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ようこそ三日月堂へ!

はじめまして、さようなら。

第39話

朝、目覚ましが鳴る前にパッチリと目が覚めた。約束の時間までまだあるというのに、 すでに朝からそわそわする。なんなら仕事だってあるというのに。落ち着け、落ち着けと自分に暗示をかけながら、私はいつもより早く朝の支度に取り掛かった。





「あれ、荷物少ない。」



いつも前日に翌日の新刊注文データを確認して荷物の量を把握するのだが、昨日はすっかり忘れていた。どうやら今日は新刊は少なく、注文品がそこそこだ。本来これくらいなら、まだ家でゆっくりしてていいのだが、どうも暗示をかけきれず落ち着かない私は、せっかくだし掃除をしようとシャッターを少し開け、その間を屈んでくぐり抜け、店の外に出ようとした。



「…えっ゛?!った!!!」



すると、何かに思いっきりおでこをぶつけた。慌てて顔を上げると、なぜか目の前にはよく分からない物体が。私はその異様さに驚き、思わず立ち上がろうとして今度は思いっきり頭をシャッターにぶつけてしまった。その痛みから思わず頭を抱えてうずくまる。これは、これは痛いっ…!



「(カタン)」

「おお、さすがエリザベス!よくぞ見つけてくれた!もし、貴女が名前殿か?」

「へ?」

「(カタン)」

「だ、大丈夫で…え?…え??」



名前を呼ばれ涙目になりながら顔を上げると、そこには、髪の綺麗な男性と、プラカードを持ったよく分からない物体が揃って私の方に手を差し出してきた。そのプラカードには、大丈夫ですか?と書かれており、思わずそれに答えるように返事をすると、プラカードはカタンとと音を鳴らしながらくるりと回り、そして次は、さぁ、手を。と書かれていた。なにこれ、すごい。



「す、すいません…。」



不思議なプラカードに感心しながら、私は差し出された二つの手に自分の両手を重ねると、二人はぐっと私の手を引いて立ち上がらしてくれた。



「探すのに苦労した。この辺の土地は熟知しているつもりだったんだがな。こんなところに書店があるとは知らなかった。」

「あ、よく言われます。あの、」

「昨日はぶつかってしまいすまなかった。これはほんの詫びだ。受け取ってくれ。」



そういって差し出された小包を受け取ろうとした時、その腕から少し血が出ていることに気がついた。



「け、怪我?!怪我してませんか?!」

「ん?あぁ、ちょっとな。」



ちょっとなというがよく見ればあちこち怪我をしている。着物も汚れているし、綺麗な髪も乱れている。明らか、何かに巻き込まれた様子が見て取れた。その時、私はふと昨日のことを思い出した。



「(桂小太郎…真選組が追っている、人。)」

「それよりもこれだがな、別に高価なものではない。ここかぶき町で人気のすぅいーつとやらでな、並ばないと手に入らない品物だが、別にどうってことはない。だから全然遠慮なく受け取ってくれ、ほんとあの女子ウケにいいとかそんなんじゃないから、ほんとつまらないものだから。」

「(あ、アピールがすごいっ…!」)」



つまらないものだと言いながら、そのアピールは何なんだと思いながら、私はそれよりもこの状況をどうしようかと悩んでいた。おまわりさんが追っているということは、そういう人。関わらないほうがいいに決まっている。だけど…、



「あ、あの…そのようなすごいもの一人で食べるにはもったいなくて…よかったら上がって行きませんか?怪我の手当てもよかったら、させてください。」

「いや、そういうわけには、」

「お店はまだ開店前ですし、時間もありますから。さぁ、どうぞ。」



そういって私は半ば無理やり二人を家の中へと招き入れた。土方さんや総悟の顔が一瞬浮かんだが、私はそれを追い払うかのようにギュッと目を瞑り、それから深呼吸をひとつした。それが私なりの覚悟だった。





