×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
ようこそ三日月堂へ!

親心はこどもにはわからないもの

第30話

わたしは、その計画を思い立ったその日の夜中にこっそり書を盗み、その書を友人に預けました。

翌日、わたしはかぶき町で何でもしてくれるという万事屋に妖書の捜索依頼を頼みました。わたしが京へ向かうまでの一週間という期限付きで。

その期間、むやみに捜索され、両親に妖書がなくなったことがバレてはまずいですから、疑わせる相手をこちらで仕向けました。それがあなた達が聞き込みをした友人、書を預けた本人です。

本当に書を持っている友人を疑わせるわけですから、友人にはうまいこと万事屋さんを追い払い、バレないよう、とにかく時間を稼いでもらうようお願いしました。そうして結局、妖書の在り処を掴めないまま期限は過ぎ、依頼は終了になる、その手筈だったんです。

そうです、あなたの存在が誤算でした。結果、友人のちょっとした発言からわたしに疑いが向く可能性が出てきてしまい、期限を1日早めることになりました。

とはいえたった1日の誤差です。問題なく今朝方、わたしは両親に、妖書がなくなっていたこと、早急に捜索依頼を第三者に頼んだが、見つからなかったことを告げてきました。

両親はひどく慌てた様子でした。万事屋さんという実際に存在する依頼先にわたしが捜索依頼を出したこと、その第三者が見つけることができなかったということは事実としてあるわけですから、両親は本当に妖書がなくなったと信じています。そうです、これで既成事実の完成です。わたしが盗んだとはそう易々とは思わないでしょう。

そうしてわたしは今日、この書を持って京へ向かいます。両親には京で店をやるとだけ言っていますから、わたしの居場所など知りません。もちろん、教える気もありません。



「この書はわたしが生涯大切にするのです。」

「…それは、ご両親と縁を切るということですか?」

「ええ、そうです。わたしにとっても、両親にとっても、お互いがどうでもよい存在なので、別に痛くも痒くもありません。」



当主はそういって、改めて巻き込んでしまい申し訳ありませんでしたと、また深々と頭を下げた。正直、こちらとしては別になんともないことだった。万事屋としては銀さんも言っていたとおり報酬はもらっているし、私もそういうことだったのかくらいにしか思っていない。別に犯罪者に手を貸したわけでもなんでもないのだ。ただ…、



「どうしてわたしにそれを?わたしが後々、あなたの計画に気づいて、それを口外すると思ったから…?」

「…おっしゃるとおり。このこと、黙っていてくれませんか?その意味も込めて、この謝礼です。」



机の上に差し出されたのは、またあの茶封筒だった。



「…あの、大丈夫です、言いません。約束します。大切なものは、大切にする人、できる人が持っているのが一番だと思いますから。ですけど、…その、いいんですか?」

「なにがでしょう?」

「ご両親と、仲違いしたままで。」



仲違い?そういって当主は空笑いをした。



「あの両親と分かり合える日なんて、想像もつきません。」



大切な書を守るため親を騙し行方をくらませようとしている当主を目の前に、私はなんて声を掛けていいのか分からず黙っていると、当主は長居しましたといって、残りのお茶を一口で飲み干し、席を立とうとした。



「あの!その、どうしてそんなにご両親のことを?」

「どうして?そんなこと考えたこともありません。だって物心ついたときから、そうでしたから。」

「物心ついたときから…?」

「ずっとわたしは蔑まれてきました。」



わたしに兄弟はいませんから、生まれたときから家督を継ぐことが決められていました。老舗の商売人になるため、作法や礼儀などは幼い頃から厳しく躾けられましたが、どうもわたしは要領が悪いらしく、いつも怒られていました。そんなわたしにとって唯一味方であったのが祖父でした。

祖父はいつもわたしに優しく笑いかけ、そしてわたしが落ち込んでいる時にはいつも本を読んでくれました。この妖書も、祖父がたいそう大事にしていたもののひとつです。

話が逸れましたが、わたしは家督を継いでからもよく怒られていました。理由は些細なことです。単に怒鳴りつけたかったんでしょう。それでも必死に耐えてきました。祖父のためです。今は亡き祖父が生前大切にしてきたものをすべて、わたしは大切にすると誓ったのです。

