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ようこそ三日月堂へ!

味の好みは人それぞれ

第46話

なんとかひとりで着付けができたあと、布団を畳み、その畳んだ布団を背もたれにしてケータイで今日のニュースを読んでいると、8時ぴったりに襖の向こうから土方さんの声が掛かった。私は着物を整え、直らない寝癖を片手で押さえながら部屋を出て土方さんに挨拶をすると、土方さんは可笑しそうに笑いながら、そのまま洗面所へと案内してくれた。





「よし!(寝癖直った!)」



すでに用意されていたタオルや洗顔、歯磨きセットなどをありがたく使わせてもらい、なるべく手早く身支度を済ませたあと、土方さんに連れられ食堂へと向かった。着いた食堂には隊士さんたちはおらず、割烹着を着た女性たちだけが、せっせと片付けに追われていた。



「昨晩伝えた客人なんだが、飯の用意頼めるか?」



そういって土方さんが台所にいる女性一人に声を掛けると、その人は和かに笑いながら、かしこまりましたといって、お盆を2つ用意した。



「…土方さんもまだ食べてないんですか?」

「一人で食っても味気ねーだろ。」

「え、副長ともなると、ご飯はいつも一人なんですか?」

「なんでそうなる。お前だよ、お前。」

「あ、わたし!」



まだ寝ぼけてんのかよといって土方さんはまた笑った。なんだか朝からよく笑う土方さんに気が付いて、もしかして朝は比較的機嫌がいいのだろうか?と考えていると、背後から今日はえらくご機嫌じゃねーですかィという声がし、振り向こうとしたら、思いっきり後ろから顔をバシッと叩かれた。



「っ〜!!」

「だ、大丈夫か名前?!」

「おばちゃん、俺大盛りで。」



な、なにするのバカ!と痛む顔を押さえながら叫ぶと、総悟はおめぇも大盛りなーといって、勝手に私の分も大盛りで注文を通してしまった。



「あ?お前もまだ食べてなかったのかよ。つーか、名前に謝れ。」

「土方さんと二人で食事なんて、名前が可哀想だと思ったんでねェ。死ね土方。」

「どういう意味だゴラァ。お前が死ね。」

「あ、あの、わたし大盛りじゃなくて普通で…!」



二人の喧嘩をよそに、私はご飯を盛ってくれてる女性に慌てて話しかけると、女性は分かってますよと笑って普通の量を盛ってくれた。



「はい、どうぞ。お口に合うといいんですけど。」

「わ!と、とっても美味しそうです!ありがとうございます!!」



そういって私は女性からお盆を受け取ると、その美味しそうな匂いにお腹が小さく鳴った。こんな朝食が食べれるなんて、本当にここはホテル…いや、旅館?なんて思いながら、同じくお盆を受け取った土方さんに案内され、近くのテーブルへと席に着いた。



「いただきますっ!!」

「おー、しっかり食え。」



私はいますぐにでもがっつきたい気持ちを抑えながら、ゆっくりまずは汁物から手をつけた。…な、なんて美味しいお味噌汁なんだろう!と感動しながら、次に白ご飯に手をつけたところで、目の前の違和感に気が付いた。



「…総悟。」

「ん、なんでィ。目玉焼きはソースか?醤油か?」

「あ、醤油で。…いや、そうじゃなくてね、」

「なんだ、名前。醤油よりもこっちの方が美味いぞ。」



そういって土方さんにドンっと渡されたのは、私が総悟に“あれ”は何かと聞こうとしていた、それだった。



「…マヨ…ネーズ…をかけるようなものは…ないので大丈夫です…よ?」

「ないことねぇだろ。どれにも合うぞ。ほら、米となんかまさに極上。マヨネーズがありゃ、何杯でもおかわり可能だ。」

「……。」



…わ、分からないっ!!マヨネーズ?!マヨネーズが何でも合う?!それは好きな人はそうかもしれないし、目玉焼きにマヨネーズも、なくもないかもしれないけど、え、でも白米にマヨネーズ?!と、私が頭の中でパニックを起こして言葉を失っていると、隣にいた総悟が、ほらな。といって、マヨネーズを土方さんの方へと押しやった。



