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日曜日祝日は定休日です 第36話 熱を出した翌日、銀さんの言う通りに深月さんたちに連絡を取り、休みのことを話したら、てっきり自分のタイミングで適度に休んでくれてると思われていたらしく、ずいぶんと驚かれて謝られた。そして、荷物のない日曜日と祝日はお休みになり、土曜日も閉店時間を早めにすることを深月さんたちが決めてくれた。 「相変わらずのラブラブっぷり…。」 版元さんから是非読んで感想を!といって渡された小説のゲラを読みながら、その中に出てくる恋人たちがまるで深月さんたちのようなラブラブっぷりで、私はついその時の深月さんたちの電話のやりとりを思い出し、笑ってしまった。お二人とも元気に仲良く旅を続けているようだ。 あれから数日、万事屋のみんなは長期の依頼が入ったとかでしばらく万事屋を留守にすると連絡があった。何かあったら、唯一ケータイを持っている新八くんに連絡するようにと、銀さんに言われたが、 「なーんもない…。」 この前の忙しさが嘘のようにここ数日は何もない。お店はいたって通常通りだが、そうじゃなくてお店が終わったあとが、何もないのだ。前の生活に戻ったといえばその通りなのだが、なぜかひとりでご飯を食べたり、自室で本を読む時間があると、少し寂しいと思ってしまう。 「あ、」 だけど、変わったこともある。それは、総悟からよくメールが来るようになったことだ。別に会話のやりとりをするというわけではなく、一方的にメールが送られてくるのだが、それがいつも可笑しくて私はつい添付されてる写真を保存してしまう。 「(今日も見事に土方さんおちょくられてるなー。)」 その写真の大半が土方さんが総悟のいたずらに引っかかっているものや、怒り狂ってる姿、そしてたまに近藤さんがおそらくお妙さんにボコボコにされたあとの姿などが送られてくるが、これは笑えないのでいつも無言で消去している。 「あの、すいません。」 「は、はい!って、あ!村山さん!!」 また新しい写真を保存したところで、カウンターから声を掛けられた。私は慌ててケータイを隠し、顔を上げると、そこには村山当主が立っていた。 「ご無沙汰しております。」 「あれ、京には?」 「…行くのをやめました。実家の呉服店をもう一度、…父と一緒にやり直そうって決めたんです。」 「!…わだかまりは、溶けましたか?」 「ええ、あなたのおかげで。」 そういって笑う村山当主の表情は、ずいぶんと柔らかくなっていて、私は安堵した。それから村山当主は、あれからのことを少し話してくれた。 初代当主である村山さんの祖父は遺言書を残していたそうだ。そこには村山呉服店の良さを決して失わず長く愛される店であり続けて欲しいという初代当主の願いが書かれており、そして万が一お金に困った時は、書棚の全ての本を売り、それでも苦しいときには妖書を言い値で買い取ってくれる人に譲れということが書かれていたという。 「あなたの推察通り、父は売ってしまった祖父の本を少しずついま集めているそうです。…売ってしまったことをひどく悔いていました。もっと他にやりようがあったんじゃないかって。祖父の遺言に甘えて、それを自分は考えずにいたんじゃないかって。」 「そうだったんですか…。」 「だから妖書は、妖書だけは遺言にあるとはいえ、代々受け継がれてきたものですから、手放すもんかと思っていたそうですが…」 そういって村山さんは言葉につまり、そしてしっと目尻を拭った。 「父はずっと、祖父の願いと私との間で悩んできたそうです。たとえ赤字でも昔から変わらない店を続けるべきか、それとも少しでも店の景気をよくするため、店を継いでくれた自分の息子の考えを取り入れるべきか…。その答えるがでる前に、私が京へ行くと言いだしたので…」 「…妖書を手放して店をなんとかやっていこうとした、ですね?」 「ええ…。私を引き止めることもできたはずなのに…。」 「…そうしなかったのは…あなたが自分で決めた夢を、お父様は反対したくなかったから…ではないですか?」 「…本当すごいですね。その通りです。祖父の願いも、子どもの夢もどんな形であれ叶えようとしていたんです、私の父は。」 なんで欲張りな人なんでしょうねといって笑った村山さんは、とても幸せそうな子どもの顔をしていた。 「不器用な人です、私も父も。随分と遠回りをしてきました。…これからは二人で頑張っていくつもりです。そのことを、あなたに知らせたくて今日は来たんです。」 その村山さんの言葉につい歓喜極まって私が涙ぐむと、村山さんはさらにあなたのおかげですと言って頭を下げた。 「そんな!わたしはなにも…。」 「そんなことないです。あなたがいなければ、私は父を誤解したままでした。それで…その…、あなたにお願いがあるんです。」 「わたしにお願いですか?」 「ええ、看板に書いてあるあれ。あれをお願いしたいんです。」 そういって村山さんが指差したのは、看板に書いた私が始めた新サービス「あなたの大切な思い出を一冊の本にしませんか?」の文字だった。 「!」 「祖父から受け継いだ意思を忘れないために、これからの村山呉服店を守っていくために、それから…今度生まれてくる私の息子のためにも、私たち一家の本を作って欲しいのです。」 「…えっ?!それってもしや!」 結婚されていたんですか?!と私が驚くと、これでも一応といって村山さんは左の薬指にある指輪をそっと撫でた。 「おめでとうございます!!」 「ありがとうございます。…依頼、受けてもらえますか?」 「…もちろんです!」 私はいそいそとカウンターの引き出しから前もって作っておいたアルバム作成依頼書の書類を取り出し、それからしばらく、村山さんと一緒にどんなものにするかを、あれこれ話し合って作成書にどんどん案を記入していった。途中、妖書も絵本のようなものにして、いつか子どもに読み聞かせしたいという村山さんからの提案があり、それも三日月堂が承ることにした。 「すいません、ずいぶんと時間がかかってしまいましたね…。」 「いえ、では一旦こちらで。また何かあれば連絡します。」 「はい、わたしも相談したいことができたら連絡させてもらいますね!」 みっちり案が書き込まれた用紙をカウンターの後ろにあるFAX機でコピーを取り、コピーの方を控えになりますと言って村山さんに渡した。すると村山さんは私をじっと見て、それからくすっと笑った。 「へ?な、なにか?」 「いえ…父の言っていたことが分かるなって。」 「え?」 「人の目をきちんとみて話したり、ひとつひとつの動作が丁寧だったり、何よりその笑顔。本当に素晴らしいなと。本を手にするときはどことなく愛情を感じさせる雰囲気もありますし。」 「え゛?!あ、あの!そ、そんな風に言ってもらえるのは、えっと、その…」 恥ずかしいです…といって私がつい恥じらって俯くと、村山さんはお客さんに褒められたんですから、自信を持ってくださいといってくれた。 「父はあなたになら、あなたのような本を大切にする方になら妖書を譲っても後悔しないんじゃないかって思っていたようですよ。」 「そう…ですか…。」 「本当に色々とありがとうございました。それから、これからも…どえぞ、よろしくお願いしますね。」 「は、はい!!こちらこそ!!」 そういって村山さんはお辞儀をしてお店をあとにした。私は見送りがすんだあと、カウンターに戻り、そのまま火照る顔を両手で隠しながら座り込んだ。 「(嬉しいっ…嬉しい嬉しい!!)」 人に褒められる接客をできたのはいつぶりだろうか。仕事の依頼ももらえたし、これは俄然やる気が出てくる。私はそのまま頬をパンっと叩き、気持ちを入れ替えて、早速アルバム制作に取り掛かることにした。 top | prev | next |