ようこそ三日月堂へ! |
おつかれさま、今日はゆっくりおやすみなさい。 第12話 私と銀さんはビールで乾杯をし、依頼内容を改めて確認することから始まった。 「老舗呉服屋の村山家、お前も知ってんだろ。」 「呉服屋の村山さん…?あ、はい。よくいらしてますね、お店に。確か今、お店を継いでいるのは、」 「4代目当主、長男坊だな。」 お店によく来ては、いつも重たくて分厚い難しそうな本を買っていくおじいさんがいる。それが老舗呉服屋の村山さん、前当主である。すらっと伸びる背筋と身なりの良さと気品さをが、歳を全く感じさせず、素敵な男性という印象で覚えていた。そうだ、お店は息子に継がせて今は悠々と隠居生活を満喫しているといっていた。 「え、じゃあ村山さんのご先祖がお話に出てくる狩人さんってことですか?」 「らしい。俺ぁ、妖怪だが妖書とか信じねぇが、依頼人が血相変えて探してくれっていって、惜しみもなく大金をはたいてくんだ。そうとう切羽詰まってんだろ。」 そういって下品に笑う銀さんに、私はちゃんとそのお金を家賃や給料支払いに使うのかどうかを心配してしまった。とはいえ人様の金銭面に口を出すのは野暮だと思い、何も言わないでおいた。とっても口出ししたいけど。銀さんはビールを一口飲み、それから妖書がなくなった経緯を話してくれた。 「家ん中に祠みてぇのがあって、そこに祀っていたらしい。カギはなしで、誰でも持ち出せる状態だな。それから、いつなくなったかは分からねぇんだとよ。年に一度、祭祀をするらしいんだが、その時くらいしかその祠に近寄らねぇらしい。」 「家族全員?」 「ああ。それがこの前って、二日前か。当主がいやな予感がして祠にいったら、妖書が消えてたんだとよ。」 「いやな予感って…。」 銀さんの話を頭の中で整理させながら、私もビールを一口飲んだ。そしてふと、神楽ちゃんと新八くんを見やると、2人はいつのまにか横になり、静かに寝息をたてていた。 「あらー。」 「ったく、通りで静かだと思ったぜ。これだからガキは…おい、ぱっつぁん、神楽ー、」 「あ、別にまだ話も終わってないし、このまま寝かせてあげたらどうですか?ちょっと待っててください、このままだと風邪ひくからなにかもってきます。」 私は慌てて自室に戻り、自分がいつも使っているかけ布団をもって居間に戻った。幸せそうに眠る2人の寝顔に癒されながら、そっとかけ布団をかけてあげると、銀さんが悪ぃなといって謝った。なんだかそれが2人の親のようで、私は笑ってしまった。 「依頼の期限があと五日なんだよ。」 「期限があるんですか?」 「当主が五日後に京へ行くらしくてな、それまでに探せだと。ちなみこのことを知っているのは当主のみ。親には内緒だそうだ。」 「内緒?一家にとって大切なものがなくなったのに、ですか?」 「だからだとよ。当主としてこの不始末、穏便に済ませたいとかなんとからしいわ。」 ったく面倒な依頼だぜ、といって銀さんは缶ビールのおかわりをねだってきた。面倒な依頼と思うなら受けなければいいのにといえば、目の前に大金出されたら受けるしかねぇだろ。と、無駄に格好つけていわれたので、私は言ってることは最低ですよ、と言いながら、冷蔵庫の中から缶ビールをもう一本出してあげた。 「冷やしてるのこれが最後ですからね。」 「冷やしてねぇのならあるの?」 「…ダース買いなんで。」 「名前ちゃん男前。」 お酒好きで何が悪い。私はダース箱の中から新たにビールを四本取り出し、冷蔵庫に冷やした。 「そういうわけで、今日は依頼を受けたあと、そっこーで聞き込み調査して歩きまくったから、ガキどもも疲れたんだろ。」 「聞き込みって…、いつなくなったかもわからない、誰でも盗めるような状態であったものを、どう検討つけて聞き込みしたんですか?」 「当主に心当たりのある人物がいたんだよ。」 