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ようこそ三日月堂へ!

こんなのは自分じゃない。

第75話

あのあと、私は怪我人だというのに銀さんを思いっきり突き放し、そのまま洗濯物はご自分でどうぞ!と、まさかの世話を丸投げて万事屋をあとにした。店に帰るまでの道中ずっと小走りだったため、家に着いた時には息切れが激しく、私は疲れ切ってそのまま玄関先に座り込んだ。そう、これは息切れからくる動悸であり、それ以外何でもない。



「(…っ!びっくりした!あの人なんなの!ほんっと、バカ!)」



引っ張られた腕の強さが、押し付けられた胸板の厚さが、耳元で聞こえた低めの声が、すべて銀さんが銀さんでないような気がして、思い出したくないのに思い出されて、



「気が狂いそっ…」



この顔の火照りだってここまで走って帰ってきたからであって、それ以外何でもない。

何でもないのだ。





「うんうん、そっか。でも無理しちゃダメだよ?うん、明日は仕事の合間にそっちにお邪魔しにいくね。うん、だから今日はもうおやすみなさい。ゆっくり寝てね。うん、はい、おやすみなさい。」



通話ボタンを押してケータイ画面を暗くする。寝る前に新八くんから銀さんは大丈夫でしたか?とメールが入ったので、ついでにふたりの様子も聞こうと思い電話をすると、新八くんではなく神楽ちゃんが電話口に出た。声からしていつもの様子と何ら変わりなく、ちゃんとご飯を食べているのか、怪我の具合はどうなのかを聞いて、問題なさそうな返答に安堵した。



「ごはん豪勢なんだったら、銀さんもそっちの方がよかったんじゃ…。」



一番心配していたごはんは、以前、妙さんの友人でお会いした柳生九兵衛さんがご立派な家元の方らしく、そこから支給されているという。神楽ちゃん曰く、大きな箱にたくさんのおかずがみっちり詰めてあったといっていたので、おそらく重箱が用意されたのだろう。…羨ましい。自分で作ったおにぎりたちが質素に思えてくる。いや、質素なんだけども。



「…それに、あっちにいってればあんなことにならずに…っいや、だからもう考えるのやめよう!?なんですぐ考える!?バカなの!?バカはわたしなの!?」



考えないように、考えないように…と呪文のように何度も何度もそう唱えているのに、すぐにあの瞬間の記憶が思い出されて、しかも厄介なことに記憶だけならず、感触までもが思い出されて、私はあれから正常ではない。



「腹立つ!腹立つ〜っ…!!明日行くのやめようかな?!いやでも心配は心配だしな?!」



ひとりで動けていたし、ごはんだって数日分用意した。別に明日も律儀に様子を見に行かなくたって構わないのだ。お登勢さんだっているし。だけど、腹立つ気持ちとは別に、心配な気持ちもあって、私はそれと一生懸命葛藤している。それに行かなかったら行かなかったで、私が銀さんを意識していると思われてしまうのも癪だ。なんせ、言い訳しようもないほど全力で逃げてきてしまったのだから。



「余裕に冷静に…!意識なんて、するわけがない!これはちょっと男性への免疫力がなくて、驚いてるだけで、相手は銀さんだよ!?バカじゃん!」



さっきから叫び声に近い独り言をいいながら布団にうずくまっていると、ケータイが振動したのに気が付き、布団から手だけを伸ばして探り当て、布団の中で画面を開くと総悟からのメールが一件、届いていた。



「話があるから明日の昼休憩時にお店に寄る?…そんなことわざわざ言わなくたって、いつも寄ってんじゃん…。」



それにこの昼休憩時というのは私の昼休憩時ではなく、総悟の昼休憩時のため、いつも時間はバラバラ。つまりいつ来るか分からない、あてにならないメールなのだこれは。



「…明日は14時から1時間ほど店を空ける予定なので、それ以外でお願いしますっと。」



自分の明日の昼休憩時は妙さんの家にいって新八くんと神楽ちゃんの様子を見に行くと決めていたため、その時間帯を避けてもらうようにメールの返信をしてから、ケータイを布団の外に放り投げる。そろそろ寝ないと、明日は新刊の荷物量が多い。体力十分で挑まないと…。そう自分に言い聞かせて、部屋の電気を消し、目を瞑る。…そのまま意識がパタッとなくなってくれればいいのに、また思い出されるのは思い出したくない記憶なわけで。



