×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
ようこそ三日月堂へ!

甘いものは別腹

第69話

「そうだったんですか…。」

「黙って、嘘…ついててごめんなさい。」



クレープを食べ終わった後、ふたりに聞いて欲しいことがあると言って、私はひとつひとつ、言葉を選んで自分のことを話した。新八くんは少しの動揺をみせたが、神楽ちゃんは思いのほか驚く様子もみせず、そうアルか。とだけ、言った。



「…その、その話が本当…いや、疑っているとかじゃなくて!その、もしそうなら…名前さんはいずれ…その、元の世界ってところに…」



しどろもどろに喋る新八くんの言おうとしていることは分かった。銀さんは、私に帰りたくないのかと訊いて、私はそうだと返事をした。けど、そもそもその前に、新八くんが抱く疑問が正しいのだ。帰りたい帰りたくないの自分の意思のまえに、"帰らなきゃいけない"時がくるかもしれないということが。



「…分からない。自分の意思でここにきたわけじゃない。けど、自分の意思でここに"いたい"とは思ってる。…曖昧な存在だよね。」

「そんなこと…!」

「ここにいたいなら、いればいいネ。」

「神楽ちゃん?!」



それまで黙っていた神楽ちゃんがようやく口を開いた。でも、視線は下がったままで、表情はうかがえない。



「もし、その時がきたとしても、名前が帰りたくないっていえば、どうにかするネ。」

「いや神楽ちゃん、どうにかって、」

「新八はうるさいアル。どうにかっていったら、どうにかネ。それくらい、万事屋ならできるアル。だから、何も心配いらないネ。」



そういって神楽ちゃんはベンチから立ち上がり、私に真正面に向き合った。



「私だって故郷はここじゃないネ。けど、ここにいたいからいるアル。それに、この星は色んな奴らが集まったところヨ。名前は気にしすぎネ。」

「え?」



神楽ちゃんはどうってことないというように、ニカッと笑って、ただ、名前は名前ネ!といって私の手をぎゅっと握りしめてくれた。



「名前も大丈夫アルヨ。私たちがついてるネ!」

「そ、そうですね…神楽ちゃんの言う通りだ。名前さん、僕たちに話してくれてありがとうございます!これからは何かあったらなんでも僕たち万事屋を頼ってください!なんでも力になりますから!」



ああ、年下の子たちに、こんな風に言ってもらえて、…どうしよう。私は込み上げるものを堪えることができず、ふたりにガバッと抱きつき、泣きながら何度も、何度もありがとうを伝えた。





あのあとしばらく公園で他愛もない会話を3人で楽しんだ後、ふたりとはその場で別れた。なんだかんだ一昨日も昨日も店に帰っていないため、仕事のことが気になり、銀さんにはまた連絡すると伝えてもらうことにした。

明日からは通常営業のため、翌日準備も必要だし、不在時に届いているFAXの確認もしないと…。店に帰ってやるべきことを頭で考えながら帰路につくと、ぼんやりと家の前で誰かが立っているのが見えた。



「…え?」

「おお、よかった。近くに来たので立ち寄って見たのだが、店が開いてないので、どうしようかと。」

「な、にしてるんですかっ!!」



そこにいたのは久しぶりに会う桂さんだった。特に慌てている様子がないことから、追われているわけではなさそうだが、変装もしていないし、今の町の状況からしても、日中堂々は危険すぎる!



「き、危機感をもっと!!とにかく中に入ってください!!」



私がここで大声を出したらそれこそ元も子もないので、なるべく小声で周りを警戒しながら桂さんを叱責し、家の鍵を開ける。



「なんだ?名前殿は追われているのか?」

「あなたがでしょーがっ!!」



何を惚けたことを!と、呑気な桂さんに腹を立たせながら家に入り、桂さんも中へと招く。



「とりあえず…お茶でいいですか?」

「いや、紅茶がいいな。」

「紅茶ですか?」

「洋菓子には紅茶だろう。」



そういって桂さんが手渡してきた小さな箱には、ケーキがふたつ。



「美味しそう…いいんですか?」

「無論。そのつもりで買ってきたからな。だから、紅茶を名前殿は頼む。」



そういって桂さんは慣れた様子で居間に入っていった。その感じが銀さんと似ていてつい笑ってしまう。私はすぐ用意しますねといって、台所へと向かった。



「(コーヒー派だからなぁ、紅茶…といっても、…あぁ、あった。常連さんから頂いたアップルティー。これでいっか。)」



戸棚からティーカップを用意して、ケトルでお湯を沸かす。小皿にはケーキとフォークを。桂さんが買ってきてくれたのは、どうやらシンプルのど定番、ショートケーキ。大きいイチゴが外にも中にもぎっしり詰まっていて、甘い匂いがたまらない。



