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こんな夜には君を想う

第56話

土方さんのいうように食堂には椿さん含め、女中さんたち何人かがいて、何やら忙しそうに手を動かしていた。何をしているのかと気になりそっと覗くと、その手元には大量のおにぎりが並べられていた。



「あら?名前さんもお腹すいたんですか?」



そういって部屋の入り口に立つ私に気付いた椿さんが、クスッと笑う。私は慌てて違いますと苦笑しながら、椿さんの元へ近寄った。



「こんな時間におにぎりですか?」

「ええ。みなさん討ち入りで疲れてるでしょ?だから、お風呂に入ったらすぐ寝るんですけど、朝方お腹空いたって、起きてくるんです。 だけど、私たち女中も討ち入りの日はこうして夜働く分、翌日が休みで食事の用意ができませんから、代わりに、こうしておにぎりを用意しておくんです。」



そう説明しながら椿さんは手際よくおにぎりを作っていく。その手の早さに思わず、すごいと声を漏らせば、椿さんはいつものことですからといって笑った。



「名前さんも朝ごはんに是非食べてくださいね。」

「あ、よかったらわたしも…」



手伝いますと言う前に、先に椿さんにダメですよと制された。そして副長さんのお約束は守らないといけませんよと言われ、私は二度目の苦笑を漏らした。そうだ、部屋に戻る前に声をかけろと言われていたんだっけ。



「そのお気持ちで十分です。さ、ゆっくりお休みになられてください。」



椿さんがそう柔らく微笑むものだから、これ以上なにも言えず、私は要件であるお礼だけを伝えて食堂を後にした。





「…土方さん、いらっしゃいますか?」

「おう、入れ。」



言われた通り、土方さんの部屋の前まで来た。来るまでの間、ふと呼ばれたのは副長の指示を無視して部屋を出たことを咎められるからじゃないだろうかと不安になり、少しだけ胃が痛んだ。そういえば、どう説教してやろうかって言っていた。あぁ、どうしよう。怖すぎる…!



「し、失礼します…。」



しかし避けることはできない…!私は意を決して、そっと襖に手をかけた。



「……お仕事ですか?」

「まぁな。」



部屋に入ると、机に向かう土方さんが目に入り驚いた。討ち入り後は疲れているはずなのに、まだ仕事をしている。



「…どうした?そこじゃまともに話できねーだろ。中に入ってこい。」



襖の近くに立っていた私は、土方さんに言われたとおり、静かに襖を閉め、土方さんの傍に座った。



「…今日は、悪かったな。」

「え?」

「…あの時、仕事を中断させて帰らせておけば、お前にあんなもん見せずに済んだ。」



あんなもの、というのは、血だらけになった隊士さんたちのことだろうか。そうだとしたら、決して"あんなもの"じゃない。私はつい、そんなことは!と大きな声を出してしまい、慌てて口を押さた。



「その…、立派な、お仕事ですから。そんな風に…言わないで下さい。」

「…見せたくなかったんだよ。総悟もそうだ。…けど結果、あいつはお前の言葉で救われたんだと思う。」



救われた?なんだか大袈裟な言葉にわたしは首を傾げると、土方さんはふっと笑って、わたしの頭を雑に撫でた。



「え?あ、あの、」

「…なぁ、見せたくないからって、俺もお前を遠ざけてたらどうした?」

「遠ざける?」

「もしもの話だ。」



どうしただろう?想像してみる。総悟も怖いなら近づくなといってあのまま私を拒否っていたらどうだっただろう?同じように土方さんが、私を拒否っていたらどうだっただろう。



「それはきっと、優しさ、かもしれません。でもそうなら、そんな優しさはいらないって言います。」

「…。」

「土方さんがどういう人か、総悟がどういう人か。自分にとっていかに大切か。知っているから。その心配の優しさは無用だって、言います。だから、見たい見たくないでいえば、私は見たいです。傍で、大切な人たちが頑張っているのを、応援したいです。」

「…。」

「それに…。自分が護られるなら、わたしだって護りたいです。」

「護りたい?」

「はい、刀は、握れませんが。口喧嘩なら負けません!もし真選組のことを悪くいう人がいたら、わたしは言ってやります。凄い人たちなんだって、素敵なんだって、立派なんだって。」

「…口喧嘩って、おまえ。」

「わ、笑わないでください!とにかく、わたしは、どんなことがあっても、みなさんの味方でいることを主張します!けど、それでも土方さんがわたしを遠ざけるというなら、」

「言うなら?」

「馬鹿野郎土方!もしくは、弱虫土方!って叫んでやります!」

「アァ?!」

「も、もしもの話です!!!!!」



土方さんの凄味に思わずビビってしまう。もしもですよ?!もしもの話です!!と涙目で弁解すれば、土方さんはまた可笑しそうに笑って、こっちこそ冗談だといって、机の上にある煙草に手をかけた。



「…弱虫、ねぇ。あながち間違いじゃねぇな。」

「え、鬼の副長さんなのにですか?」

「お前やっぱ喧嘩売ってんだろ?買ってやろうか??」

「嘘です嘘です冗談です!!口が滑りましたァァ!!」

「ふっ…まぁいい。…ありがとな。」

「え?」



何に対してのお礼なのか分からなかったが、そう言った土方さんの表情がすごく穏やかなもので、つい私もつられて笑ってしまった。



「…話はそれくらいだ。詫びと礼はきちんとしとこうと思ってな。もういいぞ、部屋に戻って寝ろ。」

「え?あの、説教は…?」

「なんだ?そんなに説教して欲しいのか?」

「まままさか!お咎めなしなら何よりです!!!」

「おー、安心したんなら部屋に戻れ。」



そういって土方さんは煙草の煙を吐き、机に向き直った。



「まだ、お仕事ですか?」

「あぁ、これだけな。俺もさすがに疲れてるし。」

「これだけって、」



机の上にある書類の山を見ながら、どのくらい?と思いつつも、ペンを握りなおした土方さんの邪魔をするわけにもいかず、私はあまり無理はしないで下さいね、と一言声をかけてから部屋を出た。




驚いた。土方さんが、鬼と呼ばれている人が、血を見せたくないから、遠ざけるといったら?なんて、そんなもしもの話をしてくるなんて。…総悟もそうだ。そんなことを気にしていたなんて、思わなかった。



もちろんその言葉の真意は優しさだと言うことはわかるし、本人たちが何の感情もなく刀を持っているとは思っていない。人を斬るのだ。そういう仕事でそういう世界だとしても。人を殺めるのだ。何も、思わないわけがない。だから、きっと今の立場に至るまでに相当な覚悟があっただろうし、誇りだってあるだろう。そのために切り捨ててきたものも、



…切り捨てたもの?



…そうか、もしかしたらそこにあるのかもしれない。もしもの話が。小さな小さな、隠してある弱さが。



総悟はきっとお姉さんを。

「姉上もそう言ったんでさァ。俺が選んだ道なら、振り返らず前を向けって。」



なら、土方さんは誰を想っているんだろうか。

「…なぁ、見せたくないからって、お前を遠ざけてたらどうした?」



誰を私に重ねているんだろうか。



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