ようこそ三日月堂へ! |
デジャブの夜にこんばんは。 第71話 連絡先交換は別に珍しくもない。ケータイを持ち始めてからは、前の世界と変わらないその便利さに甘えて、取引先や懇意にしているお店や店主さんの連絡先はすぐさま登録して、日頃の連絡手段としてよく使うようになった。だから藤堂さんもそのうちのひとり、書店員同士の懇親と思えば全くもって問題はないのだが、 「…この勘は、よく当たるんだよなぁ。」 そういって登録し終えたアドレスをぼんやり眺めながらため息を漏らす。藤堂さんのあの感じは好意だ。それも男女間の好意であって、私の望む書店員同士というわけではない、と思う。 こんなこと誰かに話せば、自意識過剰すぎるとバカにされるかもしれないが、こればかりは何となくわかるのだ。これまでが、何度もそうだったように。 「…厄介だなぁ〜…」 つい本音が出てしまい、ますますため息が深くなる。本当にこればかりは困るのだ。私は、あまりこの"好意"というものが好きではない。そもそもこの世界にいる限りそれは間違いなく"厄介"なもので、"避けたい"ものなのだ。ましてや相手があんな好青年ときたら余計に辛い。 「…まぁ、勘は勘だし、外れることだって…ほんと自意識過剰なだけかもしれないし。」 けど、それでも予防線を張っておいて損はないだろう。私はさっとメール機能を呼び出し、事務的な文面を打ってそのまま送った。 こういうのは最初の距離感が大事だ。 「…お腹すいたけど作る気しないなぁ…たまにはひとりで外食でもしようかな…。」 お店を閉店してから、かれこれ二時間近くはこうして悩んでいたらしく、とっくに時間は夕飯時を回っていた。近くの定食屋さんやお弁当屋さんは夜はやっていないので、食べに行くとしたら少し歩いて商店街の方か、かぶき町の飲み屋になる。けど、さすがに女ひとりで飲み屋に入るのには勇気がない。 「…商店街の方、少しぶらつこうかな。」 そっちなら店も多くて人も多いので、灯りも多い。夜、ひとりで歩くにしても、たいして危なくはないだろうと思い、そうと決まればと私はすぐに上着を羽織り、リュックを背負って自転車の鍵を手にした。 「てめェ、何してんだ。」 「っ!!!!」 商店街付近をゆっくり自転車をこぎながら何かいい店がないかと探していると、突然グッと自転車の後ろの荷台を押さえつけられ、危うく転倒しかけた。なんとか瞬発力で転倒は免れたものの心臓はバクバク。そして声の主は振り向かなくてもわかる。というかこれ、まさかの二度目のデジャブ。 「お、おつかれさまです土方さん…。」 「何時だと思ってんだ。」 「ま、まだ八時前…」 「まだだァ?」 「…(怖ィィィィ!!)」 なんでここに土方さんが?あれ?ひとり?とかいろいろ聞きたいことはあるが、まずはこのドスの効いた声と、反らしたくても反らせない視線に身が凍る。いやいや、待ってなんで私怒られてるの。 「もう八時だろーが。何暗くなってから女ひとりでうろついてんだよ。」 「いや、私もう成人してますし…夜出歩くことくらい…」 「あァ゛?!」 「すいませんでしたァァァ!!」 謝るしかない!とりあえず謝るしかない!と、私はよろけながら自転車から降りて、盛大にそれはもう盛大に謝った。もちろん内心では、過保護すぎない?!とか、理不尽だよねこれ?!とか、文句は尽きないけど、一言でもそれを口にしたらたぶん 「(心臓止められる…っ!!)」 「…ったく、この前よりも町は落ち着いてるとはいえ、普通にその辺にゴロゴロと面倒なやつらはいんだよ。分かってんだろ?何も暗くなったら出歩くなとはいってねぇ。ひとりではやめろって言ってんだ。」 「はいっ!!(ぐうの音も出ない正論!)」 「…で?何しにどこ行くんだよ。」 そういって土方さんはポケットからタバコを取り出した。