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おかえりなさい、万事屋さん。 第73話 休日の朝。昨晩は積読してあった本をそろそろ読了しようと思い、のんびり夜更かしをしていたせいで、目が覚めたのは昼前だった。いつものように枕元にあるケータイをチェックすると、数分前に新八くんから着信が入っていることに気がついた。 「…もしもし?ごめんね、連絡もらってたのに気づかなくて!」 慌てて折り返すとすぐに新八くんが出て、こちらこそお休みのところすいませんといって、気遣われた。 「依頼が終わって万事屋に戻ってきたので、連絡をと思いまして、」 「あ〜!そっかあ!よかった〜!心配してたの!でも無事に帰ってきたんだね!おかえりなさいっ!」 万事屋に帰ってきた。万事屋のみんなが帰ってきた。その言葉に嬉しくなって、私は立ち上がって、落ち着きなく部屋をぐるぐると回りながら、よかったよかった、おかえりなさいと何度も同じことを口にした。 「あはは、名前さんの嬉しそうな声をきいて、僕もなんだかやっと気が抜けてきたというか、隣で神楽ちゃんも嬉しそうにしてますよ。」 「嬉しいよ〜!安心したの!あ、もし帰ってきたばかりでお腹空いてるなら、何か食べに行く?あ、でもちょっと休みたいかな?それなら、何か作って持っていくけど、」 「あ、それなんですけど、ちょっと名前さんにお願いしたいことがあって…。」 「ん?なに?」 ちょうどお店も休みだし、きっと疲れきっているであろう万事屋のみんなのために自分が何かできるなら喜んでやるよ!と意気込むと、新八くんの口からでたお願いは、まさかのものだった。 「お邪魔しまーす…。」 新八くんとの電話を終え、急いで支度をして万事屋にきた。鍵はポストの中に入っていますという新八くんの指示の通りに鍵を手にして、万事屋の玄関扉をあけた。中に声を掛けたものの、返事はない。静まりきった万事屋に、もう一度お邪魔しますといって靴を脱ぎ、足を踏み入れた。 「…開けますね。」 居間を通って右側にある襖に手をかける。音をなるべく立てないようにゆっくりスライドさせると、布団の上で眠っている銀さんが見えた。顔にも腕にも身体にも、包帯がしっかりと巻かれている。 「ぐっすり寝てるっぽいし…先にご飯の支度するか。」 独り言を小さく漏らしながら襖をしめる。 新八くんから依頼されたのは、この疲れきって寝ている銀さんの看病だった。今回の仕事は危険を伴うものだったようで、三人とも怪我をして帰ってきたという。なので、新八くんと神楽ちゃんは妙さんのところで養生し、銀さんは自分の家である万事屋で、時々お登勢さんが様子を見に来ながら数日養生するらしい。ただ、お登勢さんも朝方まで仕事をしていて、日中は休んでいるため、もし可能であれば私に様子を見に行って欲しいとのことだった。 「冷蔵庫の中はー…予想通りなにもなし!よし!いや、よくないけど!」 スーパーである程度の材料を買い込んできて正解だった。重かったがお米も3キロだけ買ってきた。自転車できたが、買い物袋がカゴに乗りきらず、両腕にも袋をかけながらきたおかげで、腕がパンパンだ。けど、万事屋のみんなの怪我に比べたら、これくらいどうってことない。 「まずはお米炊いていつでも食べれるようにおにぎりにして、おかずは何品か日持ちするもの作りおいて…あ、いちご牛乳買ってくるの忘れた。」 材料をみながら献立を決めて、順序よく動ける算段をする。そして手持ちしたエプロンをして髪をしばり、気合をいれてから私はせっせと台所で作業をはじめた。 「こんなもんかなぁ〜…。」 二時間ほどで買い込んだ材料をほとんど使いきって何品かおかずが作れた。おにぎりも具をいろいろにして握り終わった頃、自分もお腹が空いていることに気がついた。そういえば、お昼食べてないうえに、もう夕方だ。 「…銀さん、入りますね。」 エプロンを外し、銀さんが寝ている部屋の襖をあける。布団に横たわっている銀さんのそばにより、まずはおでこに手を当てる。怪我の治療はお医者さんにちゃんとしてもらっていて大丈夫だが、出血が多かったため、熱が出ていると新八くんがいっていたので様子をみる。ちょっとだけ熱いような気もするが、これなら微熱程度だろう。 「銀さん、もしもーし、銀さーん、いつから寝てるかわかりませんけど、そろそろ起きてご飯たべて、薬飲みませんかー。」 