「土方さんと飯食える奴なんか野良犬ぐらいでさァ。」

「あぁ゛?!そりゃどういう意味だっ!」

「そのまんまの意味ですぜ。」



私は軽く土方さんの味覚にショックを受けながらも、なんとか、好みは人それぞれですもんね!でも私は遠慮しときますね!となるべく引いてるのを悟られないように明るく断った。土方さんは少し不服そうな表情をしていたが、私は完全に見てみないふりをした。





「ごちそうさまでした!」

「んじゃ、俺はそろそろ仕事に就くわ。お前は山崎に送ってもら、」

「その必要はねぇでさァ。俺が見廻りついでに送っていきやす。」

「…いや、だからお前あのルート管轄外だろうが。」

「今日は特別で。」

「何が特別だァァァ!!サボる気満々じゃねーかァァァ!!」



いや、あの朝ですし、明るいですし、一人で帰れます!と二人の間に割って入ろうとした時、食堂の入り口からおーい!と大きな呼び声が聞こえ振り向くと、そこには近藤さんと、もう一人男性の方が立っていた。



「てめぇら悠長に朝飯なんか食いやがってェ〜、とっとと働けェ〜い。」

「とっつぁん!」

「(と、とっつぁん?!)」



土方さんはバッと椅子から立ち上がり、近藤さんの元へと駆け寄っていった。隣でお茶をすすっている総悟に、あの人は?と尋ねると、まさかの言葉が返ってきて、私は思わず湯呑みを落としそうになった。



「(け、警察庁長官んんんん!?!?)」



監察が分からなかった私でもさすがに長官は分かる。つまり、警察のトップ、とてつもなく位の高いお偉いさんだ。



「ど、どうしよう…っ!わたしなんかが屯所に出入りしてこんな朝ごはんまで食べてるなんて…!ば、バレたら大変なんじゃ?!」

「もうバレてやす。ちなみにとっつぁんは銃の乱射が得意でさァ。」

「(射殺ゥゥゥ!?!?!)」



あ、ダメだ、手が震えてお茶が飲めないし、飲んでる場合じゃない…!私は湯呑みを割らないように置いて、どうしよう自分から挨拶しに行くべきだろうかと、冷や汗をかきながら考えていると、近藤さんから名前ちゃん?と呼ばれた。



「は、はいっ!!!!」

「お〜、元気な娘じゃねェか。栗子と同じくらいかァ?」

「いや、名前ちゃんはもう成人してて、」



そういって近藤さんが私のことを話している間、椅子から立ち上がった私を、全身に穴が開くんじゃないかってくらい、警察庁長官様は見てきた。どうしよう、サングラスでよく分からないけど、こ、怖い!!



「は、初めまして!三日月堂という新刊古書店を営んでおります、名前といいます!ひ、日頃真選組のみなさんにはたいへんよくしてもらっておりまして!その、昨日も、色々とありまして、わたくしの身の安全のためにと、近藤様や土方様のご好意により、屯所に一泊させてもらっておりましたっ!!」

「三日月堂…ってェ〜のは、あれか。近藤が言ってたやつかァ〜?」

「そうそう、深月さんたちの!」

「なら話は早いじゃねェ〜の。よろしく頼むよ〜、名前チャン。」

「え、」



話は早い?よろしく頼む?なんのことか分からないまま、握手を求められた私は、おそるおそる自分の手を差し出すと、思いっきり握り締められ、若い子の手だねェなんてことを言われた。あ、あれ、触り方がなんだかその、



「栗子もなァ、昔はパパ〜なんつってよく手を握ってくれてたって〜のに、最近じゃまともに会話もしてくれねェんだよォォォ!!」

「?!」



そういって警察庁長官様が暴れだすと、近藤さんと土方さんが、とっつぁん落ち着け!といって、握られたままの私の手を離してくれた。



「と、トシ!俺まだとっつぁんと話があるから!部屋に戻る!」

「お、おう!」

「あの件はこの通りオッケーでたから、名前ちゃんによろしく!」



そういって近藤さんは警察庁長官様を連れて、慌ただしく食堂を出て行った。



「あー…悪かったな。」

「い、いえ…お咎めなしでよかったです…。」

「怯えすぎでさァ。」



私は気が抜けたように椅子に座り、カラカラになった喉を潤すため、震えが止まった手で湯呑みを持ち、お茶を一口飲んだ。こんなに緊張したのは、いつぶりだろう。



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