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ようこそ三日月堂へ!

幸せをごちそうさまでした。

第60話

トーストを食べ終え、サラダとスープも飲み干し、フルーツヨーグルトまで食べ終えたころには、私のお腹ははちきれんばかりの満腹さになっていた。うん、幸せの満腹感だ。



「コーヒーおかわりできやすぜ。」

「ああっ…したい、したいけどこれ以上もうはいらない…!」

「んじゃ行きやすか。」

「…どこに?」

「んー…とりあえず、ぶらっとその辺。」



その辺ってどの辺?と思いつつも頷き、席を立ち上がったところで、私は重大なことに気がついた。



「総悟待って!わたし財布がない!というか持たせてもらってない!」

「それがどうしたんでィ。」



どうしたって、お金がなきゃこんなに美味しい朝食を食べておいて、お金を支払うことができない!無銭飲食ダメ絶対!とひとり慌てていると、総悟はさっと机の上の伝票を手にし、そのままレジへと向かっていった。そしてここは俺の奢りでさァといって、そのまま支払いを済ませてしまった。



「ふふ、若いっていいわよねぇ〜。よかったらまた、二人で来てね。総悟くん、サービスするからね?」

「おばちゃん、変な気遣いは無用でさァ。ごちそーさんでした。」

「ご、ごちそうさまでした!」



最後の最後まで何か勘違いしている様子のおばさんに苦笑する。総悟も、気づいているなら否定してくれていいのにと思いながら、財布をしまう総悟の隣に肩を並べて店の外へと出た。



「総悟、ごちそうさまでした。ありがとうございます。」

「どーいたしまして。」

「…その、ちゃんとお礼は返すから。」

「いらねェ。」



即答!?と思いながら総悟を見やると、どうもご機嫌な様子だ。人に奢ってご機嫌になるようなタイプじゃない人だと勝手に思っていたのだが、そうでもないんだろうか?財布を持たせなかったってことは、元々そのつもりだったってことだろうし。…それとも何か、奢られるようなことを私がしたのだろうか?総悟の行動を不思議に思いつつも、素直に美味しいものが食べれたことには感謝せずにはいられず、私はもう一度、本当にありがとうと伝えた。



「なんか見てぇもんとかはねーのか?」

「見たい、もの?」

「せっかく来たんでィ、買いたいもんとかありゃ、案内しやすぜ。土地勘ねーんだろ?」



え、なに、誰これ。本当に総悟?あの総悟?こんなにも普通に優しいときとかってあるの?そう本人に対して失礼なことを心の中で思いつつも、口からは、じゃあ本屋さんに、と遠慮がちに言葉がでた。



「本屋ァ?休みだってーのに本屋かィ。」

「だからだよ。あまり他の本屋さんに普段いけないから。行ってみたいの。」

「敵察ってやつか?」

「違う違う!ほら、深月さんたちのおかげで、この辺の新刊書店も古書店も、何度か依頼でお邪魔したりしてるんだけど、棚をゆっくりみる時間はなくってさ。」

「棚ァ?」

「うん。出版されてる本ってさ、当たり前だけどどこも一緒なわけじゃない。けど、それをどう展開しているかはその本屋によって違う。個性なの、そのお店の。だからね、見てると飽きないし、面白いんだよ!」

「…ふぅん。仕事熱心だねェ。」

「仕事っていうより、趣味だからね。」



普段仕事でお邪魔することはあっても、こうして休みの日に他の書店に行ったことがない。いつか、ゆっくり見たいなと思ってはいたのだが、自分の店の仕事の忙しさで時間を作れずにいた。せっかく総悟と町へ来て、案内してくれるといってくれているのだ。できれば、総悟のオススメの場所に連れて行って欲しいが、せっかくの機会。一店舗だけ、寄らせもらおうと思った。





「ここって、最近できたとこだろ。」



でけぇなといって総悟は辿り着いたその建物を見上げた。町の賑わいが一番多く若者が集う場所に最近できた書店、江戸堂。大型チェーン店らしく、その反響ぶりはすごいと聞く。



