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ようこそ三日月堂へ!

秘めていた気持ち

第65話

深月さんたちのおかげで、衣食住に困らなかったことはもちろんですけど、お二人が私に対して、大丈夫だよと、寄り添って、肩を抱いて、話を聞いてくれたことが、…心の拠り所があったことが、何よりも心強くありました。

とはいっても、ずっと甘えて世話になるわけにはいきません。この世界で生きていくため、一応は戸籍はあるし、成人もしてるし、ひとりでやっていくのに無理はないなと思い、三日月堂を出ようとしました。お金がないのは、住みこみのバイトを探せばどうにかなると思いましたし。けど、



「…あの人たちの性格でいやぁ、ほっとけねぇだろうな。」

「…そうなんです。」



深月さんたちは、その考えなら住み込みバイトをここにしたらいいじゃないかと、可笑しそうに笑いました。ちょうど自分たちも店に若い人手が欲しかったところだし、好都合だと。わざわざ出て行かなくても、ここにいて、三日月堂を手伝ってくれないかといっていただきました。



「…深月さんたちに感謝してもしきれません。だからこそ、お二人にとって大切な三日月堂を任されたいま、私は、何が何でも、あの三日月堂をしっかり全力で守らないといけない、…守りたいと思っています。」

「…。」



話は少し逸れましたが、深月さんたちのお仕事を手伝うのはすぐに慣れました。前の世界でも、私は同じような本屋の仕事をしていたので、たいていのことは知っていました。



「なんというか、全く違うようで、似ている、というより、こちらの昔と今を混ぜたような世界がここみたいなところなので…。」

「わっかんねぇ…。」

「ですよねー…。」



私、学生の頃から書店員のアルバイトをしていたんですが、成人後はそのまま悩むことなくそこの会社に入社しました。なんとなくではなく、確かに好きという気持ちをもって選んだ仕事でしたが、毎日が嫌になるほどあっという間で、日に日に忙しさから、書店員であることが嬉しいとか、誇りだとか、そういう気持ちは薄れつつありました。



「あー…よくいうあれ?社畜ってーやつ?」

「え?あ、…まあ、そういう言葉が、確かにしっくりくるかもしれませんね…。」



だから、三日月堂での仕事は、本屋の"作業"として慣れていただけで、"仕事"としては驚くほどひとつひとつが新鮮でした。流れ作業じゃない、ちゃんと意味がって、考えがある、その丁寧なひとつひとつの仕事がお客様の反応につながるんだって、気付かされました。

ああ、そうだった。書店員って本来こうあるべきだったな、って。深月さんたちの書店員としての姿勢が、わたしが長年抱えていたわだかまりをほぐしてくれました。



「三日月堂で仕事をしていて楽しいって思ったとき、この感情はいつぶりだろうって驚きました。あの頃の自分は、…色々なことを見失っていたように思います。」



あの頃、前の世界の私はとにかくゆっくりする時間なんて皆無でした。朝から晩まで、常に何かに追われていて、頭の中は仕事の"作業"のことばかりでした。

そんな中でも、いつも笑顔で元気でいよう、弱音は吐かない、頼られる、信頼される人であろうと努めていたこともあって、気もずっと張っていました。



「…こう見えて、上に立つ人間だったんです。」

「マジでか。」



上に立つ人間だからこそ、本音は隠して、大きな見栄で振舞う必要があって…、



「……すいません、まだ少し、…この辺は…整理がつかなくて…」

「いや、話せるところまででいいから。とりあえず水分とれ、ほら。」

「…ありがとうございます…。まぁ…その、色々あって、…」

「…おう、それで?」

「…ぷつんとイトが切れてしまって…。」



あの日、あの日も朝から仕事だっていうのに、全然眠れなくて。夜明け近くになってようやく眠くなってきて、少しだけ眠ろうと思って目を閉じたんですけど…、次に目を開けたときにはもう、…見慣れた部屋の天井ではなくて、知らない明るい場所、三日月堂の前に立っていました。



「…余談もあったので、長くなりましたけど…、あの、これで一通り説明はできたかなと…。」

「もう喋っていいの?」

「いや、さっきからふつうに喋ってましたよ。」

「いっやー…なんだ、…まあ、うん。とりあえずお前がここじゃないどこかから、突然やってきた、ってことだけは理解したわ。」

「…ありがとう、ございます…。」



一旦話に区切りがついたので、深呼吸をする。話している最中、しだいに早まる動悸と冷たくなっていく手先が、自分の極度の緊張を表していたが、話す相手がよかったおかげで、逃げずに話しきることができた。銀さんは、確かに私の話をしっかり聞いて、受け止めてくれた。まだ気持ちの整理がつかない思い出したくない記憶の部分もあったが、自分のほうの気持ちさえ固まれば、きっとすぐにでもこの人に話せるような気がした。…話す必要性はないことかもしれないけど。



「(…けど、聞いてくれる人がいるっていうだけで、こんなにも気持ちが…さっきと違う。)」



ずっと、ずっと口にしたかった重たい心のもやもやが、少しだけ、軽くなったような気がして、もう一度だけ、私は小さな声でありがとうとお礼を口にした。銀さんはまた、おう。とだけ、短く返事を返してくれた。



「…銀さんが言ったように、わたしがもっと、気持ちを割り切っていれば、嘘をつき通すことも、こんなこと話さなくても素知らぬ顔で生きていければ、こんなに悩むことも、なかったと思います。…そう、しようとしていたんですけど、」



最初こそはそういう心づもりでいた。こっちで生きていく。それなら私の世界は三日月堂と深月さんたちだけでいい。そう思っていた。だけど、そんな私を深月さんたちが心配してくれたから、…そう、優しいお節介が私をそうはさせてくれなかったのだ。



"お前さん、わけあってじいさんところに世話になってたんだろ。恩返しのつもりで仕事に励むのも結構だが、若いんだからもっといろんなこと楽しんだらいんじゃねーの?"

"何って、人生をだよ。"



「俺か。」

「あの時、ふざけた天パ野郎だなって思いましたけど、団子屋さんに連れ出してくれたこと、感謝しています。」

「おい、ふざけた天パってなんだ、天パはふざけてねーよ、大真面目だよ。」



外に出れば、銀さんをはじめ、たくさんの"出会い"があった。その出会いと思い出が増えれば、増えるほど、大切な人たちとの繋がりの中で、"自分の存在"を偽ることに、何も思わずにはいられなかった。そんな強さは、持てなかった。むしろ、"弱さ"の方が厄介だった。



「…わたし、…ずっとこの世界にいれるかどうか、分からないじゃないですか…。だから、」



初めて口にする想いに自分自身で戸惑う。そうだ、私の弱さは身勝手な押し付けなんだ。いつか消えてしまうかもしれない、前の世界に戻ってしまうかもしれない自分のことを、大切な人たちに、誰か一人でもいい。覚えていてほしい。そんな不確かな存在の自分を受け入れてほしい。そう思ってしまったから、



…嘘をついていることが、辛くなってしまったんだ。


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