ようこそ三日月堂へ! |
女子力の高い年下くん。 第40話 荷物は少ないといえ、今日は世間一般の給料日らしく、日中はお店が忙しくなった。注文もたくさん入ったし、買取も数件日程が決まった。明日も忙しくなるなと意気込んで閉店作業をしていると、ポケットに入れていたケータイが震えた。ディスプレイ表示された着信の文字は総悟からだった。 「はい?」 「仕事終わったかー?」 「うん、総悟は?」 「俺ァとっくに。もうすぐしたら店に着くから用意しとけ。」 「え?約束の時間までは」 まだあると言い終わらないうちに通話が切れてしまった。まだ時間は5時過ぎ。やっぱりどう考えても時間がある。間違えてるのかな?と首を傾げると、急にお店の扉が勢いよく開いた。 「行くぜ。」 「もうすぐどころじゃなくて、それすぐじゃんっ!!」 入ってきたのはたったいま通話を切った総悟本人だった。 「着物?」 「近藤さん行きつけの店は老舗の料亭なんでさァ。別に正装しなきゃならねーわけじゃねぇが、俺らはこの格好だし、その洋服だと浮くだろ。だから、わざわざ忠告しに来たんでさァ。」 「そ、それは助かる…!」 総悟が早めに来た理由は、私に着物を着せるためだという。てっきり私は普通の焼肉屋さん、といっても私がいた前の世界の焼肉屋さんのイメージだが、そういう服装に気遣いのいらないお店だとばかり思っていた。確かによく考えれば、局長クラスの行きつけだ、敷居が高いところに決まっている。そんな場所に行くならやはり洋服よりも和服だろう。 「(考えればわかることなのに…しまったなぁ。)」 「で、あんのかい?着物。」 「うん、でも…、」 着方が曖昧だと小さく言葉を漏らせば、総悟はだろうなといって、とりあえず着物一式持って来なせぇと指示を出してきた。てっきり着付けができないことを思いっきり馬鹿にされると思っていたのにと驚きつつも、言われた通り私は自室に向かい、深月のおばさんにもらった着物を一式引っ張り出してきた。 「…これなんだけど。」 「どの辺までひとりで着れるんでィ。」 どの辺だろう?と、私は頭の中でシミレーションをしてみる。おそらく腰紐までは結べる。ただ、そこからおはしょりが綺麗にできる気がしない。教わった時も深月のおばさんに手伝ってもらってやっとだったことを思い出した。 「んじゃそこまでやったら声掛けろィ。」 「…声掛けてどうするの?」 「あとは教えてやる、千円で。」 「お金取るの?!……で、でもお願いしますっ…!!」 本当ならお金取るなんて最低!くらいは言ってやりたいが、残念ながらいま頼れるのは総悟しかいない。私が悔しながらお願いすると、総悟はにんまり笑いながら、早くしろと急かしてきた。 「そうそう、そこ引っ張れ。」 「…こんな感じ?」 「シワができねーよーに。…そう、んで、あとはここな。」 「あー、なるほど!よし!できた!」 「まぁ、いいんじゃねーのか。」 総悟に指示をもらいながらなんとかひとりで着付けができた私は、全身鏡を見ながら満足げに自分の姿を見やる。なかなか上出来だ。けど、やっぱり着物は面倒だなぁと思っていると、それが顔に出ていたのか、総悟は慣れりゃあもっと早くできると教えてくれた。 「髪は?」 「髪?あぁ、そっか。…やっぱりあげないといけないよね?」 髪を弄るのが苦手な私は、いつも簡単にひとつに結ぶくらいだ。おそらく髪の長さ的には、色々な髪型が出来るのだろうが、不器用な自分では難しい。 「んー…簡単に編み込んで横に団子作るか。ピンとかヘアゴムはあんのか?」 「あるけど、…え゛っ?!総悟できるの?!」 「…まぁな。つーことで、二千円な。」 「くっ…!お、お願いしますっ!!」 くそう、焼肉行く前にこんなに出費するなんて!でもこれも仕方がない。私は急いで洗面台からヘアゴムやピン、それから櫛などを一式用意して、総悟に渡した。あれ?ていうか、 「…今さらだけど、総悟も焼肉行くんだね。」 「じゃなきゃ、なんで俺がここにきておめぇの着付けや髪セッティングしてるんでィ。」 確かにそうだ。本当にいまさらすぎて、自分大丈夫かと言いたくなる。けど、これで安心した。総悟がいるなら少しばかり気も楽だ。 「おい、真っ直ぐ前向け。そしてその手鏡で自分の顔見ながら絶望しなせぇ。」 「なにそれ遠回しに顔の悪口言ってんの?」 やんのか?喧嘩やんのか?と思わず目を細めて鏡越しに総悟睨めば、総悟はとびっきりの笑顔で、なんでィもっとお金請求すんぞと脅してきたので、私はおとなしく目を逸らした。…卑怯だ。 「ほらよ、できやしたぜ。」 「わー…わー!」 口の悪さとは違って、総悟は優しい手つきで私の髪をどんどん結っていき、あっという間に髪型が出来上がった。それはとても綺麗で、私は普段見慣れない自分の髪型に感動しながら、手鏡を覗いた。 「ありがとう!総悟!」 「んじゃ、二千円な。」 「……冗談?本気?」 「本気でさァ。」 「……おまわりさんなのに?」 「おまわりさんの手を煩わせたんでィ、しっかり払え。」 ほんの少しだけ、お金を払えなんて冗談だろうなと期待した私が甘かった。ちゃっかり手を差し出してくる総悟に、私は渋々財布を取り出し、言われた通りの金額を支払った。悔しいが、でも本当に助かった。 「そろそろ迎えがくる時間じゃねーか。」 「あ、そうだね。」 気がつけば時計の針は約束の7時を指そうとしていた。 top | prev | next |