「やっぱり知らない人はいないんだね。」

「町の中心部にでっかい書店ができたつって、話題になったじゃねーか。」

「そうなんだよねぇ。でも、大きい書店が必ずしもいいとは限らないじゃない。話題性があるのは最初だけっていうし。」

「意外に毒舌吐くじゃねーかィ。」

「あはは!でもね、悔しいけど最近多いんだ。お客さんがここの書店のある棚がすごくいいって。」

「客が言ってんのか。」

「うん、だから気になってて。ごめんね、パッと見てすぐ終わるから。」



私がそういうと、総悟は別に時間はあるし焦らなくていいでさァ、俺もコミック見ていくといって、ビルの中へと入っていった。そっか。総悟はマンガを読むんだ。…あれ、そういえばなんだか思ったよりも振り回されず、いたって普通に総悟とお出かけできているような気がする。それに今まで知らなかった総悟の一面をさっきから少しずつ知れているような気もする。



「(あの甘味屋さんでの笑顔から、少し、空気も変わったような気がする。)」



具体的にどうこうという説明はできないが、何となくそんな気がするのだ。もしかしたら、距離が縮まった感覚なのかもしれない。そう思ったら、ふと頭の中で今まで忘れていた とある言葉を思い出してしまった。…これは、デート、なんだろうか。





店内に入り棚の配置を地図で確認すると、どうやらここは地下1階、地上三階建てのビル書店で、コミックは地下。文庫は二階にあるようだった。総悟はコミックを適当に見たらそっちに行くといって地下に行ったため、私は二階へとあがり文庫のフロアへと向かった。そしてゆっくりと店内を回りながら、とある棚の前に衝撃を受け、つい立ち止まってしまった。


「…(選書に偏りがない。)」



最初に受けた印象はそれだった。定番書からマニアックな本まで、きちんと揃っている。かと思いきや、なんでこれが?と思った本もあり、手にしてパラッと内容を確認すると、なるほどなと頷けてしまった。



「(この世界にきていろいろ勉強してきたつもりだったけど、まだやっぱり知らないことの方が多い。…せっかくだし、勉強して帰ろう。)」



前の世界ではジャンルや著書、定番やベストセラー商品まで、あらゆる知識を自然に身につけた。それは幼少期から読書が楽しみでいた自分にとったら当然のことで、書店員はまさしく天職だった。この世界でも、書店員として居続けれていられていることは喜ばしいことだが、なにせ”違う世界”なのだ。知っている作家も出版社も定番書も知らない。そもそもこの世界の本、出版社業界が普及したのはここ数年の話で、それまでは書物という方がしっくりくるようなものが主流だったという。本当にここは、生活感も含め、前の世界でいう、江戸時代に似たような世界みたいだ。



「(だから新刊書店よりも古書店の方が多いし、三日月堂みたいに、元は古書で新刊も扱うようになった新刊古書店が多いんだろうなあ。ここも同じようだけど、どちらも扱いが多い。最近のものまでしっかり入っている。…いいな、配本多くて。)」



棚の前でつい腕を組んで眉をしかめてしまう。この出版社、いい本出すんだけど、私のところみたいな小さな書店にはなかなか仕入れが厳しいところだ。どうしても欲しいと懇願して電話注文しても、申し訳ありませんと言われてしまう。改めて大型書店と小型書店の仕入れの差に気付き落胆していると、後ろからすいませんと誰かに声を掛けられた。



「はい?」

「…その、こちらの勘違いなら申し訳ありません。」



そういって声を掛けてきたのは長身の細身の男性で、青いエプロンに胸には"藤堂”の名前プレートがついている。その格好に、すぐさまここのお店の店員さんだと気付いた。…まさか、棚の前で挙動不審の女がいるから不審に思って声を!?万引き犯だと勘違いされた!?突然の店員側からの声掛けによからぬことが頭を過ぎり、やましいことなんて何一つないのに、自然と足が一歩引いた。



「…三日月堂の店主さん、ですか?」



しかし、店員さんからでた言葉は予想外のものだった。


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