ようこそ三日月堂へ! |
おとなの男性とはきっとこういう人 第72話 「それで総悟のやつ、機嫌が悪かったのか。」 一通り話し終えると土方さんはなるほどな、と一人納得したように頷き、お味噌汁を飲み干して箸を置いた。 「いつものサボりで三日月堂にいるのは分かってたんだが、戻ってくるなりやけに八つ当たりが激しくてな。お前と喧嘩でもしたのかと思ってたが、納得だな。」 「納得、ですか?」 呼び出されるのはいつものことなのに、そのいつもより機嫌が悪い理由が私には分からず、何が納得なんですか?と土方さんに尋ねると、土方さんは少し不思議そうに私の顔を見た。 「…疎いのか敏感なのか、どっちなんだ?」 「え?」 「いや…まぁ、…こればかりは俺もまだわからねぇしなぁ…。」 そういって土方さんは何やら悩み始め、そして口を開いては何かを飲み込み、また口を開いては頭を抱え出した。…そんな落ち着きのない土方さんが珍しく、私は首を傾げながら、最後のごはんを口にいれ、ごちそうさまと手を合わせた。 土方さんにはあらかたのことは話した。総悟と出かけた日に、大江戸書店で藤堂さんという書店員に出会ったこと。書店員同士、お互いの店の棚を褒めあい知り合いになったこと。その藤堂さんが今日店にきて名刺を渡され、その名刺の裏に連絡先が書いてあったこと。そのときの状況、相手の様子からして今後の距離感に少し悩むということ。 「これからよろしくってことでの連絡先かもしれねぇが、第一印象で信用ならねぇってんなら、確かに距離は必要かもしれねぇな。」 「信用云々まで相手のこと知らないので、本当に勝手なあれなんですけど…。」 さすがに土方さんには自分の過去の経験上、という話はしていない。こいつ自惚れすぎだろと思われることが恥ずかしいのはもちろんだが、何より"過去"のことは話せない。私はまだこの人の前では、"記憶喪失"の私だ。 「…来る者拒まずかと思ってた。」 「え?」 そういって土方さんはお茶を一口飲み、これは褒め言葉として受け取れよといった。 「お前は誰に対しても愛想がいい。商売上だけに限らず、日頃から誰に対してもだ。だからこそ心配な部分もあった。」 「心配、ですか?」 「変な輩に巻き込まれやすいというか、変な輩を変と気付かないタイプかと思ってたんだよ。」 「…危機感のないやつってことですか?」 冗談でふてくされながらそう私が聞き返すと、土方さんは可笑しそうに笑って、まぁそうだな。と肯定した。 「…まぁ、前に近藤さんが変なことをお前に聞いたときの返事を考えりゃ、この手のことが苦手なんだろうと察しがつくがな。」 土方さんがいう前にというのは、おそらく焼肉を食べに行ったときの会話のことだろう。あの時、私は意味深なことをつい口にしてしまい、あとでもう少しうまくはぐらかすべきだったと後悔したことを覚えている。案の定、やっぱり土方さんは引っかかっていたようだ。 「とりあえず、お前からは何もアクションはせず、相手から何かあればで様子見ってとこだな。あんま気にするな。変に気にしてるとしんどいだろ。」 「そうですね…。」 「そろそろ食後のデザートは?」 「…きょ、今日はコーヒーだけにしようと思います。」 「腹いっぱいか?別腹じゃねーのかよ。」 「…体重管理をしないといけない域にいまいるので…。」 最近、甘いもの摂取しすぎでちょっと…というと、土方さんは女は体型を気にしすぎなんだよと呆れた様子で、店員さんを呼び寄せてコーヒーを2つ頼んでくれた。 「…ひとついいか?お前、ストーカーの経験があるのか?」 「え?…まさか!わたし、そこまで人に執着しない、」 「いや、なんでお前がする側なんだよ、される側だろ。」 「……あ、」 質問の勘違いに恥ずかしくなり、慌てて私はないです、ないです!!と手を顔の前でブンブン振って否定した。また土方さんに呆れられる!と思ったが、意外にも土方さんは真面目な顔をしていた。 「あまり突っ込んで聞いてはこなかったが、…お前のその記憶喪失の原因がもしそういうトラウマだったり、覚えてる記憶の断片にそういうのがあるんだとしたら、お前の精神状態が気にかかるんだよ。で、…どうなんだ?」 これまで土方さんは私に記憶のことを聞いてきたり、話題にすることは一度もなかった。それなのにこうして切り込んでくるということは、本気で心配してくれていることが分かった。 「(…この優しさにも甘えて、嘘を…)」 記憶喪失の嘘をこの前やっと銀さんや神楽ちゃん、新八くんに話せたばかりで、土方さんや総悟、近藤さんにはまだ話していない。いずれかは話したい、聞いてもらいたいと思いつつも、そのタイミングがいまいち分からず、今日まで先延ばしにしていた。おそらく土方さんには、この流れで実は、と切り出すのがタイミング的にいいような気がするが、それでも私は自分でもわかるくらい下手くそに笑いながら、トラウマなんてないですよといって否定した。 「(いまここでその話をすると、長くなるし…。心づもりも、できていないし…。)」 後回しにすればするほどこの胸の罪悪感が増していくだけだと分かっていつつも、そう簡単に、手短に話せるものでもないしと、自分自身に言い訳を言い聞かせた。だけど、土方さんにいずれお話したいことはあるんです、とだけは伝えておくことにした。隠し事はいまだけ、ちゃんと話したいことがあるということを、身勝手だが少しでも伝えておきたかった。すると土方さんは私の顔をじっとみて、そうか、分かったとだけ返事をくれて、店員さんが持ってきてくれたコーヒーに口をつけた。 「何か可笑しいな、気味が悪ぃなと思ったらすぐ連絡よこせよ。」 「はい、ありがとうございます。」 それからしばらくコーヒーを飲み終わるまで雑談をして、キリがいいところでお店を出た。お会計は当たり前のように土方さんが払おうとしたので、話を聞いてもらったお礼にここは私に払わせてくださいとお願いして、ふたり分きっちり支払わせてもらった。 「…ありがとうな、ごちそうさま。」 「こちらこそありがとうございました!」 店を出ると、このまま家まで送っていくといって、土方さんはさりげなく道路側にいた私を内側に歩かせた。そのまま土方さんの隣を歩きながら、どこまでスマートな大人男性なんだ、この人は!と、妙に感心せずにはいられなかった。気遣いや心配の距離感もちょうどだし、私にお金を払わせてくれたのも、引くところは引くことをわきまえていてるし。…なんだかちょっと土方さんって…女性にモテそうだ。 「…どんな顔だよ、それ。」 「え!?」 「人の顔をまじまじと、思うことがあるなら口で言え。」 「い、いえ!ただ、土方さんはモテるんだろうな〜!と!」 「なっ!と、突然、なんつーこと思いながら人の顔みてやがんだっ!!!」 そういって少し照れた様子の土方さんについ笑ってしまう。このギャップもまた、たまらない人にはたまらないんだろうなあと、私はまた面白おかしくやっぱりモテそうですよね、といってからかい、土方さんにうるせぇ!黙って歩け!といって怒られながら、ふたりで夜道を歩いた。 top | prev | next |