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ようこそ三日月堂へ!

見えないところの優しさ

第53話

土方さんが部屋を出て行ったあと、なにがあったのか気になりながらも、なるべく考え込まないように、集中して残りの片付けをひとりで続けた。そうこうしているうちに、どれくらいの時間が経ったのか、ようやく片付けの終わりが見えてきた。



「これならあと2時間くらいかな…。」

「名前さん」

「は、はい!」



時間を確認しようとケータイを取り出しところで、突然襖の向こうから声が掛かった。驚きのあまりケータイを手から落としてしまいそうになったが、間一髪のところでうまくキャッチできた。



「(あ、危なかった…!)」

「失礼します。…あら、ずいぶんと片付きましたね。」



そういって部屋に入ってきた人は、以前屯所の食堂で朝ごはんを頂いた時に優しい配膳をしてくれた女性の方だった。



「一旦休憩されては?お夕食もご用意しておりますよ。」

「あ、ありがとうございます!」



私は今度こそ手元のケータイで時間を見て驚いた。もうすっかり夜になっていて、お腹が空いてても可笑しくない時間。私は少し考えてから女性に向き直り、お言葉に甘えてもいいですか?と訊ねると、女性は笑顔でもちろん!と応えてくれた。



「それでは参りましょうか。」



そう言われ、私はさっとケータイをズボンのポケットにしまい、女性の案内で食堂へと向かった。





「そうだ、まだ私名乗っておりませんでしたね。ここ真選組屯所内で彼達の身のまわりの世話をしております、椿と申します。」



そういって頭を軽く下げて挨拶をしてくれた椿さんに、慌てて私も改めてといって挨拶を返した。椿さんは、夕食を用意しながら、私が退屈しないようになのか、色々と話しかけてくれた。



「名前さんは好き嫌いはありますか?」

「あ、いえ!特には…。食わず嫌い、ではありますけど…。」

「まぁ!それはもったいない。美味しいかどうかは、食べてみないと分かりませんよ?」

「そうなんですけど…」



私が返答に困っていると、椿さんは可笑しそうに笑い、なんだか娘を叱ってるみたいだと言った。



「娘さん、いらっしゃるんですか?」

「いいえ、この歳で独り身なんです。」

「す、すいません!!」

「謝ることはありませんよ。娘がいたらこんな感じかなと思っただけですから。」



椿さんは続けて、こんな可愛い子ならなおさら嬉しいねといって、にこりと笑った。私はその言葉に照れてしまい、つい顔を下げてしまった。



「あ、えっと、」

「あら、照れてらっしゃる?」

「は、はい…。」

「自信を持ってみては?名前さんは、とても可愛らしいですよ。外見だけじゃなく、もちろん中身もとっても。」



どうしてこんなに褒められているのか分からず、また褒め慣れていない私はしどろもどろになりながら、なんとかありがとうございますとお礼を言った。



「だから、副長さんに気に入ってもらえてるんだと思いますよ。」

「へ?き、気に入って、とは?」



どこかで同じことを言われたような気がする。そう考え、いつだったか山崎さんに言われたことを思い出した。私はあの時と同じように否定しようとしたが、椿さんは嬉しそうに話しを続けた。



「あの副長さんがね、今朝、おかしなことを言ったんです。美味しい甘味を知らないかって。」

「甘味、ですか?」

「そう。珍しく甘いものが食べたいのかしらと思って、私がどこかで買ってきましょうかって言ったんですが、俺が買いに行くっていうんですよ。」



それのどこが可笑しいんだろうと、私が首を傾げると、椿さんはあの人は甘いものなんて滅多に食べないし、誰かに使いを頼むことはあっても自分で行くことは滅多にないんだと教えてくれた。



「それで、一体なんの甘味をお探しですかって聞いたんです。ほら、和菓子なのか洋菓子なのかってあるじゃないですか。そしたら、若い女が好きそうなものだって言ったんですよ、あの副長さんが!」

「若い女??」



そういって椿さんは少し興奮気味に言った。どうやら椿さんの中での土方さんのイメージと、それは違ったらしい。



「それで若い子が好んで食べるものって、洋菓子かと思ったんですけど、逆にあまり馴染みのない和菓子はどうかと思いましてね、近くの美味しい饅頭屋さんを紹介したんです。」

「饅頭屋さん!」



屯所の近くにそんなところがあるだなんて知らなかった。気になった私は、今度行ってみようかと考えていると、椿さんは唐突に私の名を呼んだ。



「はい!」

「名前さんが今日食べた大福が、それですよ?」



椿さんはふふっと笑って、さぁ夕食が出来ましたよといって、私にお盆を手渡してきた。



「あ、ありがとうございます!」

「ああいう副長さんですけど、よろしくお願いしますね。」

「え゛っ?!」



一体何の頼みごとなんだと、返事に困り戸惑っている私をよそに、椿さんは自分の夕食も同時に用意していたらしく、私と一緒のテーブルにつき、さぁ食べましょうかといって、椿さんはお箸に手をつけた。



「い、いただきます…。」



私もとりあえず真似るようにお箸を手にとぅてみたが、頭の中は土方さんの事を考えていた。あの大福は、土方さん自らが買ってきてくれたもの。それも何が好きかなんて気遣いもあったという。そんな事、あの時一言も土方さんは言わなかった。



「(お礼、もっとしっかりしとけばよかった…!)」



嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちの半々になりつつ、土方さんが帰ってきたらもう一度お礼を言おうと私は心の中で決めた。



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