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ようこそ三日月堂へ!

居酒屋はあなどれない

第79話

「ここって?」


銀さんが連れてきてくれたのは、かぶき町を出てのとなり町。ひっそりと路地裏に佇む古い家屋の定食屋さんだった。看板もなく、かかっている暖簾には文字一つ書いていないため、一見、商いをしている風には見えないが、銀さんはそこに躊躇なく入っていった。



「らっしゃい、旦那。って…おいおい、素面じゃねーか、珍しい。」

「おう。まだいいか?」



店主と会話を交わす銀さんの後ろで、店内をじっくり見渡す。空き瓶が入ったケースが壁に積まれていたり、メニューも一品物が多いことから察するに、ここはどうやら居酒屋のようだ。けど、今は電気が消えた店内は暗く、夜の営業を終え、一息ついた雰囲気がある。



「ここはな、朝まで飲んでた奴らしか知らない秘密の場所なんだよ。」

「秘密の場所?」

「そう、ここはどうしようもねぇ、のんべぇしかお断りなんだけどね。ま、せっかくだしサービスしてやるよ。」



店主さんはそういって私たちを店の奥の席に案内して、水を出してくれた。銀さんは特にメニューを見るわけでもなく、「竹頼むわ、ふたつ。」といった。店主さんは笑って「梅じゃねーのかい、そりゃそうか、女の前だもんな。」とガハハと笑いながら厨房に引っ込んでいった。



「竹、…梅??」

「ここはよ、朝まで呑んで二日酔いでだらしねぇ奴らが寄る場所で、俺も何回かこの辺で呑んだときは寄ってんだよ。」



知る人しか知らない場所だというここは、呑みすぎてお金がなくても、また二日酔いの胃にも優しいごはんが格安で食べれるという。



「松竹梅の三つしかメニューがなくて、梅が粥とみそ汁と漬物。竹がごはんとみそ汁と一品と副菜。松が竹より豪華な奴ってわけ。値段が、100円、300円、500円。」

「ひゃ、ひゃくえん!?」

「金がねーやつに優しいだろ。あ、味はちゃんとうめーから。」



そういって銀さんは頬ついて笑った。なるほど、確かにそれはどうしようもない、のんべぇの場所だ。そして、銀さんがいま頼んでくれたのは300円の朝食メニューということか。



「はいよ、お待たせ。ったく、女連れてくる場所じゃねーってのに、なあお嬢ちゃん!」

「え、」

「うまいもんが食える、なおかつ安い。とにかく安い。安い、うまい!それのどこが悪いんだよ。まあ、しいて悪いところあげろってーんなら、店主が歯抜けってところぐらいだろ。」

「歯抜けが悪ぃなら、てめぇの天パも悪ぃからな。」



バンッといい音を立てて店主さんが料理を運んだ御盆で銀さんの頭を強打した。コント並みにいい音が立ったせいで、銀さんは悶絶しながら頭を抱えている。



「しゃれた店でも飯でもねーが、腹を満たすにはちょうどいいもんだ。お嬢ちゃん、悪ぃがこれ食ってくれ。今度はもっといい店に連れてってもらうんだよ。あ、もちろんこの男じゃなくて、もっといい男とな。」

「あはは…あ、あの…じゃあ、いただきます。」



店主さんのいうように確かにお世辞にもお洒落なお店ではないが、目の前に出された料理はおいしそうで、悪いといわれるような匂いではない。こんなにも空腹を刺激する、いい匂いだ。



「山菜ごはんに、魚のあらのみそ汁…。だし巻き卵にきのこのとろろあえ…これが…300円…」

「っし、食うか。」

「い、いただきます!」



普段、銀さんとはお酒を呑みにいくことがほとんどで、くだらない話ばかりしているが、今はお互い普段のような会話はせず、ただひたすら、お箸と口を動かしている。格段に美味しいわけじゃないが、当然のように美味しい300円の定食は、あっという間に平らげてしまった。



「お、いしかったぁ〜っ!」

「おー、食った食った。」



銀さんは満足そうにお腹をさすりながら、机に設置されている爪楊枝を手にとった。私は店主さんがごはん終わりに出してくれた温かいお茶を啜りながら、今度機会があれば、この付近で呑もうと心に決めた。



「腹も満たされたし、次どこ行くかなー。」

「そういや銀さんは普段、パチンコ以外なにしてるんですか?」

「…なにしてんだろうなー。」

「そんな他人ごとみたいな…。買い物とかしないんですか?」

「んな金ねーから、パチンコに行くんだろうが。」

「勝ってからその台詞言ってくださいよ。」



こんなに天気がいいのにこのままパチンコに連れていかれたらどうしようと思いながら、本当にこのあとどうしようかと悩む。…誘ったのは銀さんなのにとちょっと不満を感じながら。



「誰かと過ごすってことがねーんだよ。」

「え?」

「仕事の依頼が入ればガキどもと動くことが多いし、仕事がなけりゃパチンコ行ったり。で、夜になったら、その時の気分で飲み屋にいって、その席で一緒になったやつと呑む。…お前くらいじゃね、誘ってのみに行ったり、こうして出掛けたりすんの。」

「…銀さん、知り合い多いのに。」

「知り合いとダチってちげーだろ。なんつーの、そういう…付き合いみたいなの、俺苦手なの。」

「…人たらしがそんなこと言いますか。」

「人たらしぃ?どこがだ、どこが。…気が付いたら、背負うもんが増えていっただけだ。」

「え、」

「んじゃ、出るか。」

「あ、はい!ごちそうさまでした!」



最後の方、銀さんが何を言ったのか小さくて聞き取れなかったが、思えば銀さんが自分のことを話すのは珍しい気がした。そうだ、この人はあんまり自分自身のことを話さない。それとも、私が今まで聞いてこなかっただけ?いや、違う。なんとなく、触れてはいけない、触れさせない雰囲気があった気がする。



銀さんはいつも、ふざけているから。



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