ようこそ三日月堂へ! |
出会いがたくさん 第37話 お店を閉めたあと、買い忘れがないようにメモ用紙に必要なものを書きだし、そのメモを持って町へと買出しに出かけた。行き先はよく懇意にしている文具店だ。 「あれって…お妙さん?」 目的地までの道中で、たまたま前を歩くお妙さんを見つけた。誰かと親しく話しながら歩いているため、声をかけようかどうか悩んでいると、お妙さんの方が私に気付いた。 「あら、名前さん!」 「こ、こんにちは!」 「これからお買い物ですか?」 「はい。お妙さんも?」 「ええ、これから九ちゃんとお茶をしに。あ、九ちゃん、こちら名前さん。本屋さんの店主さんなの。」 「ああ、最近よく妙ちゃんが話してくれる方か。」 そういってお妙さんの隣にいた人が、くるりと私の方へ向いた。そのあまりにも凛々しい容姿に、思わず私は息をのんだ。 「僕は、柳生九兵衛と申す。」 「……。」 「名前さん?」 「はっ!はい!すいません!わたしはかぶき町の少し外れで新刊古書店、三日月堂を営んでおります名前といいます!」 「名前殿…だな。妙ちゃんの友人同士、仲良くしてほしい。」 え?友人?てっきりお妙さんの恋人かと思うくらい、ふたりの距離も近くお互いの雰囲気もお似合いなのだが、そうじゃないんだろうか?でもさすがにこればかりは聞くのも探るのも気が引けたので、私はこちらこそよろしくお願いしますとだけ返事を返した。 「そうだわ、よかったら名前さんも一緒にお茶どうかしら?」 「それはいい。話してみたいこともたくさんあるし、どうだろうか、名前殿。」 「あ、お誘いはとっても嬉しいんですが…仕事での買い出し中なので…」 「あらそうなの?残念だわぁ〜。それじゃ、また今度ですね。」 「はい、是非また誘ってください!」 「僕も今度、名前殿のお店にお邪魔するよ。」 「そういえば私もまだ行ったことなかったわ!今度、九ちゃんと一緒に行かせてもらいますね。」 私が是非!というと、ふたりは嬉しそうに笑い、それじゃあまたといって手を振って歩いていった。その後姿がやっぱり恋人のようで、お似合いなのになと考えていると、ふいに近藤さんのことを思い出した。 「(…これって…失恋?)」 もし本当にふたりがそういう関係なら近藤さんは失恋決定である。あれほどまでにボコボコにされても嫌いにはならず一途に追いかける近藤さんを想うと少しばかり胸が痛んだ。 「まいどありー。」 文具店で必要な材料を買い揃えお店を出ると、遠くの方で騒がしい音が聞こえた。警笛も聞こえるということは、何か騒動だろうか?だいぶ陽も落ちてきたし、変なことに巻き込まれる前にさっさと帰ろうと、少し早歩きで帰路についていると、突然、脇道から人が飛び出してきて、思いっきり衝突した。 「いった!!」 「す、すまない!大丈夫か?」 「あ、はい…こちらこそ…ってああぁ!!」 衝突した時に思わず手から買い物袋を手放してしまったせいで、買ったばかりの文具品が袋から飛び出し、周りに散らばってしまった。あまりにも悲惨なその光景に思わず叫んでしまった。 「これは…すまないことをした。一緒に拾おう。」 「い、いえ、すいません…。」 そういってその人は一緒に散らばったものを拾ってくれようとしたが、さっきまで遠かった警笛が近くで聞こえたかと思うと、慌てたように立ち上がった。 「俺は少々急いでいてな。すまないが、詫びはまた今度させてもらおう。」 「え?」 「名はなんと?」 「あ、名前です…三日月堂という書店をやっていて…」 「…わかった。必ず近々詫びに行く。すまないが今日はこれで!」 そういってその人はとても素早い動きでどこかへと走り去ってしまった。残された私は、つい勢いで名乗ってしまったが、よかったんだろうか?と考えながら、誰かに踏まれてしまう前にと散らばってしまったものをひとりで拾い集めた。 「(綺麗な髪だったなー。)」 綺麗な長い黒髪が風になびく後姿はとても綺麗で、今日はやけに綺麗な人に会うなぁなんて思っていると、後ろから複数人の足音が聞こえてきた。 