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ようこそ三日月堂へ!

優しさにすがりつきたいときだってあるんだ。

第19話

一度座り込んでしまえば、全身の力も抜けてしまい、いまさらになって恐怖で身体が震えてきた。こんな姿見られたくないと、何度も深呼吸を繰り返したが、なかなかうまくいかずにいた。



「立てねェーのか?」



そう聞かれて私は俯いた。だからなんで私は、いまさらになって泣きたくなっているんだろう。



「…ん。」



目の前に影が下りてきて顔を上げれば、隊服の男がこちらに背中を向けてしゃがんでいた。なに、なんのつもりだと私が警戒していると、少しふてくされたような声で、おぶってやるから乗れと言われた。



「…少しイジメ過ぎた。」

「少しどころじゃないですよ。」



このまま首に腕を巻きつけて苦しめてやろうか、それともタックルして顔を地面にぶつけてやろうか、なんて考えつつも、私は迷うことなくその背中に手をかけた。こんな奴でも、いまは誰かの体温に触れていたかった。



「よっこいせっと、…重てェ。」



一言うるさいと文句を言うつもりが、背中から伝わる体温は、私をひどく安心させ、ついに涙がこぼれ落ちた。怖かった。本当に、怖かった。



「鼻水つけんじゃねーぞ。」



そんなこと知ったことではない。私はお日様の匂いがするこの男の背中に縋り付き、恐怖をふるい落とすように泣き続けた。しばらくしてパトカーの音がして、誰かがこの男の名を呼んだ気がしたが、私は気にせずそっと目を閉じた。





「絡まれてるところをたまたま見つけて助けてやったんでさァ。あーこりゃあ功績もん」

「助けきれてねぇじゃねーかっ!!!」

「なに言ってんでィ、あの場で俺らおまわりができることっつたら、たかが厳重注意だけじゃねーですかィ。あの野郎共を牢屋にぶち込んでやるために、俺ァわざわざ相手を刺激したに過ぎませんぜ?」

「お前1人ならそれでいいが、思いっきり一般市民巻き込んでんじゃねーか!!!しかも女!!」

「土方の女なら大丈夫かと。」

「全然大丈夫じゃねーわっ!!つーか何で俺の女だったら大丈夫なんだよ!?!?」



耳元で騒がしい声が聞こえて私は目が覚めた。あれ、いつのまに寝てしまったんだろう。ぼやける視界の中、よく見知った人と目があった。



「…起きたか。」

「土方、さん…。」

「総悟から話は聞いてる。…災難だったな。」



私は身体を起こして、まだぼやける視界をどうにかしようと目を擦った。なんだか、瞼がすごく重たい。



「あー…ちょっと待ってろ。総悟、ちゃんと見とけよ。」



土方さんはそういって部屋を出て行ってしまった。そういえばここはどこだろう?と思って部屋を見渡していると、隣から真選組の屯所でさァと聞こえた。



「…あ、」

「ぶっさいくな面してんなァ。」

「…うるさい。誰のせいですか。」

「勝手に人の所為にすんじゃねー。」

「なっ!!どう考えてもあんたが!!!…でも…その、すいません…助けてくれてありがとう…ございました…。」



土方さんはどのことを災難と言ったんだろうか。ナンパ野郎に絡まれたこと?たまたま通りかかったおまわりさんがこの人だったこと?私からしたらどっちも災難だったが、それでも、少なくとも隣にいるこの人がいなかったら、私はもっと酷い目にあっていたに違いない。あの状況で私1人が逃げられるわけがない。いろいろと文句はあるが、お礼は言わなきゃいけないと思い、私は頭を下げた。



「……こっちも悪かったでさァ。傷、つけさせるつもりはなかったんでィ。」



そういって伸びてきた手が私の首に触れた。そこでようやく自分の首に包帯が巻かれていることに気がついた。少し切っただけで、大袈裟な処置だとは思ったが、目の前の男の表情がずっと見てきた鬼畜ドエスの顔とは違って、本当に申し訳なさそうで、わたしは内心驚いた。こんな顔も、するんだと。



「傷残っちまったら俺が責任とってやるよ。」

「お断りします。」



私が即答すると男は手を引っ込め、なんでィといって笑った。今度は初めて見る、普通の笑顔だった。



「そういやァ、あの時なんで俺のこと呼び捨てにしたんでィ。」

「あの時?」

「助けて総悟、って。いきなり呼び捨てったァ、あんたも積極的だねィ。」



あぁ、あの時かと私は思い出して、特に理由はないと答えた。ただ、土方さんがずっと総悟と呼んでいたのを思い出し、切羽詰まった状況であなたに助けてもらうために、名前を叫んでしまっただけだというと、ふぅんといって一応納得はしてもらえた。もちろん呼び捨ては、腹が立ってという悪意があってのことだが、それは身の安全のためにも伏せておいた。



「じゃあ俺も名前って呼ぶからな。」

「…お好きにどうぞ。わたしは、」

「総悟でィ。」

「…総悟、くん?さん?」

「総悟。」

「…じゃあ総悟。」



もう一度わたしは小さく総悟と呼んだ。何だか、人の名前を呼び捨てにするのは、くすぐったい。距離感が一気に縮まった気がする。



「(縮まっていい人かどうかすごく微妙だけど。)」



しばらくして土方さんがタオル二枚をもって戻ってきた。まずは冷やせと言って渡されたタオルで目を冷やし、次はもう一枚のタオルで温める。これを数回繰り返せば、目の腫れは治るらしい。やっぱりわたしの目は、泣いて腫れていたようだ。



「すぐに帰してやりてーんだが、被害届をお前が出さねぇと、捕まえた奴らに罪状出せねぇんだよ。すまねぇが少し付き合ってくれるか?」



私は頷いて、それから土方さんからの質問に答え続けた。もう陽は、すっかり落ちていた。



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