銀さんがいうには、当主は数日前に仲のいい友達2人と、自宅で会食をひらいたそうだ。そのときに、自分の家には代々伝わる妖書があり今も祀っているということを、自慢げに話してしまったらしい。今まで妖書のことは誰にも話さず、一家の秘密として隠してきたのだが、つい酒の勢いで友人と言い合いになり、口が滑ってしまったという。 「その妖書を誰かが盗んだとして、そんなものどうするんでしょうか。わたしだったら、祀られているものを盗むだなんて、畏れ多すぎて無理ですけど…。」 「金になんじゃねェの?そういう類のコレクターとかには高値つけてもらえんだろ。」 「友人たちにはその可能性があると?」 「当主はそう疑いたくはねェが、心当たりはそれしかないっつーからな。まずはその2人に話をってことだ。しっかしよー、大切な友人だから疑っていることバレたくないとかなんとかいいやがって、こっちも細心の注意を払って遠回しに聞き込みするハメになってよ、神経使うったらありゃしねぇよ。」 あれ、だんだん銀さんの酒を飲むペースが早くなってきたような気がする。心なしか目もいつもより死んでいるし、顔も赤い。そしていつにもまして怠そうなしゃべり方。愚痴になりつつある、会話の流れ。 「もう銀さんお酒ストップ。いま、水持ってきますから。」 「んだよ、まだ大丈夫だ、お前ももっと飲めよ。いいから座れって。それでよー、俺らそういう妖書を探してるコレクターなんですぅっていう感じで近づいてそれとなく聞いてみたわけ。あんた妖書って知ってる?って。そしたら、知らねぇっつーんだよ。」 「嘘をついたってことですか?それは…怪しいですね。」 「だろぉー?やましいことなーんもなかったら、ふつうは言うだろ。ああ、最近友人からそんなことを聞きましたねー、とかなんとか。」 確かにそうだ。何か聞かれたくないことがあるから、嘘をついたと考えるのが自然。なら、やっぱりその友人たちが怪しいのだろうか。 「ま、今日はこんくらいにしといていったん引いてきたんだよ。で、もしだ、妖書が金儲けのために売られたとしたら、お前がそこらへんの情報は手に入れやすいだろ。だーかーら、頼みにきたんだよ。」 「じゃあわたしは、ここ数日、もしくは数週間、数か月?とりあえず、妖書らしいものが売られた店がないか、手に入れた人がいないか、三日月堂の情報網を使って調べろってことですね。」 「そーいうことだな。」 そういって立ち上がった銀さんは、いつのまに覚えたのか台所にある冷蔵庫から勝手に缶ビールを取り出し、あけて呑み始めてしまった。ここはあなたの家じゃないですよ、とツッコんでも、酔っ払いには聞こえていないようだった。 「…ねぇ、銀さん。そんなに呑んで大丈夫?家、ちゃんと帰れます?この子たちも熟睡してるけど…。」 「んー、そうだなぁ…。ねみぃ…。」 「は?」 立ったまま缶ビールを呑みほしてしまった銀さんは、缶を雑に机におき、そしてふらふらっと倒れるように近づいてきたと思えば、ごろんと横になってしまった。…人の膝を枕にして。 「…なんで本来なら胸キュンするようなことをされているはずなのに、こう殺意が芽生えるんですかね。銀さんだからですかね、銀さんだからですよねきっと。ちょっと、銀さん。冗談はやめてどいてください。足しびれますから。」 「…すぅ。」 「まじか。」 神楽ちゃん新八くんに加え、規則正しい寝息がひとつ増えてしまった。頑張れば膝にある頭をどけることもできるが、目の前の寝顔と、少し離れたところにあるかわいい寝顔の2人をみて、何となくこのままでもいいかと思い、私は自分の残っているビールを呑みほした。これじゃあ本を読むどころか、お風呂にも入れない。とりあず今日はここでみんなで寝て、明日の朝に文句をいってやろうと決め、私は膝にあるふわふわの銀色の髪をそっと撫でた。 top | prev | next |