「(なにごと?)ってあれ?」 その足音に驚き後ろを振り向くと、黒い隊服をきた人達が何かを叫びなら、各々刀などを抱えて、私の横を颯爽と駆けていった。その中に見慣れた顔を見つけると、その人も私に気がついたのか、こっちに近づいてきた。 「名前、こんなとこでなにやってんでィ?」 「総悟こそ…なにかあったの?」 「そりゃあこっちの台詞でさァ。地べたに這いつくばってどうした。」 「好きで這いつくばってるわけじゃ…人とぶつかって荷物ばらまけちゃったもので…。」 「これかィ?」 「そう!それ!それだから踏まないで!」 慌てて総悟が踏みつけている紙を拾いあげ、ざっと周りを見渡すと、もう落ちているものは見当たらず、おそらくこれで全部拾い上げたようだ。 「よしっ!」 「…おい、名前。おめぇ、人とぶつかったって言ったよな?」 「うん、突然そこの道から出てきたから避けれなくて。」 「どんな奴とぶつかったんでィ。」 「どんな?…どう…だったかな?」 「…その目開いてんのか?」 「失礼な、開いてるわ。」 私の答えに総悟は分かりやすくため息をつき肩を落とした。それからポケットからトランシーバーを取り出し、一番隊に告ぐといって、何か指示を出し始めた。 「今日はここまでだな。ザキ、土方さんに連絡しとけ。」 「はい!」 「で、名前。もう一回聞くぜ、ちゃんと思い出せ。どんな奴とぶつかった?」 同じこと聞かれても答えは一緒で、私はぶつかった相手の顔なんか見ていないと答えた。あの時は散らばった荷物のことで精一杯で、拾い集めながら相手と話していたのだ。ただ、去り際の後ろ姿、綺麗な髪だけは見たといえば、総悟はそいつでさァといって、私のおでこを指で弾いた。 「いたっ!なんで?!」 「俺らが追ってた奴、そいつが桂小太郎でさァ。」 「知らないよ!!」 桂小太郎なんて人知らないし、真選組が追ってたなんてもっと知らない。完全にそっちの取り逃がしによる八つ当たりじゃないか!と総悟に反論すると、誰かがそうだなといって私の肩を叩いた。 「?!あ、土方さん!」 「ったく、逃げられてんじゃねーよ総悟。」 「こっちの台詞でさァ、仕事してくだせぇよ、土方さん。」 「それこそこっちの台詞だてめー。…おい、名前。話は聞いていたが、一応確認だ。ぶつかった時になんもされてねぇな?」 「あ、はい…特には。」 私がそう返事をすると土方さんは安堵した表情を見せた。そして土方さんは後ろにいた隊士のひとりに、こいつを送っていけといって、私の背中をどんっと押してその人の前に突き出した。 「え?いやいや、帰れます!一人で帰れます!怪我とかしてませんよ?!」 「バカ言え、まだこの辺りに桂一派がいるかもしれねぇっていうのに一人で帰せれるか。おい、山崎ちゃんと送ってけよ。」 「そうでさァ、ここは土方さんの言う通りちゃっちゃと帰りやすぜ名前。」 「おい、お前もなに一緒に帰ろうとしてんだよ。」 「あり?違いやしたか?おっかしーなー。」 「可笑しいのはてめーだっ!!」 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人に挟まれどうしていいか困っていると、土方さんが送っていけと指名した隊士さんが、騒がしくてごめんね?といって、私を車に乗るようにエスコートしてくれた。 「いや、あの…」 「俺も副長の言う通り君を送っていかないとあとが怖いからさ、悪いんだけど乗ってくれないかな?」 「そ、そう言われると…」 乗るしか選択肢はなく、私は渋々車に乗った。車と言ってもおまわりさんの車といえば、パトカーだ。…誰が好き好んでパトカーに乗るだろうか。 「(人生でこう何度もパトカー乗るなんて…。)」 端から見たら悪いことして捕まった人みたいに見られているんだろうなと切なくなりながら、運転席の隊士さんの、じゃあ行きますね!という返事に、私は小さくはいと答えた。 top | prev | next |