「っ〜…!!!」



私はそれから数時間、何度も寝返りをうちながら、結局のところ暴れ疲れ果てて意識を手放した。





「名前寝不足アルか?」

「え?なんでわかったの?」

「クマできてるアル。」



化粧で隠したつもりのクマを指摘されて苦笑がもれる。結局、疲れ果てて寝たのが何時だったのか、寝起きの体調はすこぶる悪く、それでも仕事に影響を出さないよう、逆にハイテンションで動き回って頭も心もリフレッシュさせたつもりだったが、どうやら神楽ちゃんにはバレてしまったようだ。



「すいません、昨日お休みだったのに銀さんの看病で一日潰れてしまったんじゃないですか?」

「ううん、それは平気。ちょっと昨日は寝つきがたまたま悪くてね。体力はあるから心配いらないよ!」



昼休みと称して店を閉めて急いでやってきた志村家。出迎えてくれた妙さんに、道中買ってきた甘味の差し入れを渡し、妙さんがお茶を淹れてくれている間に、通された部屋でふたりと対面した。ふたりとも顔に大きなガーゼがあり、神楽ちゃんは足、新八くんは腕に包帯を巻いていた。私からしたらまだ幼いふたりだ。こういう痛々しい姿には胸が締め付けられるが、私が暗い表情をしていては、きっとふたりに気を遣わせてしまう。私はなるべく普段通りにふるまい、神楽ちゃんの甘えを全力で受け止め、新八くんの気苦労に労いの言葉をかけた。



「あの、銀さんはどうですか?」

「銀ちゃんのいびきがないだけで私はぐっすり眠れたけど、銀ちゃんは寂しがってなかったアルか?」



何度も銀さんの様子を聞くふたりは、自分たちのことよりもよっぽど銀さんのことのほうが心配なんだろう。私はふたりが安心できるように、怪我の具合も本人の状態もさほど問題なく、昨日の様子をみる限り元気そうだと伝えた。やっぱり万事屋は三人で万事屋なんだなあ…。



「みなさーん、お茶が入りましたよー。名前さんから頂いた美味しそうな甘味もどうぞ。」

「わーい!!さすが名前ネ!」

「あ、わたしはお茶だけで結構です。みなさんで召し上がってください。これを呑んだらすぐに帰るので…。」

「あら、もう少しゆっくりされていけばいいのに。」



そういって妙さんが湯呑を渡してくれたので、お礼を言いながら受け取る。…うん、お茶は大丈夫そうだ。ごめんなさい、妙さん。私、実は妙さんが出すもの全部ちょっと疑いかかっています。いや、お茶なんて淹れるだけなんだけども…!



「店を長く空けておくわけにもいかないので…。また来ます。今週はとりあえずふたりともこっちですよね?」

「ええ、万事屋に戻ったら、依頼がきたら無理にでもこの子たち、動こうとするでしょ?せめて怪我の状態が良くなるまでは繋いでおかないとと思って。」

「引き留めるじゃなくて、繋ぐ…?」


頬に手をあて、笑顔でいう妙さんの言葉に若干怯えつつも、確かにおっしゃる通りなので、私からもふたりにちゃんと休むよう声をかけ、それから少しだけ妙さんとも雑談をし、お茶が飲み終ると同時に、私は志村家をお暇することにした。





「帰ったら客中品と明日の準備して…っと、そういえば急ぎのお客さまの本、店着遅れ気味だなー…念のため、確認の電話、仕入れ先にいれておくか…。」



店に戻ったらやらなきゃいけないことがたくさんあるうえに、やっぱり今日も銀さんの様子を見に行こうと思っていたので、閉店業務が長引かないように仕事の割り振りを考えながら歩いていると、お店の手前らへんで総悟の姿が見えた。



「…遅せェ。」

「この一時間、外出してるって言ったじゃん。」

「知ったこっちゃねーやい。」

「いや、こっちこそ知ったこっちゃねーやい。」



総悟のセリフをまんまパクリながら店のドアの鍵を開けると、私よりも先に総悟が中に入り、店内の電気をつけてくれた。以前、私が怪我をしてお店の手伝いにきてくれた時に教えたのを覚えていてくれているらしい。



「話したいことあるんだよね?もしよかったらちょっと仕事が溜まってて…作業しながらでもいい?」

「問題ねーでさァ。俺が今から話すことに対して、頷いていればいいだけなんで。」

「え、何それ怖い。ちゃんと話聞くわ。」



なに、ここにハンコ押してくれればそれでいいみたいなノリで言ってくれてんの。内容によっちゃ頷けないこともあるでしょうよ。とはいいつつも、本当に仕事は溜まっているので、きちんと聞きながらも、私は手を動かすことにした。



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