それなのにあの人たちは…祖父の死後、祖父が大切にしてきたものを悉く奪っていきました。お金に変えようとしたのは、この妖書が初めてではありません。祖父の書斎の一切の本をすべて売り、店の資金源にした過去があるのです。

店を守るためだのなんだのいって、人の大切なものを奪っていく両親が許せませんでした。そんなもので守られてきたお店を、わたしが継ぐことにも抵抗がありました。だから、せめてわたしの代で正しく持ち直しさせようと、あれこれ試行錯誤しましたが、先ほども言った通りうまくいきませんでした。



「…この話を聞いてもまだあなたは、どうしてなどと、聞きますか?」



確かに当主の話をそのまま聞けば、どうしてなどと聞くことは躊躇われる。だけど、それでも、



「わたしは、ご両親と話し合うべきだと…思います。」



当主の目を見てそう応えると、当主はなぜ?と戸惑いを見せた。



「わたしも、よく…親にダメな子だと言われてきました。わたしには、兄弟がいて、その兄弟に比べると、鈍間な子だったようです。上はこんなにしっかりしてるのに、どうしてあんただけはって。ずっと、親はわたしのことが嫌いなんだと思っていました。あ、いえ…今もそう思っています。何をやってもダメだ、ほら出来なかった、出来やしないんだって、言われ続けて、嫌になって家を飛び出したままなので。」

「あなたは…確か…」

「わたしだって、やれるんだって。褒めて欲しいなんて思わないから、せめて見返してやろうって思ったんです。村山さんも、きっとそうなんですよね。見返してやりたいんですよね。」

「…。」

「だけど、親に会えない状況になって、親よりも親らしいことをしてくれた人に出会って、気付いたことがあります。わたし、まともに親と話してこなかったなって。」

「…話してどうするんですか。」

「厳しかったり、ひどいこと言われたりすることもあったけど、でも…よく思い返せばちゃんとあったんです。親の優しさとか温もりが。ちゃんと与えらた記憶も、あるんですよ。」

「優しさ…?」

「はい、村山さんにもありませんか?そういう思い出。本当にずっと、厳しい、冷酷非道な親でしたか?」

「それは…」

「分かりにくいけど、ちゃんと親の愛情を受けていたんじゃないかって思ったとき、わたしは確かめるべきだと思いました。きちんと、親と向き合うべきだと。向き合わないと、分からないままだから。それに、そうしないといつか後悔すると思うんです。」

「……。」

「村山さん、あなたのお父様はよくここに本を買いに来て下さります。それもたくさん。棚を見ているときは、とても楽しそうで、本好きが伝わってきます。お話を聞く限り、誰かに似ているんでしょうね。」

「え、それって…」

「そんな人が人のものとはいえ、本を手放すのにはきっと、苦渋の決断があったのかもしれません。そういえばお父様はいつもたくさんの本を取り寄せされますが、どれも数十年前の本ばかりで、ジャンルもバラバラ。なにか、集めてらっしゃるんでしょうか?」

「……。」

「ああそういえばこの前来た時には、大切な書を人に譲る予定があるが、本当は譲りたくないと仰っていました。あれは、なんのことでしょう?」

「…まさか、そんなことを父が?」

「親って子どもにいい格好したがるものなので、必然と隠し事や嘘が増えるそうですよ。それって、見方を変えれば愛情の裏返しだと思いません?」

「それは…」

「あなたが書を大切に思い護ろうとしているように、ご両親もなにか大切に思うものがあって、それを護るのに必死なんじゃないでしょうか。」



当主はなにかに気付いたように目を見開き、そしてすぐに、困惑の表情を浮かべた。そしてしばらく考えるように俯いた。



「…そうでしょうか…。すいません、まだ、心の整理が…。でも、…」



顔を上げて、ありがとうございますといった当主の表情は、とても泣きそうな顔をしていた。



top | prev | next