ようこそ三日月堂へ! |
甘くて、優しくて、ふわふわ 第13話 朝目が覚めると私は自室の布団で寝ていた。いつのまに部屋に戻って寝たんだろうと、冴えない頭で考えても、何も思い出せない。とりあえず下の階に降りようと布団から出ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。 「…おはようございます?」 「あ、おはようございます名前さん!すいません勝手に台所お借りしてます。」 「おはヨー!」 「お、起きたか。」 どうして台所に万事屋が3人仲良く立っているのか分からないまま、とりあえずおはようと挨拶をし、状況把握するためコンロの前に立っている銀さんに近寄り、あの、と声を掛けた。 「ん?なに、腹減った?もうちょいで出来るから大人しく待ってなさーい。」 「…おとーさーん。わたしいつのまに自分の部屋で、」 「銀さんはお父さんじゃありませーん。ほらよ、どうよ?銀さん特製の卵焼きは。」 「…甘くて美味しい。」 「だろ?」 私の質問には答えず、銀さんがちょっとだけだといって、巻き終えたばかりの卵焼きをひとつ口の中に放り込んでくれた。銀さん特製だという卵焼きは、とても甘くて、懐かしい味がした。実家の卵焼きも、甘かったなと、思い出した。 「お米も勝手に炊いちゃってすいません、あの配膳は僕がしますから、名前さんは神楽ちゃんと一緒に座ってて下さい!」 「あ、いやでも…」 「名前ー!名前は何座アルか?この占いよく当たるネ!」 新八くんに促されるように居間に戻り、神楽ちゃんの隣に座ってテレビを見る。あれ、本当になんでこんなことになっているのだろう。 「よし、じゃあ食うか。お前らー、名前家の食材に感謝して、いただきまーす!」 「「いただきまーす!!」」 「い、いただき、ます…?」 目の前に並んだ炊きたての白米に、豆腐とワカメの入ったお味噌汁。銀さん特製の卵焼きに、ご近所さんに頂いて下処理を済まし、冷凍させていた焼魚。 「(…魚、これで1週間はもつと思ってたのに。)」 深月さん夫婦が旅に出てから1人で暮らしていくことになった私は、なるべく買い物は週に一回特売の日に済ませ、食材は腐らせないように冷凍できるものはし、作り置きできるものはタッパーで保存して、月の食費のやりくりをしていた。しかし、目の前の美味しそうな朝食には私を含め4人分の食材が使われている。 「(ま、いっか。また買い物行けば。別に今月の食費厳しいわけじゃないし。)」 それよりも本当に美味しそうな朝食に、私のお腹がぐぅと鳴る。もう一度小さな声でいただきますといって、私は箸に手をつけた。 「昨日は悪かったな。」 食べ終わった後、後片付けは私がしますと言って、流し所に立って洗い物をしていると、後ろから銀さんが現れた。 「いいえ。朝食、美味しかったです。あの食卓で誰かと食べるのは久しぶりで…、なんか嬉しかったです。」 「毎日来てやろうか?」 「それってタダ飯目的ですよね。」 バレたかといって銀さんは私の隣に立ち、私が洗い流したお皿を受け取って、拭いてくれた。別に水切り台に置いてくれてたらいいのにと思いつつも、料理とか家事とかする人なんだと妙に感心しながら、私は洗い物を続けた。 「昨日の依頼の件、頼むな。今日、店閉める頃にまた顔出すから。」 「あ、電話で知らせましょうか?またこっちに足運んでもらうのも悪いですし…。」 「いや、いい。あー、あと。酔いつぶれて悪かったな。いつもならあんな酒の量じゃ酔わねーんだけどよぉ。」 「疲れてたんですよ、気にしてませんから。」 バツの悪そうな顔の銀さんに、私は笑ってそう答えた。あ、でもどうして昨日の夜、居間で寝たはずの私が今朝は自分の部屋にいたのかを聞くと、あっさりと銀さんは運んだと答えた。 