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ようこそ三日月堂へ!

ゆっくりゆっくり、満月の下を歩く。

第8話

最初こそは歩幅が違いすぎてほとんど小走り状態だったが、今は土方さんが私の歩幅に合わしてくれているようで、隣をゆっくり、ゆっくりと歩く。



「(でも無言。)」



男性と夜道を歩くなんて初めてのことで、ましてや男性とはいえこの人はおまわりさんで。私の緊張はもうとっくに度を超えていた。せめて会話をすれば少しは緊張も解れるかと思い、ちらっと隣を歩く土方さんを盗み見すると、バッチリ目が合ってしまった。慌てて何か喋らないと、と口を開けかけた時、土方さんの方から「店の方は順調か?」と話を振ってくれた。



「あ、はい。だいぶ、慣れてきました。でもまだ、戸惑うことも多くて、常連客のみなさんに助けられています。」

「そうか。じーさんとばーさんから連絡はあんのか?」

「はい!この前、電話をもらいました!とっても楽しい幸せな時間を過ごしてるって、惚気られてしまいました。」



そういって私が笑うと土方さんもやっと柔らかい表情になった。よかった、もう怒ってないみたいだ。



「にしてもお前、呑みに行く友達なんていたんだな。」

「あー…最近ちょっと。前までは仕事終わったらひたすら自室に引きこもって本を読んでたんですけど。あ、それも別に楽しいというか、わたしにとったら幸せな時間だったんですけど、」

「相当、本好きなんだな。」

「はいっ!でも、その人…その友人が、もっと思い出を作ったらどうだって。仕事もいいけど、遊ぶことだって必要だって、言ってくれて。深月さんたちやお店のお客さんとしか交流がなかったわたしを、外に連れ出してくれたんです。」

「…いい奴か?」

「はい!あ、いえ、たぶん?」

「おい、多分ってなんだ多分って。不安になることがあんのかよ。」

「(いい歳した大人がプー太郎なんですなんて言えないっ!!)」

 

私は慌てて適当にごまかすことにした。少し納得していない様子の土方さんだったが、無理に聞き出そうとはしてこなかったので、ひとまず安心した。でもいつか、土方さんにも銀さんを紹介できたらいいな、なんて思いながら私は綺麗な満月を見上げた。



「上見てっとコケんぞ。」

「はーい!」





ゆっくり歩いていても気付けばあっという間に家の前で、私は改めて土方さんに頭を下げた。



「今日はすいませんでした!」

「おー。おまわりさんの仕事増やすんじゃねーぞ。」

「うっ…はい…。も、もしかしてこれからまだお仕事ですか?」

「まぁな。お前がどうとかじゃなくて、いつものことだ。気にするな。」



まだ日付が変わっていないとはいえ、こんな遅くまでまだ仕事があって、明日も朝早くから仕事なんだろう。本当に、おまわりさんっていうのは大変なんだと思い知り、もう二度と迷惑は掛けないでおこうと私は心に強く誓った。何より土方さんのあの顔は冗談抜きで怖かった。死ぬかと思った。



「んじゃな、また来週店に寄るわ。」

「はい!マガジン用意してお待ちしてます!」



私の軽率な行動で、おまわりさんに怒られてしまったが、土方さんとこうしてお店の外で会って、隣を歩きながら話ができたことが、少しばかり嬉しかった。なんて、言ったらまた怒られそうだったので、黙って私は笑みがこぼれそうな口元を押さえながら、家の中に入ろうと玄関に手をかけた。



「あ、名前!!」

「え、」

「戸締り、しっかりしとけよ。じゃあな。」

「は、はいっ!!おやすみなさい!」



頭を下げて挨拶をし、急いで家の中に入った私は言われた通りしっかりと玄関の鍵を閉めた。さっきまで落ち着いてたはずの心臓がうるさい。夜風が冷たくて気持ちよかったはずなのに、頬が熱い。



「な、まえ…呼ばれたの初めて、だ…」



大人の男性というのは、恐ろしい。





「まじでか。あー、やっぱ送ってやればよかったな。」

「え、嫌ですよ。べろんべろんに酔った銀さんに送られても、そのあと一人でちゃんと帰れるかこっちが心配になりますもん。」

「大丈夫、酔ってても人間不思議と家には帰れるもんだから。あるものがなかったり、なかったものがあったりすることもあるけど、大したことじゃないから。」

「大したことですよ。しっかりしてください。」



次の日、ジャンプを買いに来た銀さんに、昨日おまわりさんに捕まったことを話した。銀さんは私に呆れながら、今度からはバレないように自転車に乗れやら、ライトは壊れてるんですっていって逃げ切れやら、しっかりとダメダメな助言をくれた。



「つーか名前ちゃん、そのおまわりさんって大丈夫なのー?家まで送ってくれる親切なおまわりさんは実はオオカミさんだったなんてこともありえんだからな。下心あるかどうかちゃんと見極めねーと、」

「銀さんじゃあるまいし大丈夫ですよ!」

「おい待ていまさらっと銀さんのこと侮辱し」

「それに、そんな下心あるような人があんな見ただけでひ、人を殺せそうな目はしませんっ…!」

「え、なに急に怯えてどうした、てかそれどういう人?いい人?いい人なんだよね?」



銀さんとそんなことを話しながら、私はまだ手付かずになっている今日入ってきた荷物の品出しを始めることにした。ずっと喋ってばかりいたら、終わる仕事も終わらない。まだ銀さんは帰る様子がないし、適当に相槌をしながら、手を進めよう。



「あ。」



開けていた荷物の中から、店の棚から売れた商品で、補充として入ってきた一冊の本が目に止まった。それはこの世界に来て初めて私が読んだ本だった。あらすじをパラっと読む。一人の男が惚れ込んだ一国の主のために、剣をふるい強く逞しく生きていく姿が描かれたこの小説。主人公の最期は、多くの敵に囲まれながらも、最後まで主に忠誠を誓い、闘かった。そんな主人公が私は大好きだった。



「(土方さんって、本とか読むのかな。…さすがに忙しくてそんな暇ないかな。)」



なんとなくこの小説を土方さんにオススメしたい気分になり、今度会ったらそれとなく本が好きかどうか聞いてみようと決めた。そして、店主の前で堂々と本の立ち読みをしている銀さんにも、どうせならとこの機会に聞いてみることにした。



「…ねぇ、ちなみに銀さんって本当にジャンプしか読まないんですか?」

「んー、こういう団地妻とか喪服女とかはわりと好き。」

「はいはいじゃあもうなんでもいいからそのエロ小説買っていってくださいよ。」

「バカヤロー、こんなもん家に置いてたらガキどもに悪影響だろうが。つーことで、ここで読んでくわ。」

「わたしに悪影響だから今すぐ帰って下さい。」



こんな銀さんでも夢中になって読めるエロ小説以外の本はないんだろうか。この人のこのダメな人格を正せれるような本があればいいのになと、私はわりと真面目に考えながら、仕事を再開した。


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