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ようこそ三日月堂へ!

寝付けないのはきっと枕のせい

第78話

「打合せ?」

「話合わせておかねーとボロが出んだろ。あと、おめぇに即興の演技ができるかどうかも怪しいし。」

「…それは確かに。どうしよう、やっぱりやめておこうか。」

「は?」

「嘘です。」



凄みすごすぎだから。目をゆっくり閉じて電話越しに伝わらないよう、静かにため息をつく。そろそろ寝ようかと布団に入る直前、総悟から着信が入った。時間も時間だし、寝ていることにして無視しようかとも思ったが、あまりにも長く鳴り続ける着信音に我慢できず出てしまった。そして唐突に告げられたのは「明日打合せするぞ。」の一言。



「打合せはいいとして、ちょっと明日は用事があって。できれば別の日にしてもらいたいんだけど。」

「明日、店は休みだろ。」

「うん、だからちょっと出かける用事があって。」

「俺が貴重な休みをつかって誘ってんのに、おめぇはそれよりも大事な用事があるって言いやがんのかい?」



総悟からの上から目線には多少慣れているので、ここは怯まずごめんねというと、盛大な舌打ちが聞こえてきた。…うん、慣れたは嘘。怖い。



「あー…っと、用事なんだけど、朝からの用事で。夜、でよければその…時間とれるかと。」

「なら飯食いながらな。じゃ。」



え、ちょっと待ってという前に電話越しから聞こえるのは虚しいツーツー音。なんていうか総悟って、本当俺様主義で自由だ。仕方がない、明日は銀さんと日中出掛けたあと、夜は万事屋にいって神楽ちゃんたちにごはんを作ろうかと思っていたが、それはまた今度にしよう。



「…さ、寝よう。」



明日に備えて。なんていうといかにも自分が明日を楽しみにしているようにも思えるが、それは決して違う。断じて違う。ただ、明日は朝が早いから早く寝るだけ。仕事の時と一緒だ。そう、明日は銀さんとお出掛けをする。怪我もまだ治りきっていないっていうのに、どこかに出掛ける気満々の銀さん。どこに行くかは教えてくれなかったが、銀さんにしては珍しく、午前中から行動する予定らしい。



「おやすみ…あれ、どうしよう。」



電気を消して、ケータイを充電器にさして、さあ布団をかぶってってところであることに気が付いた。そうだ、明日の服装どうしよう。何着ていこう?



「…?なに、着ていこう…?」



布団から起き上がり自分が今しがた口にした言葉を復唱する。いや、待て。なんで、そんなこと思った?ちょっと、落ち着け自分。出掛けるって、いつものように出掛けるだけ。それに相手がいて、その相手が銀さんなだけ。それだけなのに、なんでわざわざ服装を気にする必要性がある?



「(普段、服装なんか気にしたことないくせに…)」



自分の謎の思考に考えが追い付かず、私はその日早く寝るはずったのに、結局日付が変わっても寝付けずにいた。



「…寝ぐせすご。」

「今ならすごく綺麗な土下座ができます。」

「やんなくていいから、とりあえず茶、淹れてくんね?」

「もちろんでございます!すぐにお持ちします!!」



朝のアラームはきちんと設定した。ケータイも充電していた。なのに、なんで!なんでこの日に限って!



「お前が寝坊って珍しくね?仕事じゃねーから、気が緩んだ?」

「いや、(昨日なかなか寝付けなかったとは言いにくい…っ!)」



やってしまったっ…!まさかの寝坊…!銀さんが家まで迎えに来るっていうから、それまでに支度を済ませれるようにアラーム設定をして寝たはずなのに、起きたら約束の時間の10分前。絶叫して起き上がり急いで万事屋に連絡を入れたがすでに銀さんは万事屋を出たあとで電話には出ず、そしてちょうど家のインターホンが鳴り、今に至る。



「別に時間気にする用事もねーし、ゆっくり用意してこいよ。」

「ごめんなさいっ!ほんとっ!ごめんなさいっ!」



銀さんにお茶を淹れて、急いで脱衣所に向かう。寝ぐせもすっぴんも恥ずかしいけど、寝間着姿なのが一番恥ずかしい。まずはこれをどうにかしたい。居間からはテレビの音が聞こえ、銀さんがくつろいでいる様子が伺える。怒っている様子はなくて、それが一番安心した。



「(寝坊とか!社会人のくせに寝坊とか!ほんと情けないっ!!)」



自分を叱咤しながら手早く身支度を済ませ、私は急いで居間に戻った。





「お待たせしました!!」

「はやっ!なに、女ってもっと支度に時間かかるもんじゃねーの?まだ30分も経ってねーけど…。」

「いや、これでもしっかり準備できたので、ありがとうございます!」

「ん。…はい、お茶。一旦、ここ座れば?」



そういって銀さんが隣の座布団をポンポンと叩いて促すので、起きてから一切水分をとっていない私は、銀さんの手から湯呑を受け取ってそこに座り、一息ついた。



「昨日、楽しみすぎて眠れなかった?」

「っ!!!」

「茶、こぼれんぞ。」

「へ、変なこと言わないでください!そんなんじゃありません!ちょっと寝つきが悪くて」

「明日どこに行くんだろう?明日はなにするんだろう?なに着ていこう?とか悩んだわけ?」



銀さんはそういってニヤニヤしながら、下から私の顔を覗いてくる。私は必死に自分の表情を見せまいと湯呑を銀さんのおでこにぶつけて距離を取った。



「っ痛!!」

「違いますって!そ、総悟から電話があって!それがちょっと長引いて!」



咄嗟についた嘘。いや、総悟から電話があったことは嘘じゃないが、それが長引いて寝れなかった、というのは嘘だ。けど、なぜかそういったとたん、銀さんは動きを止め、一瞬何かを考えた様子で、意味ありげにふぅんと相槌した。



「あ、そうだ、それで思い出した。銀さん、今日このあと夕方以降から総悟と会う予定なので、それまでに家に戻りたいんですが…。」

「…んじゃ行くか。」

「え?あ、どこに?」

「まずは朝飯。それからどうすっか考えたらいいんじゃね。」

「まさかのノープランですか?」

「そう、そのまさかのノープラン。でも朝飯する場所は決めてっから。ほら、行くぞ。」



そういって銀さんは私の手を乱暴に引いた。



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