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ようこそ三日月堂へ!

本当のことをあなたに

第29話
 
「いらっしゃいませ。」



今朝から寝不足で何度もうたた寝しそうな自分を叱咤しながら、カウンターでカバーをひたすら必死に折って寝ないように気をつけていると、身なりのいい男性がひとりカウンターに近づいてきた。会計かと思い、急いでブックカバーを片付けると、その人は周りを気にしながら、私に小声で話しかけてきた。



「あの、名前さんですよね。わたくし、村山と言います。依頼の件、たいへんお世話になりました。」



突然のことに、寝不足な私の頭がついていけず、一瞬なんのことだか分からずにいたが、すぐに村山当主、妖書の依頼人だと思い出し、私は立ち上がって頭を下げた。



「こちらこそっ!その、…お役に立てずに申し訳ありませんでした…っ!」



頭を下げる私に村山当主はどうぞお気になさらずといって下さったため、おそるおそる顔を上げると、当主はこれを渡したくてといって、茶封筒をカウンターに置いた。



「…これは?」

「万事屋さんとは別に依頼報酬です。受け取ってください。」



中身を見なくてもなんとなくわかる。報酬ってことは、そういうことだろう。私は受け取れませんといって、そっと封筒を当主のほうに押し返した。



「依頼の本は…見つけれませんでしたから。それに、口外するつもりもありません。安心してください。」



銀さんが言っていた口止料も含まれているのだろうと思いそう言うと、当主は困ったように笑った。



「あなたに、話したいことが…いえ、聞いてほしいことがあるのです。少し、お時間を頂戴できますか?」



私は首を傾げつつ、構いませんよと言って、腕時計を見た。ちょうどお昼の時間だったため、お昼休憩も兼ねてすこしの間、店を閉めることにした。





「それで、話したいこととは?」

「…申し訳ありません。」



自分家の居間で当主と向き合い、さっそく話を切り出したところで、当主は突然頭を下げた。その思いっきりの良さに、机の上のお茶が溢れそうになり、慌てて私は湯呑みを抑えた。



「あ、いやあの…なんの謝罪でしょうか?」

「実は…妖書はなくなってなどいません。わたしが、このように持っています。」



そういって差し出されたのは随分と年季の入った書物だった。これが、妖書…。



「…あまり、驚かれないんですね。」

「あ、…いや…驚きはしてますが、その…なんとなく、そうかなと。当主が持っているんじゃないかって、思ってたんです。」



その可能性を疑い始めたのはつい先日のことだった。



「最初から謎が多かったです。どうして、突然妖書が気になったのか。まぁ、これはのちに人に譲る予定があった、その準備のためとのことでしたが、それを隠していたことが不自然でした。」

「たったそれだけで?」

「可能性のひとつとして、家族内でなにかあるのかな、と思ったくらいです。そこを追求する前に、昨日捜索が取り下げられていたので…。」

「ささいな違和感に気付くなんて。あなたが聡明だったことが、わたしの盲点でした。」



きっと万事屋さんだけなら騙せたと思います。と、当主はいった。私はそれには答えられず、曖昧な笑みを返した。



「わたしはこれから京へ向かいます。京で、自分の店を持つ予定です。」

「それは…お、おめでとうございま、す?」



突然なんの宣告だろうと、なんとも歯切れの悪い祝いの言葉を口にすると、当主はいたって真面目な顔で、この書も持っていきますといった。



「…つまり、人に譲りたくないから、このような手の込んだ嘘を?」

「そうですね。正しく言えば、この大切な書を、祖父がわたしに託したこの書を、お金にしたくないがために、です。」



そもそもどうして代々受け継がれて、祀ってきた家宝ともいうべき書を、突然、売りに出そうとしているのかと、躊躇いがちに聞けば、当主は悔しそうに顔を歪ませた。



「あなたも、商売人ですからお分かりかと思いますが、お店というのは努力なしではあっという間に潰れます。続けていくことは、そう容易いものではないのです。」

「そうですね…。」

「ですが、父と母はそうしようとしなかった。名前さんは、わたしの店に、来たことはありますか?」

「いえ、ごめんなさい…」

「いいんです。わたしのお店には、今の人たちが好むような服は置いていません。一昔前のものばかり。売れないものばかりです。…ずっと、ここ数年、赤字続きなんです。」



当主はやっと私が出したお茶を一口飲み、それから大きなため息をついた。



「私が家督を継いでから、何度もテコ入れを試みようとしましたが、両親がそれを阻止してきたため、今も現状変わりなく、経営は苦しいばかりです。当主なんて名だけですよ。今も実権は父が握っています。」

「…だから、独立しに京へ?」

「ええ。この店はもう無理だ。わたしは、わたしの思う店をやろうと決め、そのことを両親に話しました。とくに反対はされませんでしたが、代わりにわたしが大切にしてきたこの書を、売ることを勝手に決めてきました。わたしがいなくなれば、この書を大切に扱う者は誰一人あの家にはおりませんから。邪魔なものがお金になるなら、売るにこしたことないと思ったようです。」



そういって話す当主の声はとても震えていた。



「許せませんでした。こんな素敵な書を、受け継がれてきた歴史あるものを、お金にするなんて。」

「それを…ご両親には言わなかったのですか?」

「…わたしの話を、聞く人たちではありませんから。だから、この書は僕が持っていこうと決めました。それが、今回の件に至った理由です。ただ、普通に盗んだのでは、バレる可能性がありますから、妖書はなくなったという既成事実を作るため、」



あなた達を巻き込んだのですと、当主はいった。



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