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ようこそ三日月堂へ!

あなたのために、わたしは笑う。

第55話

「だって、誰かのために何かのために…その刀を握ってるんでしょ。」



刀は怖かった。銀さんが持っている木刀ですら、正直最初は怖かった。普通に、それを当たり前に持っていることが。けど、この世界に来て初めてそれを目にした時、酷く怯えた私に、深月さんたちが宥めるように、そして教えるように言ってくれたのだ。



殺意というものをもって、人を殺める奴もいる。だけど、そうじゃない人もいる。人を護るため、何かを護るため、その手に刀を握ぎる人もいる。けど、そうさね。傷つけたり殺めたりするのは変わりないね。誰かの命を奪うんだ。けど、そこに怯えちゃいけないよ?ちゃんと見てあげるんだ、その人のことを。そしたら、見えてくるはずだよ、その人のことが。さて、その時、名前ちゃんはどう思うかな。



「だから、怖くないよ。」



そう言って私はそっと総悟の手をとり、両手で包んだ。



「それに、これは総悟が選んだ道でしょ。」

「…!…名前、生意気でさァ。」

「どっちが!」



やっと普通に笑った総悟に安堵した私は、手にしていたタオルをもう一度、総悟の顔にあてた。今度は震えてない、大丈夫。そのまま、丁寧に血を拭き取った。

実はもう一つ、怖くないと思える理由がある。それは、ここが私の知る、私が生きていた世界とは違うからだ。当たり前が違う世界だから。ここはこういう世界なんだと思えば、当たり前を受け入れてしまえば、どうってことはない気がした。それは、私がこの世界と向き合えている、ということだろうか。



「姉上も、」

「ん?」

「姉上もそう言ったんでさァ。俺が選んだ道なら、振り返らず前を向けって。」

「…そっか。」



驚いた。総悟の口から姉上という言葉が出てくるなんて。それに、総悟がこんなに繊細だとは思わなかった。



「(なにかお姉さんと私を被せたのかな…。それで疑心暗鬼に?)」



だとするなら、総悟にとってお姉さんは相当な存在なんだろう。だけど、土方さんから聞く限り、もうお姉さんは亡くなっている。色んなことで悩んだり、時に怖くなって立ち止まっても、総悟が手を伸ばし求めるその人は、もういないのだ。



「…なにすんでさァ。」

「たまには年上ぶろうと思いまして。」

「…ますます生意気でさァ。」

「うん、今日だけは許してよ。」



私はそっと総悟の綺麗な髪に触れ、そのまま髪を撫でた。総悟は口ではああ言っているが、口元は緩んでいる。そっか、そうだよね。まだきっと子供だ。私がなれるなら、総悟が私をその立ち位置に望むなら、私は…、



「…総悟、よく頑張りました。」

「うるせェ。」



そう言って総悟は私の方に倒れかかってきたので、私はそのまま総悟の頭をゆっくり下げて、膝に置いた。疲れたといって目を瞑る総悟に、私は笑ってまたゆっくりと髪を撫でた。



「……俺の指示を無視したことについて、どう説教してやろうかと思ったんだがな。」

「土方さん!!」



総悟から規則正しい寝息が聞こえた頃、土方さんがタバコを吸いながら呆れた顔でこちらへ近づいてきた。隊服には総悟ほどじゃないが血がついている。あれ、そう言えばと思い周りを見渡すと、いつのまにか周りの隊士さんたちも手当てを終え、屯所内へ入っていた。



「…寝てんのか?」

「ええ、ぐっすりと。見てください、口なんか半開きですよ、あははっ、寝顔は天使ですね。」

「あのふざけたアイマスクもなしに、あの総悟が人の前で寝るとはな…。ったく、起きろ、総悟。寝るなら部屋で寝ろ。その前に風呂に入れ。」



土方さんは面倒くさそうにタバコの火を消し、ひとつため息をついてから、総悟の肩を揺らして声を掛けるが、どうも総悟が起きる気配はない。



「…部屋に運びますか?」

「ッチ、俺が運ぶ。」

「なんだなんだ!総悟がアイマスクなしに人前で寝るなんて珍しいなー!」



土方さんが総悟の腕を掴んだところで、次は近藤さんが笑いながらこちらにやってきた。その姿にパッと見、総悟や土方さんのように隊服は汚れていなく、怪我もなさそうで、私はホッと安堵した。




