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命令と依頼の紙一重 第76話 「頷け。」 「頷けるか。」 珍しく話したいことがあるといった総悟の話は驚くほど簡潔に終わった。そしてこちらがなにか口をひらく前に、有無を言わさぬ圧力をかけられ、危うくその言葉通り頷きそうになったが、何とか耐えた。 「待って、もっとこう…せめてちゃんと説明してくれない?」 「これ以上どう説明しろって言うんでィ。」 「お見合いが面倒だから恋人のフリしろ。が精一杯の説明なワケないでしょ。あのね、どういう経緯でそうなって、わたしにその話がくるのか説明してくれなきゃ、わたしもどう考えていいか分からない。」 「考えずに頷け。」 「強制感がすごい!話したいことっていうか、従わしたいことになってるからそれ!」 総悟のこの人を振り回すワガママっぷりにはずいぶん慣れたと思っていたが、さすがにこればかりはため息が出る。意味が分からなさすぎて、どこからどうツッコめばいいのやら。 「ねぇ、まず誰が総悟のお見合いをすすめているの?」 「とっつぁんでさァ。」 「(それお偉いさんすぎて絶対断れないやつじゃん!)…つまり政略結婚とか、そういう組織が絡んでるお見合いなの?」 「…それを説明すんのが面倒なんでィ。」 「そこを説明して、お願い。」 もし総悟が一般市民で私の友人であるなら、簡単に引き受けたかもしれない。けど、総悟は大きな組織の一員であり、そのお見合いが個人的なものではなく、その組織が絡んでいるものであれば、一般市民である私が勝手をするわけにはいかない。けど、協力できることは協力したい。だからこそ、事情はすべて知っておきたいんだと、ぐだぐだと総悟に説得し続けると、やっと総悟は話す気になってくれた。 …人にお願いするなら最初からその気になってからきてよという不満はありつつも、なるべく総悟を刺激しないようにする。お見合いがよほど嫌なようで、さっきから総悟の苛立ちがひしひしと伝わってくる。地雷は踏みたくない…! 「相手はとっつぁんの娘の知り合いの娘なんでさァ。」 長官さんの娘、栗子さんの友人であるAさんは(総悟は相手の名前を知らないらしい。)市中見回りをしていた総悟に一目惚れをしたらしい。真選組隊士だと分かったAさんは、父が長官である栗子さんにどうにかして総悟と接点を持てないかとお願いをし、栗子さんは簡単に承諾をしてしまった。最初は栗子さん自身がなんとかしようとAさん一緒に何かしら理由をつけて屯所にきていたようだが、総悟が逃げるためなかなか距離が縮まらない。 困った栗子さんはついに長官である自分の父親に友人の悩みを話してしまった。娘を溺愛している長官さんは、娘のお願いとあればと、すぐさま総悟とAさんの食事の場を設けたが、総悟はこれをドタキャン。これに怒った長官さんは、無理やりにでも話を進めるためお見合いを決行するとし、もしこれを断れば近藤さんをブチ抜くと言われたらしい。 「…(ブチ抜くって…?何を…?)」 「俺としちゃァ、近藤さんを人質にとられたのは痛手なんでね。食事だけならって言ったのに、とっつぁんの野郎、結婚しねぇとブチ抜くって言ってやがんでィ。」 「…ねぇ、さっきからブチ抜くってなに?」 「決まってんじゃねーか。銃で頭をパーンでさァ。」 「決まってないよ!?なんでさも当たり前みたいないいかた!?警察だよね!?裏の組織とかじゃないよね!?」 頭が痛くなってきた…。これはいったん休憩が必要だ。仕事も少し落ち着いてきたし、お客さんもいない。私は頭を抱えながらお茶でも淹れるねといって、居間へと移動した。緑茶で頼みまさァといいながら、総悟も後ろをついてくる。茶葉の指定してくるだなんて、図々しい。 「ねえ、総悟なら上手に断ったりできそうなものなのに、やっぱり長官さんには逆らえないの?」 組織として目上の人に逆らえるほうが可笑しいが、総悟の性格上、そういうのはあまり気にしないタイプというか、言いたいことは誰であろうという。我が道を行くタイプかと思っていた。 「別に。俺個人的だったらいくらでも盾突きやすぜ。けど、さっきも言っただろ。近藤さんに迷惑は掛けたくねーんでさァ。」 「…その近藤さんはなんて?」 「土方の野郎を真似すらァ、相手から引く。角も立たず丸く収まるから、会うだけ会えだと。」 「土方さんの、真似?」 土方さんの真似をしたら相手が引く?まさか。逆じゃないだろうか。そう思ったのが顔にでていたのか、総悟は何か苛立った様子で、お茶を淹れているわたしの背後に立ち、足を思いっきり蹴ってきた。…このやろう、ガキか。 「相手の女、前は土方がターゲットだったんでさァ。」 「えっ!?ど、どういうこと?」 総悟がいうには、その女性は半年前までは土方さんが好きだったという。ただ違うのは、市中での一目惚れではなく、こっちは最初から正式なお見合いだったらしい。話をもってきたのは、長官ではない別の幹部の人間だったらしく、土方さんは何度も断りを入れたが、相手側がしつこく、これ以上断ると近藤さんに迷惑がかかると思い、一度だけなら会ってもいいと食事の席を承諾したらしい。 「で、実際に対面してみたら好みの顔でドストライク。女の方が盛り上がっちまって、何とかして結婚までこじつけようと、毎日屯所にきては女をアピール。見てる方もうざってぇ。」 「へ、へぇ…」 「けど、毎日どうやっても土方の野郎が冷たくあしらうんでね、女の方も冷めて、最後にはつまらない男って捨て台詞を吐いて終わりやしたとさ。ちゃんちゃん。」 「わーお…。」 そうか、なるほど。話を聞く限り、この相手の女性はどうも顔がいいひとが好きなようだ。まあ、それは誰しもそうなんだろうけど。けど、相手が自分に興味がないと分かったら、すぐに冷める。熱しやすく冷めやすい、恋に恋するタイプのようだ。 「じゃあ総悟もいつも通りの総悟でいれば、すぐ引くじゃん。わたしの出番いらなくない?」 「そう上手くいくとは限らねぇからおめぇに頼んでんだろうが。」 「これ頼まれてるの?命令とか強制とかじゃなくて?」 「土方と同じだったとしても、相手が諦めつくまで、あのうぜぇ女が自分の周りをまとわりつくなんてごめんなんでね。それなら、はなから諦めてもらうために、おめぇには、」 「えー…そうはいっても…」 「俺の女になってもらいやすぜ。」 …不覚にもそのまっすぐな瞳と台詞に心臓が跳ね上がってしまい、私は無意識にこくんと頷いてしまった。 top | prev | next |