ってやりたい。



お見合いの部屋に通され、襖を開けた瞬間、目に入ったのは、それはそれはとても美しい女性の姿で、瞬時に可憐な人だなと思った。女性から見ても見惚れてしまうほど、纏っている空気が柔らかく、隣に座っている仲介役の近藤さんも若干…いや、結構鼻の下が伸びている。



「総悟さん…!」



そんな彼女は総悟に気がつくと、華が咲いたようにパァッと笑い、わざわざ席を立ち上がり、お待ちしておりました!と、両手を胸の上まで持ち上げた。…仕草も完璧。



「断る理由がみつからない。」

「おいてめぇ、約束通りやれよ。」



思わずポロッとでた本音に総悟がイラッとしながら返事したのがわかった。これ以上の美人なんているの?これ断るなんて、総悟は何と結婚したいの?昨日、一応と念入れにスキンケアした自分が無性に恥ずかしい。



「あの、そちらの、方は?」



そんなことを考えていると、可憐なお嬢様の目がこちらに向いた。私がこの問いに対して答えていいのかどうか迷っていると、隣にいた総悟が、私の腰に手を回しながらグッと自分の方に押し寄せた。



「俺の恋人でさァ。」

「(…はじまっちゃった。)」



この可憐なお嬢様を目の前に総悟の気が変わって、やっぱりお見合いは受けるってことになって自分はお役御免にならないかなーなんて甘い考えを抱いていた自分だが、総悟の一言で開始の合図がなってしまった。もう、後戻りはできない。



「…わたくし、三日月堂という書店を営んでおります、店主の名前と申します。本日このような場に突然来てしまい、申し訳ございません。しかし、どうしても見過ごすわけにもいかなかったため、本日はこの場に同席させていただきます。」



下手にでてはいけない。私は背筋を伸ばしながら、しっかりと目の前のお嬢様の目を見て挨拶をした。



「書店…?三日月堂などという本屋など、これまで一度も聞いたこともないですね。」

「町全体に名の知れたような本屋ではないかもしれませんが、古くからこの町で営んでおり、そちらの近藤様や、幹部の土方様などもよくご贔屓にして下さっております。」

「…そうなのですか?」

「ええ!」



お嬢様が首を傾げながら近藤さんに聞くと、近藤さんはそれはもう顔をふにゃふにゃにさせて、元気よく返事をした。けど、それ以上のことは話さない。それは事前に土方さんが近藤さんにそう言う風に釘をさしておいたらしい。あんたは余計なことを話すなよと。



「それで、さきほど総悟さんが仰っていましたが、えっと、名前さんは、恋人でいらっしゃるのですか?」

「ええ、かねてから総悟さんとはお付き合いをしております。」



そういうとお嬢様はここにきて初めて露骨に顔を歪めた。それを聞いた総悟が、だからお見合いはできないってこれまで散々断りを入れていやした。と、説明した。



「…でもその時は恋人がいるとはおっしゃっていませんでした。」

「言ったら、あんたが何するか分からなかったんでねェ。」



いや、その発言はまずいでしょ!!と慌てて、こそっと総悟の方を見たが、本人は至って真面目に、あんたそういう人間じゃねーですかとまで言い切った。同じく隣で近藤さんがあわあわしているが、言われた本人は特に気にする様子もなく、言葉を続けた。



「…私になくて、名前さんにあるものはなんなのですか?失礼ですが、名誉も地位も美貌も、見るからに私の方が兼ね備えております!」



胸を張って堂々と言い切るお嬢様に私は思わず拍手喝采したくなった。いや、ほんと!その通り!納得いかない気持ち十分にわかる!けど、ここでそうですよね!と頷きでもしたら怒られる。いや、怒られるどころでは済まないので、なんとか踏ん張ることにした。



「…わたしもそう思います。けど、彼は私を選んでくれました。…そして、私も彼しかいません。」



わざと、彼は私を選んでくれたということを強調していうと、また明らかにお嬢様の顔が歪んだ。けど、そこで怯むような相手ではない。



「私もです。総悟さんのことがずっと好きでした。そう簡単に、はいそうですかとはいきません。」



ずっと、そう言った瞬間、隣で総悟が鼻で笑ったのが聞こえた。たしかに以前は土方さんを好きだったのだから、鼻で笑いたくなる気持ちもわかるけど、わざわざ私が頑張っているこの場で、荒波を立てることは本気でやめてほしい。



「なんでそこまで俺に固執するんでィ。他にいくらでも金を持ってるやつも、俺より顔がイケてるやつもいんだろ。」

「その甘いフェイスでドSだなんてそうそういません!!!!」



……。



一瞬時間が止まったのかと思った。まさかお嬢様の口から、甘いフェイスでドSなんてフレーズ出てくるとは思わなかった。



「お金はどうでもいいのです。いかに相手が私の隣に相応しいかが大切なのです。土方様はイケメンで冷血なのは、顔を見れば一目瞭然で、それもそれでよかったのですが、総悟さんは、そのお顔からは想像できないほどのドS!やはり普通の男性では当たり前すぎます。私ほどの隣となると、意外さも兼ね備えておかなければなりません!」



思わず白目を剥きたくなるほど素直な暴露に私はこれどうやったら収集つくんだろうと思った。彼女は自分に想いが向いて欲しいわけじゃない。ただ、自分が満たされたいがために隣に総悟を立たせたいだけなのだ。だから、総悟に冷たくされてもなんともない。求めているのは、そこじゃないのだ。



「(めんどくさ…。)」

「おい、」



これまで気を張って頑張っていた私が急に白けたのがわかったのか、総悟が小さな声でなんかいえと指示してきた。…無茶振りにもほどがあるが、私も早く終わらしたい一心で、賭けにでることにした。



「…それなら、あなたこそ、総悟の隣には相応しくない人だと思います。」



私は再び背筋を伸ばして、目の前の身勝手で愚かなお嬢様をまっすぐに見据えてそう言い切った。



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