見る限り隊服で仕事中のようだが、周りに同じ隊服を着た人はいない。 「…ごはんを…その、どこか食べに行こうかなって…。なんだか今日は作る気になれなかったので…。」 「飲み屋か?」 「ま、まさか!飲む目的なら自転車なんか乗ってませんよ!!」 「…ふっ、その点は反省してんだな。」 タバコをふかしながら土方さんは笑って、怒られて萎縮してしまっている私の頭を軽くポンっと叩いた。そのおかげで、もう土方さんが怒ってないことがわかり、私の緊張は一瞬にしてとれた。 「あの、普通にご飯を食べたいんですけど、どこかいいお店知りませんか?」 「……なら、ついてこい。」 「あ、いや、道さえ教えてもらえれば!」 「俺も腹減ってんだよ、ついでに飯に付き合え。」 「え?でも勤務中ですよね?大丈夫ですか?」 そう私が問いかけ終わる前に、土方さんはケータイを取り出し、背を向けて誰かと話し始めた。ところどころ聞こえる会話からは、ちょっと休憩入るやら、あとは任せたなど、細かな仕事の指示が飛んでいることがわかった。 「すまねぇ、待たせた。行くぞ。」 「ほ、本当に大丈夫ですか?」 「なんだ、俺ら警察は飯も食わず働いてなきゃいけねーのか?」 「いやいや!まさか!」 なら気にせずとっとと歩けといって、土方さんはまた軽く私の頭を叩いて、前に歩くよう促してきたので、仕方がなく私は自転車を押しながら、土方さんの隣を歩き始めた。 「生姜焼き定食と、」 「鶏と野菜の黒酢あんかけ定食をひとつお願いします!」 「飲みもんは?」 「温かいお茶を…土方さんは?」 「俺は冷たいお茶でいい。」 注文を通し終わると、向かいに座る土方さんは、流れる手つきでポケットからタバコの箱を取り出したが、すぐさまバツの悪そうな顔をして、そのまま箱を戻した。 「…そういえば、最近どこも禁煙ですね。」 「肩身がせめぇよ。せめて分煙にしてくれってんだ。」 「屯所内は吸えるんですか?」 「今のとこな。まぁ、俺が副長でいる限りは大丈夫だ。」 「あ、いまとんでもない発言をしましたね。」 冗談話に笑いながら先に運ばれてきた温かいお茶を一口飲む。その温かさにほっとして、自然と口元が綻ぶ。 「…仕事、疲れてんのか?」 「え?」 「さっき言ってたろ、今日は飯作る気しねぇって。」 「あー…いや、まぁ、そう、ですね…。」 土方さんの問いに、仕事のことというべきか、対人関係というべきか、つい悩んで曖昧な返事をすると、土方さんは話してみろよといって、足を組んで座り直した。 「え、」 「話してスッキリするならそれに越したことはねーし、何かアドバイスが欲しいんなら、年の功だ、多少なりとはまともなこと言ってやれる。」 「…。」 「ま、俺で不満だったら別の、」 「不満だなんてそんな!!むしろ、その…土方さんにこんな話して、逆に申し訳ないというか…くだらないと、いうか。」 土方さんのいうように年の功もあるだろうし、何より副長さんだ。たくさん仕事を抱えてしっかり務めてきたきた人から聞ける話なら何だって自分の糧になると思う。けど、それはあくまでも仕事面であって、私の今の悩みはそんなことに比べたらやっぱりくだらない気がする。 「…知人としてでもいい。」 「え?」 「お前の知人として、くだらない話でも何でも聞いてやる。というか聞かせろ。お前あんまり弱音とかはかねぇタイプだろ。」 さらに何でも自分で解決しようとして自滅するタイプだろと言われ、思わず図星で恥ずかしくなり、私はああっ…と顔を覆った。何この人、観察力すごい…! 「はいよー、おまたせ。」 「ちょうど飯もきたし、食べながらゆっくり話せ。」 「……恐れ入ります…。」 私は仕事のことではなくて、と前置きをしてから、夕飯を作る気なくした原因を話し始めることにした。 top | prev | next |