「痛みますか?」

「いや、これくらい平気だ。」

「この包帯が巻き終わったらお茶出しますね。えっと、…」

「エリザベスもお茶でいい。そうだな?」

「(カタン)“お願いします”」

「(ほんと、これどういう仕掛け?)」



あちこち傷だらけの桂さんの手当てを終え、私は台所に向かい、二人分のお茶を用意した。私のしていることは、はたして犯罪になるのだろうか?そんなことを考えていると、桂さんが大丈夫か?といって、台所に顔を出した。



「へ?あ、大丈夫ですよ!お茶、用意できました!」

「いや、そうではない。…俺を招き入れたことだ。」

「…それはどういう、」

「俺は、指名手配犯の攘夷志士、桂小太郎だぞ。」

「…。(自分で言っちゃったァァァ!)」



え?なんで名乗るの?なんで名乗っちゃうの?!しかもご丁寧に、指名手配犯とまで!あまりに、どストレートな自己紹介に私が困惑していると、桂さんは俺の情報網を甘く見るなといって、柱にもたれかかりながら腕を組んだ。



「名前殿は、少なからず真選組と関わりがある。それを俺が知らないわけはあるまい。」

「え、じゃあ分かっていながら、桂さんはここに来たんですか?」

「ぶつかったからな。」



え、ちょっとよく分からない。私が真選組と関わりがあるって分かっていたら、普通は来ないものじゃ?それが、ぶつかったからという理由だけで、律儀にお詫びの品を持ってやってくるなんて、桂さんは本当に指名手配犯なんだろうか?



「もちろん通報するならしてくれて構わん。もう用は済んだからな。ここから逃げるなんてことは、この俺には容易い。」

「…はぁ。」



何だかよく分からないが、とりあえずお茶を淹れ終えた私は、桂さんの隣を通って居間へと戻った。



「はい、どうぞ。桂さんもどうぞ、座って下さい。」

「…え?聞いてた?俺の話聞いてた?攘夷だよ?そこそこ名の通った攘夷だよ?」

「ええまぁ、桂さんが私に危害を与えるようなら、遠慮なく通報しますけど。」

「…それはない。俺は理由なしに危害は与えんからな。」

「なら、私も通報する理由がありません。店の前で怪我をした人を介抱しただけのことですから…。」

「(カタン)“これ食べる?”」

「あ、はい!ありがたくいただきます!最近よくテレビで取り上げられているお店ですよね?嬉しいです!」

「…ふっ、変わった女子だな。」



そうですか?といって私は笑いながら綺麗な小包を開けた。中にはとても美味しそうなケーキが数個並んでいて思わず口元が緩む。ケーキを食べるのはずいぶんと久しぶりだ。



「あ、そうだ。あの、あなたは…エリザベスさんってお呼びしてもいいんですか?」

「(カタン)“もちろん。”」



桂さんは私を変わった女子だというが、変わっているのはどう考えても桂さんの方だ。指名手配犯にしては、人が良すぎるし、危ない雰囲気もない。それにエリザベスさんというのも、正直よく分からない物体だが、おそらく天人なんだろうと思えば、強くもない。とにかくこの二人が、とても危ない人たちとは、私には思えなかった。



「あの、」

「なんだ?好きなものを選べばいいぞ。俺はこれをもらうがな。」

「(お詫びの品なのに先に選ぶんだ!)真選組の方達にはこのことは言いません。それはあの、自分自身のためにも…。」

「その方がいいだろうな。無論、俺も言わん。」

「はい、…ありがとうございます。」

「…礼を言うのはこっちだ。」



そういって微笑む桂さんはとても綺麗で、やっぱり悪人には思えなかった。



「…美味しいですね、とっても。」

「それはよかった。」

「(カタン)“よかったですね!桂さん!”」

「うむ、エリザベスのチョイスはなかなかだな!」



こうして桂さんとお話するのは、これが最初で最後になるのだろ。だって関わってはいけない人達だから。それなのに、どうしてかこれが最後とは思えない私は、目の前にいる二人を不思議に思いながら、また一口、ケーキを食べた。



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