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ようこそ三日月堂へ!

明日のご予定は?

第38話

「名前さん、他に寄るところはない?ついでに寄っていくけど。」

「あ、いえ、本当に帰ろうとしていたところだったので。」

「じゃあこのまま自宅に直行しますね。」



お願いしますといってから私は、あることに気がついた。あれ?いま私の名を呼んだ?



「あの、わたし…自己紹介まだでしたよね?」

「え?あぁ、いつも副長や隊長から話を聞いてたからつい。」

「あ、あの、では今更かもしれませんが、わたし名前といいます。よろしくお願いします。」



そういって私が深々と頭を下げると、運転席の人はミラー越しにこちらを見ながら会釈を返してくれた。



「俺は、山崎退っていいます。監察やってます。」

「監察…?」

「表立った仕事じゃなくて地味な仕事ってこと。」



地味?おまわりさんに地味な仕事なんてあっただろうか?あまり警察ものの小説を読まないせいか、聞きなれない監察という言葉に、私は家に帰ったら早速、監察とはどんな仕事なのか調べようと思っていると、山崎さんが驚くことを口にした。



「会うのも初めてじゃないんだよ。」

「え゛っ?!」

「一番初めは…名前さんが飲酒運転、ライト未点灯で捕まった時かな。」

「あぁ…っ!」



そういってくすくす笑う山崎さんとは反対に、私は思わず恥ずかしさのあまり俯いて、顔を覆った。あれは本当に失態だった。まさかそれが初対面だったとは恥ずかしすぎる…!



「それから二度目は…名前さんがナンパされて怪我した時。ごめんね、あの時もう少し俺らが早く駆けつけていたら、隊長の暴走も止めれたかもしれないんだけど…。」

「…いえ、きっと総悟の暴走は誰にも止められない気がします。」

「うん、それが悩みの種だよね。」


 
本当に無茶する人で、いつもあの人の尻拭いは俺なんだよー?といって山崎さんは盛大にため息をついた。どうやら山崎さんは総悟のせいで苦労しているひとりのようだ。



「三度目は、」

「そんなにお会いしてましたか!?」



思わず三度目という言葉に私が驚くと、山崎さんはいつも会う時は運転役だったから覚えてなくて当然だし、俺ってそういうキャラだからといって、明らかに声のトーンを下げた。なんだか、新八くんと同じような闇を感じるのは気のせいだろうか…?



「えーっと…あの、」

「そうそう三度目ね、これはつい最近。ほら、万事屋の旦那たちと町で遭遇した時。」

「あぁ!」

「そうだ、あの時もそうだけど、かなり名前さんって副長に気に入られてるよね。」



羨ましい限りだよーと山崎さんに言われ、その言葉につい首を傾げてしまった。気に入られてる?とは、どういう意味だろうか。



「あの、確かによくわたしのことを気に掛けてはくれてますが、それは深月さんたちとの付き合いがあるからで、別に気に入ってとかでは、」

「え?…あれ?」 

「え?わたし何か変なことを?」

「あ、いやいや…うん、まぁいいや。あんまり深くつっこむと怒られるし。」



そういって山崎さんは変なことを言ったのはこっちだよ、ごめんねといって謝った。私はなんで山崎さんが謝るのかが分からないまま、とりあえず曖昧に頷いておいた。





「じゃあ、俺はこれで。」

「送って下さってありがとうございました!」

「うん、またね。」



無事に家まで送り届けてくれた山崎さんに頭を下げ、パトカーが見えなくなるまで見送った後、私は家に入り居間へと向かった。



「疲れた…。」



買い物袋を机の上に置き、そのまま座ってなんとなくテレビをつける。テレビの画面を流し見しながら、買い物袋に手を掛け、今日買ったものを取り出して、適当に机に広げる。



「あー…これは買い直しかなぁ…。」



手に入れたばかりなのに、すでによれている用紙を目の前にしてため息が出る。ペン類は問題なさそうだが少し土がついているのもあり、私は近くにあるティッシュ箱を取り、ひとつひとつ丁寧に拭き取った。



「よし、少しずつ取り掛かりますかー。」



ダメになったものはまた時間を見つけて買いに行けばいい。その前にまずはどんなアルバムにするか、村山さんとひねり出した案をもとに、私はいつも本のポップを書くときに下書きで愛用している小さなスケッチブックをカバンから取り出し、デザインを描き出すことにした。





しばらく集中し過ぎて時間を忘れていたとき、ケータイの着信音が鳴り響いた。慌ててディスプレイを見ると、まさかの土方さんからだった。その名を見た瞬間、一気に緊張して電話に出るのを少し躊躇ったが、まさか居留守を使うわけにもいかず、すぐに意を決して通話ボタンを押した。



「は、はい!」

「名前?」

「お疲れ様です、土方さん。」

「…おー。いま、大丈夫か?」



その問いかけに私ははい!と返事をして、思わず正座をして姿勢を正した。



「ちゃんと山崎に送ってもらったか?」

「はい!ありがとうございました!」

「いや、礼はいい。ところでだな、その…お前、約束って覚えてるか?」

「約束…?」

「焼肉だよ、焼肉。連れてってやるっていっただろ。」

「あ!はい!!覚えてます!!楽しみにしています!!」

「そうか。…なら、明日はどうだ?」



明日?!まさかの急なお誘いに一瞬言葉に詰まると、土方さんはちょうど明日なら自分も近藤さんも夜時間が空いているといった。



「あ、やっぱり近藤さんだったんですね!」

「言ってなかったか?」

「はい。でもこの前お会いしたときに、わたしのことをすでにご存知でしたので、そうかなって。」

「近藤さんの行きつけの店なんだが、なかなかうまくてな。予約ももうしてあるそうなんだ。」

「あはは!それはもう何がなんでも行かねばですね!」

「すまねぇな、あの人どうも突っ走るとこがあんだよ。…でも、本当に大丈夫か?」

「はい!お誘い、とっても嬉しいです!」



私がそう言うと土方さんはそうかといって、少し笑ったような気がした。電話越しで表情は見えないが、なんとなくそんな気がした。



「明日、夜の7時前に迎えに行く。」

「…パトカーでですか?」

「んなわけねーだろ。普通の車だよ。」



よかった、またパトカーに乗るのかと思って少しひやっとした。もしそうだったら、現地集合でお願いするところだった。



「それじゃ、明日な。急に電話して悪かった。」

「と、とんでもないです!嬉しかったです!」

「…お、おう。じゃあな、おやすみ。」

「お、おやすみなさい!」



そういってから少しの間があったあと、土方さんの方から電話を切ってくれた。私はケータイをそっと机に置き、そのまま突っ伏して目を瞑った。さっきまでの会話が頭の中でぐるぐると回る。ご飯のお誘い、本当だったんだと思うと、にやけずにはいられない。



「楽しみだなー…。」



あれ?でも何を話したらいいんだろ?それもおまわりさんの副長さんと、さらに偉い局長さんと焼肉だなんて、接待レベルだ。



「……。」



さっきまで純粋に楽しみだった気持ちが、だんだんと緊張に変わってきた。



「こうしちゃいられないっ!」



私は目の前に広がるやりかけのデザインスケッチを急いで片して、明日に備えて早めにお風呂に入り就寝することにした。



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