「(あれ?いや…まてよ。私さっきクレープ食べたよね?)」



…うん、間違いなく食べた。食べたのにこれからまたケーキを食べようとしている自分に気がつき、一瞬ためらう。昨日もお酒飲んでるし、体のことを考えればこれ以上の糖分は…というところだが、



「…名前殿、まだだろうか?」

「わっ!!す、すいません!」」



桂さんが何か手伝おうといって台所に入ってきた。私は夕飯を…夕飯をヘルシーにすれば…大丈夫…と、自分を甘やかすことを決め、お湯が沸いたらすぐできますよと、台所を見渡している桂さんに言った。



「こいつで湯を沸かしているのか?」

「はい。あ、もう沸いてますね。そこのティーカップに注いでくれますか?」

「…便利だな。」

「ケトルがですか?桂さんは使わないんですか?」

「やかんだな。」



あぁ、たしかに。この世界の人たちは、元の世界とさほど変わりない便利なものを使ってることもあれば、今じゃあまり使われなくなったものも普通に使っていたりするから不思議だ。



「そういや名前殿はこの辺じゃ珍しく洋服だし、異国のものをよく使うのだな。」

「便利なものを好むだけですよ。」



いつしか総悟にも言われた疑問を桂さんに投げかけられ一瞬ドキッとしたが、自然に返事ができたことにホッとする。それはおそらくこの世界の生活に少し慣れ、そこまで自分が浮いていないと変な自信がついたからだろう。



「…変わらないもの、変わりゆくもの…色々とあるな。」

「?そう、ですね。」



桂さんの少し意味ありげな言葉に首をかしげると、本人は独り言だったのか、それ以上は喋ることはなく、用意ができたカップとケーキを居間へと運んでくれた。





「今日は追われていたわけじゃないんですね。」



程よい甘さで美味しいケーキを口にしながら、私は桂さんに尋ねてみた。すると桂さんはそんなことを気にしていたのかといって、心配には及ばんとケーキを大きく頬張った。



「今奴らは俺に構ってる暇はないからな。」

「…それって、」



そういえばクレープ屋のお兄さんが言っていた。高杉と言う人は、桂さん率いる穏健派の攘夷志士とは違うと。桂さんが普段どんな風に生活しているのかは知らないが、確かに桂さんは過激派ではなさそうだ。そんなことを私が考えているのが分かったのか、桂さんは話しておいた方がいいこともあるだろうと切り出し、突然手にしていたフォークを置いた。



「俺が今日ここにきたのは他でもない。いま、真選組が慌ただしいことに関係するが、銀時に関わってる以上、知らぬままではおれるまい。しかし、どうせ銀時はまだ何も話しておらんのだろ。」

「…高杉、という人ですか?」

「察しがいいな。…ということは、すでに真選組から情報を得ているのだな。」



桂さんこそ察しがいいですねと言うと、桂さんは俺は賢いからなと、自信満々に答えた。…はて、桂さんは賢い、のだろうか。



「名前殿は真選組と関わりが深い。この俺がすぐにその情報を掴んだのだ、あいつが知らないわけがない。その上、銀時とも知り合いとなれば、あいつが何もしないわけがない。だからこそ名前殿にはある程度の話をしておかねばならないと俺は考える。」



それを知って名前殿がどう思うかは俺の知ったことではないがな。そういって桂さんは紅茶を一口すすった。…どうやら、桂さんと銀さんはその高杉とやらと関係があって、なぜかその飛び火が私にいくのではないかと、真選組も含め、みな警戒している…ということらしい。



「…あの、…その高杉…さん?が、どういう人なのかは、たぶんニュースとか新聞とか読めば、一般的な情報は入ってくると思うんですけど、その人がどうして私のような一般市民に目を向ける可能性があるかを知るためには、桂さんのいうように、桂さんや銀さんから話を聞くしかないと思うんです。」



けど、といって、私も紅茶を一口すする。



「それは…銀さんにとってはあまり話したくない、…そういうお話なんですよね。」

「まぁ、気軽に誰でも話せることではないな。」



それを聞いた私は、昨日のスナックお登勢であったことを話した。真選組から忠告を受けた銀さんは、そのままその話には一切そ触れなかった。今朝もそう。いつも通りの銀さんだった。それはつまり、



「…勝手に、触れてはいけないことのような気がします。」



私が自分のことをなかなか話せなかったように、銀さんにも話せないものがあるなら、私はここでそれを桂さんから聞いてしまうのは違うと思った。気にはなるが、それでも銀さんは、私のことを待っていてくれた。それならば、私も



「…待ちます。もし、桂さんの話と銀さんの話が別なら、ここで桂さんの話を聞きますけど、銀さんにもつながる話なら、勝手には…聞けません。」

「…大切なのだな。」

「大切に、してくれたから。私も、大切にしたいんです。」



そういうと桂さんはふっと笑って、分かったといって、ケーキの最後の一口を頬張った。




top | prev | next