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お願いというなの脅迫

第77話

「俺の女になってもらいやすぜ。」



そう言われて無意識に頷いてしまった自分はなんて愚かなんだろう。初恋もまだな初心な少女でも、少女漫画の主人公に憧れるような夢みる少女でもないのに。本当に馬鹿だ。思わず額に手を当てて項垂れる。自己嫌悪に苛まれながら何とか仕事終えた私は、これもまた重たい腰をあげて、店をでた。



「(こっちもこっちで…気が重たい。)」



昨日のことがあれど、銀さんの怪我の様子は気になる。銀さんが、ではない。銀さんの怪我、だ。誰に問われたわけでもないが、なぜかそこを強調したくなり、心の中で自分自身と会話する。…お互いいい大人なんだ。昨日のことは銀さんの悪ふざけ。ならそれを、気にせず受け流すのが大人というものだ。うん、そうだ。私たちはいい大人なのだ。



「…はぁ、銀さーん、いますかー?」



大きく深呼呼吸をしてから、玄関チャイムを鳴らすが応答なし。昨日と同じようにポストに鍵が入っているのかと覗いてみたが、入っていない。もう一回呼びかけをしてみても、やっぱり家の中から音がしない。不在?まさか、あの怪我でもう外出?それとも…。一瞬、最悪な状況を想像してしまい、慌てて一階のお登勢さんのところに尋ねに行こうと踵を返した瞬間、大きく玄関の扉が開いた。突然の音に思わずびっくりしてしまい、そのまま私は足を踏み外してしまった。



「や、っば…!」

「っと!…大丈夫か?」



頭から絶対に落ちると思ったのに、大きな腕に一気に引き寄せられ、間一髪のところで助かった。ただ、あまりの恐怖で瞬時にその腕に抱きついたせいで、ふたりとも態勢を崩してしまった。



「…こ、こんにちは」

「…おー。大胆な挨拶ありがとよ。」



そう、私を助けてくれたのは家から出てきた銀さんで、私が思わず抱きついてそのまま押し倒してしまい、今まさに馬乗りになっている相手は、…銀さんである。



「…ど、どいてください。」

「逆だろ、のってんのお前。」

「そうですけど、あの、」



まずい、恥ずかし過ぎて顔がだんだん赤くなっていくのが分かる。ただ、恥ずかしさよりもさっきの恐怖の方が意外と勝っているらしく、足が震えて動けない。すぐに察してくれた銀さんは、なるほどなといって、そのまま自分の上体を起こすと同時に、私の腰に手をあてて、私をも起こしてくれた。…けど



「そ、その辺にポイッてしてください!こう、投げ飛ばす感じで大丈夫なんで!」

「こんな狭いとこでんなことしたら、落ちんだろ。後ろみてみ?階段ギリギリだから。」

「ちょっと待ってくださいね、すぐ退くので…!」



ふたりとも上体を起こせたものの、私はまだ銀さんのお腹の上に座っている状態で、恥ずかしさは増すばかり。これにはさすがに恐怖によりも羞恥心が優って、やっと身体が動くようになり、急いで片足を立てて、そのまま横に降りようとしたが、なぜかそれを銀さんが腰をしっかり掴んで阻止してきた。



「すげーいい態勢じゃね?」

「あ、うざいです。」



そう吐き捨てて銀さんの上から退くと同時に、騒がしい音に気付いたお登勢さんが乗り込んできて、私の気持ちを代弁するかのように「クソ天パ野郎ォォォォォォ!!!」といって、銀さんを殴り飛ばしてくれた。





「お前さー、俺の怪我の様子見にきたんじゃねーの?」

「そのつもりだったんですけど、元気そうだったので良かったです。」

「どこが?怪我増えてんだけど?さっきまでなかった痛みが今まさにここにあるんですけど!?あとお前、さっき普通に冷めた目でうざいって言ったろ!?うざいって何!?」

「そのまんまの意味です。」



銀さんと一切目を合わせずにそう言って、お登勢さんがまぁ落ち着きなといって淹れてくれたコーヒーを飲む。はぁ、落ち着く。けど、腹が立つ。隣でギャアギャアいってるこの人がすごい腹が立つ。



「あんたすごい睨まれてるけど、一体何したんだい。」

「べっつに、なんもしてねーよ。むしろ助けてやったほーだってーの。」

「アリガトウゴザイマシタ。」

「どこまで喧嘩売ってんだこのアマ!!」



どこまでって果てし無く喧嘩売っているし、自分のしたことをなんでもないとか言ってるあたり、喧嘩売るしかなくない?そんな悪態を吐きながら美味しいコーヒーを飲み干し、私は代金をカウンターにおいて、そのまま店を出ようとイスを引いた。



「あれ、もう帰んの?」

「元気そうな顔も見れたので。それじゃ。」



お登勢さんにもお礼をいって店を出て歩き始めると、すぐに後ろから銀さんが追いかけてくるのがわかった。なぁ、って呼び掛けられているが応える気になれず、そのまま無視をしていると、銀さんは私の前に回り込んできた。



「…目、合わせてくんない?」

「やだ。」

「なんで怒ってんの。」

「別に。」

「名前」



あ、ずるい。そんな風に名前を呼ばれたら目を背けていられない。さっきまでのおちゃらけはどこにいったの。なんで急に真剣な顔をして、私を見るの。昨日からずっと銀さんに振り回されっぱなしで嫌になる。



「…明日どっか出掛けね?」

「…は?」

「明日仕事休みだろ。昼前に迎えに行くから。」

「どの流れでそんな話に?それに怪我、!」

「ありがとな、心配して来てくれて。」

「な、なんなんですかさっきから!一方的すぎて調子狂うじゃないですか…!」



銀さんの言動についていけず、私がそう声を荒げると、銀さんはいつもの憎らしいふざけた顔で笑ってから、満足だわ。と意味不明なことをいって、家まで送ってくからと私の手を握って歩き始めた。



「満足ってなにが!?」

「いろいろだよ、いろいろ。ま、元はお前が悪いんだけど。」

「意味わかりませんが責任転換はやめてください!」

「でも、おかげでいろいろ吹っ切れたわ。言っとくけど、こんなもん序章だからな。」

「だからなんの話!!!」



それから銀さんは家に着くまでの間、手を離してはくれず、ずっと楽しそうに意味不明なことを言っていた。けど、もっと意味がわからないのは、さっきまで怒っていたはずの自分がいつのまにか笑っていて、握られている手を嫌だと思わず振り払えずにいたことだった。



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