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ようこそ三日月堂へ!

はじめまして、書店員さん。

第61話

店員さん側からの思いもよらない問いかけに驚きつつも、私は小さくそうですが、と答えると、目の前の男性はやっぱり!と手を叩いて喜び、そしてエプロンのポケットから名刺ケースを取り出した。



「僕、ここで文庫の担当者をしています、藤堂馨といいます。」

「え?あ、あの頂戴します…。わたしは…あ!ちょ、ちょっと、今日名刺をもっておりませんで…。」



名刺を受け取り、自分も名刺をと思ったところで、カバンを持っていないことに気が付いた。屯所に置いてきたリュックの中にはもちろん入っているのだが…。手元に名刺がないことを謝罪し、改めて口頭で、三日月堂店主の名前ですと名乗ると、藤堂さんはお会いできて嬉しいです!といって、屈託のない笑みを浮かべた。



「何度か実はお店に行かせて頂いたことがあるんです。」

「え?そうだったんですか!それは、…ありがとうございます!」



まさかこんな大型書店で働いている人が、三日月堂に足を運んでくれていただなんて。嬉しさのあまり、声のトーンがワントーン上がる。



「自分の担当もあってか文庫の棚をゆっくり見させて頂いたんですが、本当に綺麗で!とっても勉強になりました!」

「そ、そんなこと…!」



嫌味のない素直な褒め言葉に照れてしまい、つい顔を隠してしまう。棚を褒められることが、どれだけ書店員にとって嬉しいことか。火照る顔を隠しながら、私もここの棚に魅入いったこと、並びが綺麗な上に見せ方も上手で、何より選書が勉強になることを伝えると、藤堂さんも同じくありがとうございますといって、口元を手で隠し目線をそらした。よく見るとほんのり耳が赤い。どうやらお互い褒められることに慣れていないようだ。



「その、少し三日月堂さんの棚を真似させて頂いた部分もあって…あ、あのもちろん不愉快ならすぐにでもやめますけど!!」

「え!?と、とんでもない!全然、大丈夫です!むしろこっちも、真似たいというか…この辺の選書は是非とも参考にさせていただきたいと!」

「ど、どうぞどうぞ!僕のでよければ是非!」



何だか初々しい会話につい可笑しくなり、笑ってしまった私に、同じことを思っていたのか、僕たち傍から見たら可笑しいですよねといって、藤堂さんも困った顔で笑った。



「いつかゆっくりお話してみたいと思っていたんです。あの、よかったらまた今度是非、お話させてもらえませんか?そうですね、今度は僕が休みの日に、そちら三日月堂に寄りますので!」

「あ、はい!是非!」

「…ありがとうございます!で、では僕はこれからレジなので…、ゆっくりその…恥ずかしいですけど、棚見ていってください!」



可笑しな点があれば今度教えてください!といって、藤堂さんは大げさに頭を下げて、そのままレジの方へと向かっていった。私も軽く会釈をし、それから手元にある名刺を見ながら、藤堂さんのことを真面目な好青年だなと思った。





「よォ、いい本はあったんですかィ?」

「あ、総悟!…総悟も、何か買ったの?」



あれからしばらく、ゆっくりと棚を見ながら気になる本を手に取り、少しだけ冒頭部分とあとがきを読みながら、数冊いい本を見つけた。三冊ほど購入しようと決めレジに向かおうとしたところで、エスカレーターで上がってきた総悟と鉢合わせた。手には江戸堂と書かれたビニール袋を持っている。



「集めてるコミックの新刊。」

「へぇ…!何読んでるの?」

「ん、これ。」



そういって何を読んでいるのかが気になり見せてもらうと、いまコミック誌で話題連載中の青年コミックが二冊入っていた。確か少し内容はグロかったような。



「血の描写が生々しくてねェ。」

「そ、そうなんだ。」



どっちかっていうとその言葉の方が生々しいわ!というツッコミはあえてせず、私もこの三冊買ってくるから少し待ってていうと、総悟はお金持ってねーだろィと指摘され、私はまた忘れていたことを思い出した。


「それくれェ買ってやりまさァ。」


そう言って総悟は私の手から本を受け取り、レジへと向かった。お金がないならまた今度買いに行くといっても、聞いてもらえず、お次のお客様−、と順番に呼ばれる声がかかってしまった。



「あ。」

「あれ、名前さん!」

「さ、さきほどはどうも…。」



呼ばれたレジに向かうと、いたのはさきほどお会いした藤堂さんだった。あちらも驚いた様子で、こちらの三冊をお買い上げですね!ありがとうございます!といって丁寧に両手を差し出し本を受け取った。



「ブックカバーはおかけしますか?」

「どうすんでィ?」

「あ、上の本一冊だけ、お願いします。」

「はい!あと、当店のポイントカードは、」

「ここにありまさァ。」

「あ、はい!あの、えっと…名前さんはお持ちですか?よかったらカードの発行自体は無料なので次回お使い頂けるように、いまお作りすることも、」

「このポイントカードでいいんでさァ。な、名前。」

「え、あ、うん!」


総悟にそう言われ、確かに支払うのは総悟だし、私のカードを作るのは次でいい。レジも混んでいるし、私はせっかくの丁寧な申し出をやんわりと断った。



「ではこちらお返しが二円です。」

「ありがとうございます。」

「こちらこそありがとうございます。さきほどの約束、社交辞令でもなんでもありませんから。近々、お伺いしますね!」

「あ、はい!」

「ありがとうございました、またお越しくださいませ。」



そういってこの本屋のマニュアルなのか、レジ袋を私に渡したあとに綺麗なお辞儀をした藤堂さん。私も軽く会釈をして総悟と一緒にレジをあとにした。


「ありがとう…!本まで買ってもらっちゃって…」

「別に。それよりどういことでィ。」

「なにが?」

「さっきの会話。さきほどの約束って、なんなんでィ。」



何をそんなに不貞腐れているのか、総悟はエスカレータを降りながら私にそう訪ねてきたので、さきほどのやりとりを全て話をすると、怪訝な目を向けられた。



「…大丈夫か、それ。」

「なにが?」

「ヘンなやつじゃねーのかって話でさァ。」

「…どこが?」



変なやつ?本当に、どこが?だった。あんな好青年、なかなかいない。それに同じ書店員で、あれだけ素敵な棚を作れるのだ、変な人ではないと思うというと、総悟はそーかィといって、納得していない様子で私より一歩先を歩き始めた。



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