×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
ようこそ三日月堂へ!

第66話

外からバイクの走る音や、人の話し声がくぐもって聞こえる。万事屋ってこんなに静かだったっけと思いながら、自分がいましがた口にした言葉をもう一度、心の中でつぶやく。



ずっと、この世界にいれるかどうかわからない。



そのあとなんて言葉を続けばいいのか分からず黙りこくってしまった私に、銀さんは、すっと息を吸って、それから一拍おいてから、なぁ、と話し始めた。



「……ひとつ聞いてもいい?」

「…はい。」

「俺が、もしお前の立場なら。…急に目が覚めて知らねぇ場所にいて、いや、場所じゃねぇな、世界?そういう、何もかもが違うとこに来たとしてよ。…まず思うのって、…帰る方法じゃねーの?」

「それは、」

「お前の話はさ、最初から帰る方法よりもこっちに残る方法、生きていくことばっかで、ちょっと引っかかんだよ。諦め潔いっちゃそうなのかもしれねぇ。けどよ、あまりにも未練がなさげっていうか、なんてーの?」



「…名前は、帰りたくねぇの?」



銀さんの直球な言葉に思わず目線が下がる。目線が下がれば自然と顔もさがり、そのまま私は項垂れた。そして膝においていた手を強く握りしめた。



「…何度か、…夢だって思いました。…そう、これは夢だって。わたしはもともと、"この世界"で生きてきて、あっちなんて世界はないんだって。夢、妄想なんだって。けど…そう、都合よく記憶は…変えれませんね。」

「名前、」

「銀さん。わたし、帰りたいって思ったことは…一度もありません。なんでって思うことは、それこそ最初はずっと、どうしてこんな知らない世界に自分がって…、こんな非現実的なことが身に起きたんだって…思ったりしたけど、…でも、"帰りたい"って願ったことは一度も、ないんです…。」



深月さんたちと出会って、今まで感じたこともない人の温かさを知り、その居心地のよさに甘えてしまったからかもしれない。けど、



「もし…あの時、深月さんたちじゃなくて、怖い人たちに捕まって、怖い目にあったり、…最悪死んでしまうかも、なんてことになってたとしても、…それでも私は帰りたいと思わなかったと思います。」



私が顔をあげてそう言うと、目の前の銀さんの表情が訝しげになった。



「いろいろ、あったって…さっき言ったじゃないですか。…だから、あの時のわたしならきっと、…諦めたと思います。」



何を、なんて言わなくても分かったんだろう。銀さんは何か言いたげに口を開けたが、私はそれを遮るように言葉を続けた。



「だからこそ、深月さんたちに出逢えてよかったんです。あのふたりが、わたしのその甘ったれた考えを払拭してくれました。」



"なんか、なんて言っちゃだめよ?生きているだけで儲けもん!ってよくいうじゃない?"


"こうして生きている。それだけでいいじゃない。"



「…あの時……帰りたいよりも、生きようって思った…」


「場所なんか、どこでもよかった…っもう一度頑張れるならっ、どこでも…っ」


「それが"ここ"で…っ、ここで、生きたい!頑張りたい!って思った…!」


「だから、帰りたいって気持ちよりも、っ…今じゃ、"帰りたくない"っていう、気持ちのほうが大きくって…っ!」



感情が次第に大きく激しく揺れ、泣き止んだはずの涙がまた溢れてきた。嗚咽でうまく話せず、乱れてくる息を落ち着かせようと、咄嗟に胸のあたりを掴むと、銀さんがその手を優しく掴み、そのまま私を自分の身の方に引き寄せた。



「…お前が、ここにいたいって望むならそれでいい。…悪ィ、なんか不安にさす言い方しちまったな。」

「…っ」

「……言ったろ、助けてやれることは助けてやるって。だから、…もしそうならって思っただけでよォ、…でもそうじゃねェんなら、…それでいい。」



「…それでいいんだよ。」



「っ…!!」



そういって銀さんは優しく私の背中をポンポンと叩いて、それからゆっくりと息を落ち着かすように撫でてくれた。その手が、深月さんたちのあの手とよく似ていて、私もまた、あの時のように声を出してたくさん、たくさん、泣いた。





「……」



どれくらい泣いてたんだろう。いや、どれくらい寝てたんだろうか。



「…(なんじ、)」



泣くだけ泣いて、泣き疲れて。その間もずっと、委ねた身体に伝わるリズムが心地よくて、そのまま寝入ってしまったんだろうなと分かるのは、現に今も私は銀さん胸のなかにいるからだ。

私はもたれかかっていた頭をそっと起こし、ソファーの背に反るように頭を投げ出し寝ている銀さんを見やる。口を大きく開けて気持ちよさそうに寝てはいるが、腕はしっかり私の腰を捕まえていた。



「(…西日…?ってことは、夕方…)」



あくびをひとつして、重たい瞼を軽くさする。…いや、待てよ自分。なに呑気にあくびなんかしてるんだろう。現状をもう一回整理しよう。

いま、自分はなにしてる?



「っっ?!?!」

「あ゛?あー…びっくりした…あれ、なに、寝ちまってた?っていててっ!首、ちょっと首あの、起こしてくんない?」

「へ?あ、えっと、」



驚きのあまり勢いよく銀さんから身体を離したせいで、どうやら銀さんを起こしてしまったようだ。動揺を隠せず、上ずった声で返事をしながら、言われたように銀さんの腕を軽く引く。銀さんは後ろ首を抑えながら、なんとか起き上がり、あー…寝違えたかと思ったといいながら数回首を左右に傾けて音を鳴らした。



「あれ、そういやいまなんじ?」

「えっと、」



ポケットからケータイを取り出し時刻を確認すればもう5時を過ぎていた。そのまま時間を伝えると銀さんは夕飯時だなーといいながら、あくびをひとつした。



「ババァのとこで呑むか。」

「え、でも神楽ちゃん、」

「新八のとこで泊まらせりゃいいだろ。てーか、遊びに行ってこの時間まで帰ってこねぇってことは、いつものパターンだろ。」



いつものパターンとはどのパターンだろ?と首をかしげると万事屋にある黒電話がジリリリと鳴った。銀さんはほらな、といいながらソファーから腰を上げ電話へと向かった。



「ビンゴ。神楽あっちに泊まるって連絡だったわ。つーことでガキの心配はいらねーし。大人同士でゆっくり呑もうぜ。」



そうと決まれば下に降りるぞーといって銀さんが私を見下ろしながら手を差し出すので、私はそれになんの迷いもなく手を重ねた。すると、そのまま勢いよく引っ張り上げられ自然と腰が上がった私は、ありがとうございますとお礼を言って、銀さんを見上げた。



「おう。」



何もなかったような、何も変わらないこのやりとりに安堵する。そっか、本当にこの人は受け止めてくれたんだ。夢じゃない、確かにそれでいいって、言ってくれたんだ。


「……あの、わたしお金ないんですけど、」

「だからこそのババァのとこだろ。」

「…あははっ…じゃあ今日は特別にふたりしてお登勢さんに叱られましょうか。」



そういって私は前を歩く銀さんの背中を見つめながら泣き腫らした目にそっと触れ、胸のうちからじわじわと広がる言葉にしようのない感情を確かに感じていた。


top | prev | next