「…ごはんはなんですかー。」 「体調と要相談で、食べたいものがあれば作りますよー。」 「ぱふぇー。」 「却下ー。」 普通に返ってきた返事に特に驚きもせず、銀さんとゆるい会話をしながら、私は空気の入れ替えしますね、といって部屋の窓を少しあけた。ちょうど、心地よい風が入ってきた。 「狸寝入りですか。」 「んだよ、気づいてたのか。」 「部屋入ったとき、体が少しピクっとしてたので。ごめんなさい、台所の音、うるさかったですか?」 「…いんや、いい匂いで目覚めた。」 「食欲はあるようで何よりです。動くのしんどいですよね?こっちにごはん運びますか?」 「いや、動ける。ていうか、ずっと寝てたから腰がしんどい。」 いてて、といいながら起き上がろうとする銀さんに寄り添って手をかす。腰が痛いというよりかは、どこもかしこも痛そうな銀さんの身体に、思わず私は眉をしかめた。包帯…少し血が滲んでいる。あとで、包帯変えさせてもらおう。 「悪ぃな。新八だろ、頼んだの。」 「銀さん、妙さんのところに行くの嫌がったらしいですね。」 「怪我人をさらに重症化させる女の元になんか行くか。」 「…。」 そんなこと言っちゃダメですよと言いたいところだが、この前の妙さんのお鍋を見ている分、何も言えない。…あのふたりはちゃんと、ごはん食べれているだろうか…! 「おにぎりとおかず作り置きしてあるので、明日からひとりのときに食べてくださいね。今日はとりあえずまだ本調子じゃないと思うので、野菜たっぷりのお粥さんにしときました。」 「肉。」 「というと思って、ちゃんとお肉もいれてます。」 でも、いちご牛乳は忘れましたというと、銀さんはそれが一番大事なもんだろー、といいながら立ち上がり、居間へと向かったので、私もその後ろをついた。 「はい、どうぞ。土鍋、熱いから気をつけてくださいね。」 「名前ちゃんは?」 「わたしは家に帰ってから食べようかなって、」 「ひとりで飯食うの味気ねーし、なんか食べて帰れば?」 「んー…といっても、」 銀さんの分を作り終わった時点で台所を綺麗にして片付けたので、今からまた何かを作って汚すのは気が引ける。かといって、味気ないという病人の言葉を無視するわけにもいかないので、仕方がなくおにぎりをひとつもらうことにした。 「…うま。お前、ほんと料理うまいよな〜。」 「そうですか?でもわたし、銀さんの卵焼きは絶品だと思ってます。」 「だろ?また作ってやるよ。」 それは嬉しいです!といって私が笑うと、銀さんもおー、任せとけーといって笑った。まだ疲れているのか、それとも寝起きだからか、傷が痛むのか、きっとどれものせいで、いつもより銀さんに元気がない。だから少しでも笑ってくれて、私はちょっと安心した。 「食べ終わったら、体拭いて包帯変えましょう。」 「…自分でできる。」 「嘘つかなくていいですよ。毎度こういうことがあると、お登勢さんに変えてもらってるって新八くんからきいてます。…あ!それともお登勢さんがいいとか?!」 私が驚いた様子でそういうと銀さんはぶっ!!と食べていたものを吹き出した。あ〜あ、もう汚い。何してんですかといって、近くにあったティッシュで汚れた箇所を拭った。 「名前が変なこというからだろうがァァ!!」 「はいはい、口周りも拭いてくださいね。」 「ガキかっつーの…。」 「ガキ扱いはしてません、病人扱いです。包帯の巻き方はわかるので大丈夫です、安心してください。」 「…なら、頼むわ。」 渋々といった風に了承してくれた銀さんを横目に、自分で握ったおにぎりを頬張る。うん、我ながらうまい塩加減と、具はそぼろを当てたようでちゃんと美味しい。味見してなかったから、心配だったけどよかった。 「名前さ、」 「ん?」 「俺らがいない間、なんもなかった?」 「…はい、平和でした。平和すぎてみんながいないの寂しかったです。」 「…そ。」 我ながらよく恥ずかしげもなく本音が出たものだ。だけど、本当にそうだった。私が平和に過ごしているあいだ、銀さんたちは誰とどんなことをして、こんな傷を作ってきたのか。やっぱり気にはなるけども、聞くべきじゃないのは分かっている。それよりも、言うことがある。 「…おかえりなさい、銀さん。」 「…おー。」 無事に帰ってきてくれてありがとうの言葉だけで十分だ。 top | prev | next |