「夜中目覚めたらお前、座って寝てるからよぉ。さすがに女をそのまんま寝かせるのも悪いっつーか、だから部屋に運んだんだよ。」 「…担いで?」 「どっちかっつーと、お姫様抱っこ。」 「…。」 「…。え、なに?ときめいた?ときめいちゃった?」 「いや、なんかもう、どうして銀さんはそう、私の女としての楽しみを…」 「は?楽しみ?」 「…いえ、重かったですよね、すいません。」 「逆だろ。もっと食わねーと、成長しねーぞー。」 「…いや、ほんと、ほんと銀さん…」 「なんで溜息?銀さんわかんないんだけど?」 お姫様抱っこされて、しかも体重を気にして聞けば、軽かったなんて、どこの少女マンガ展開。そしてなんでそれをまた銀さんが呆気なくやってしまうのかと。私は初対面の時のプロポーズや、昨日の膝枕を思い出し、苦笑しながら、せめて壁ドンだけはやらないくださいね、と言えば、銀さんは女はよくわかんねー。と、頭を掻いた。 「そうですか…ええ…はい。わかりました、はい。あ、助かります。何か分かったら是非、連絡お願いします。はい、お忙しい中すいませんでした、はい…失礼します。」 受話器を置いて溜息をひとつ。両腕をあげて背筋を伸ばしながら時計に目をやるともう昼を過ぎていた。手元のリストにまた新しくバツが増えてしまった。 今朝、万事屋の3人を見送ってから、急いでお風呂に入り、すぐさま開店前の仕事に入った。今日入荷の荷物の受け取りから検品、荷出しを終わらし、開店してからはしばらく、朝一で週刊誌などを買いに来られるお客様の対応をし、落ち着いた頃に昨日の依頼の件にとりかかった。頼りになりそうなところに電話をかけ、こういう本を探していると尋ねてみているが、いい返事は今の所聞けていない。 「そろそろお昼…あ。」 いつもお昼は店番をしながらカウンターで簡単に食べれるようにお弁当を作っているが、昨日はそれどころじゃなかったため、用意をしていないことに今気づいた。作り置きのおかずが冷蔵庫の中に少しあるが、家の中に入る少しの間でも、店はなるべく空にしたくない。どうしようかと悩んでいると、おい、と上から声をかけられ、慌てて顔を上げると、そこにはいつもと雰囲気の違う土方さんがいた。 「あ、れ…、おつかれさまです?」 「なんで疑問系なんだよ。」 「あ、いえ、あ!隊服じゃないんですね。」 「非番だからな。」 「なるほど!あれ?でも今日はマガジンの日では…」 「別に他のもん買いに来てもいいだろ。」 「そ、そうですよね!」 土方さんはそういうと店の中をぐるりと見渡し、適当に見て行くと言って棚の方へ向かっていった。何を読むんだろう?どんな本が好きなんだろうと気になり、つい目で追ってしまう。それに、着流し姿は初めて見た。何だかいつもより雰囲気が柔らかいような気がする。やっぱり、隊服は仕事服だから、堅いイメージになってしまうのだろうか。 「あ!」 「あ?」 「土方さん、すいません…ちょっとだけ家の中に入ってもいいですか?」 「別に構わねぇが…どうした?」 「お昼ご飯用意するの忘れてて、適当にすぐ食べれる物を見てきたいんです。」 「じゃあまだ食ってねーのかよ。もう2時だぞ?」 私のお昼時はいつもこの時間帯だ。一般的なお昼時は、この辺で仕事をしている人たちが休憩に入る時間でもあるため、お店が混むことが多い。そのため、私は時間をズラして昼休憩をとっていた。 「そういや近くに弁当屋あったな…おい、お前、何が好きなんだよ?買ってきてやるよ。」 「えっ?!そ、そんな大丈夫です!!何か冷蔵庫にあると思うので!」 「いーから言え。この前の詫びだ。」 そう言ってほとんど睨みに近い土方さんの押しに負け、私が渋々小さな声でからあげ弁当と言うと、土方さんが笑って、待ってろと言って出て行ってしまった。 top | prev | next |