「名前ちゃん、ごめんなァ。怖いところ見せて。大丈夫かい?」

「あ、それは全然平気です!血は、少し怖かったですけど…。それよりも土方さんや近藤さん、総悟が無事に帰ってきてくれたことが、すごく嬉しいです。」

「…そっか。名前ちゃんはー…いい女だな!」

「あはは!なんですかそれ!」



突然、いい女だなと言われてつい笑いが出てしまった。隣にいる土方さんも何言ってんだ近藤さん、なんて言って笑っている。よかった、本当に良かった。こうして普通にみんなで笑えて…。



「さ!中へ入ろか!総悟は俺が運ぶから、トシは名前ちゃんを部屋に案内してあげろ。名前ちゃん、今日はもう遅いから、また泊まっていきなさい。」

「…はい、お言葉に甘えます。」



近藤さんは私の返事に満足げに頷き、そして総悟を思いっきり持ち上げ、肩に乗せて屯所内へと颯爽と入って言った。…す、すごい。



「…近藤さんって筋肉凄そうですね。」

「お前も何言ってんだ。」






「あ、あの部屋に戻る前に、椿さんにお会いできませんか?」



部屋に戻る途中、私はある事を思い出し、前を歩く土方さんに慌てて声をかけた。



「椿さんに?何の用だ?」

「無理を言って隊士さんたちの手当てをさせて下さいって言ったんですが、結局総悟にしかできなくて…。そのことを謝りたいんですが…。」

「んなことあの人は気にしてねーと思うが…。仕方ねェ。まだ食堂いると思うから連れて、」

「あ、場所ならもうわかります!それよりも土方さんも早くお風呂に入ってゆっくりして下さい。」

「…じゃあ悪いがそうさせてもらう。血がついてる服を、あんまり長くお前に見せるわけにはいかねぇしな。」



土方さんのその言葉に、そんなことは、と言いかけたところで、土方さんは遮るように、泊まる部屋は覚えているか?と聞いてきた。



「…土方さんのお部屋の隣ですよね?たぶん、分かると思います。」

「そうか、なら部屋に入る前に必ず俺の部屋に来て声をかけろよ。」



そう言って軽く手を振り去っていく土方さんの背を見ながら、私は軽く頭を下げ、食堂へと向かった。



「きちんと、そんなことは気にしなくていいですよと言いたかったのにな…。」



食堂へと向かう廊下で、さっき言えなかった事を後悔しながら、もう一つの自分の失態を思い出した。大福のお礼を言うのを忘れていた…!



「…しまった。」



次こそは、部屋に戻る前に土方さんに声をかける時に必ず言おう!忘れずに!忘れるな私!と頭の中で何度も大福、大福と繰り返しながら歩いていると、ポケットのケータイが震えた。こんな夜中に誰?とケータイを取り出し画面を見ると新八くんからだった。



「え、なに?も、もしもし?どうしたの新八くん?!」



夜中に掛けてくるなんてきっと緊急に違いない。そう思って少し慌てて喋ると、聞こえて来たのは拍子抜けするほど間抜けな声だった。



「…酔ってんですか、銀さん。」

「おー、名前ちゃんまだこんな時間まで起きてたのー?」

「こっちの台詞です。どうしたんですか?新八くんのケータイ借りてまで電話してくるなんて。」

「べっつにぃー?新八が今日こっちに泊まっててよぉー、無防備にもケータイを机の上に置いてるもんだから、」

「勝手に使ったら怒られますよ。」



ったく、喋り方してよく酔っている。何してるんだこの人はと思いつつも、少し緊張している自分に気がついて、つい苦笑する。この前の別れ際の言葉が、実はあの日から頭から離れないのだ。



「で、名前ちゃんはなーにしてんの?」

「え、」



"心配だからだろうが。"



そう言った銀さんの言葉を思い出していた手前、この状況は説明しづらい。真選組にいますなんて言ったら、酔っていようが夜中だろうが、叫ぶに決まっている。…なんて、自惚れすぎだろうか?



「………寝るところでした。」

「何その間。」

「…眠たくて。銀さんも寝ないんですか?それともまだお酒ですか?」

「…いんや、寝る。」



そう言って銀さんはこっちまで眠くなるような声でおやすみといって、そのまま電話は切れてしまった。なに、一方的過ぎない?私はまた苦笑しながら、ケータイポケットにしまった。



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