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ようこそ三日月堂へ!


109話



三日月堂は私にとって大事な居場所。

だけど、三日月堂の生みの親は深月さんたち。私が勝手に再建すると意気込んでも、書類上すべてのことは深月さんたちがやらなきゃいけない。だからちゃんと二人の気持ちも確認しておかなければならなかった。



「…もし、名前ちゃんが申し訳ないと思っているなら、そんなこと思わなくていい。…お店が燃えたことは確かに悲しい。だけど、自業自得だと思っているし、名前ちゃんが助かったことが救いだ。それに、」

「…そうね、私たちの旅は、できればまだ続けたいと思っているのよ。ほんと、身勝手すぎるとは思うけども、あの子にまた会えて落ち着いたら、次こそは本当に二人でゆっくりとは思っていたの。」

「名前ちゃんがこの世界で生きていくことを決めたんなら、なおさら好きなことをしてほしい。俺たちのために、三日月堂を再建しようとせず、好きに生きてほしい。」

「私もそう思うわ。ここで生きていくって言ってくれたとき、すごく…嬉しかった。お店を大切に思ってくれる気持ちは嬉しいけど、だけどそれが足かせになっているなら、それはよくないわ。好きなことして、好きな人と出会って、これからの人生を楽しんでほしいのよ。それができると思ったから、きっとこの世界に残るって決めてくれたのでしょ?」

「だから、こんなことをいうのは罰が当たるかもしれないが、三日月堂がなくなったのはいい機会だったんじゃないかって、そう思うこともできるんだよ。」



おじさんの思いがけない言葉に、私は思わず布団から勢いよく起き上がった。深月さんたちは苦笑しながら、同じように布団から起き上がり、私に向かい合った。



「わたしは、…わたしは、そう深月さんたちに言われても…、三日月堂を諦めることはできません。」

「「…。」」

「何十年も愛し愛されてきた三日月堂を、たかが2年そこらしか働いていないわたしが、深月さんたちのようにどうこうできるとは思ってない…。深月さんたちが不在の間、わたしが何の問題もなく営業できていたのは、わたしの力じゃないことも分かってます…。」



売上の大きな部分を占めているのは、やっぱり常連さんたちのおかげだ。何度か、自分なりに新規顧客を増やそうと試みたことはあるが、どれも結果は残せずにいる。だから私ができることは、深月さんたちが培ってきた信頼を、絶対に裏切らないようにすること。それを軸にやってきた。



「この世界で生きていきたいって思ったのは、大事な人たちが増えたから。その人たちと離れたくないって思ったから。だけどもう一つは、三日月堂を、…とっても愛しているからです。」



書店員としての楽しさをもう一度思い出させてくれた三日月堂。もちろん、売上のことを考えれば楽しいだけじゃないが、でもそれも含めてどこまでやれるか試してみたいと思った。私が、私の力を信じて試してみたいと思ったのだ。



「好きなことをしていいというなら、…わたしは、三日月堂をもう一度、かぶき町で始めたい…!もちろん深月さんたちに負担はかけません。再建の分のお金の工面は、…どうにかしてやるつもりです。もちろんすぐにできないし、そんな簡単なことじゃないってわかってるけど、だけどそれでも、わたしは絶対にもう一度、三日月堂の看板を掲げたいです…っ」



なんてひどいワガママだろうと思う。深月さんたちはもうお店を終わらしても言いといっているのに、それだけは絶対に嫌だ。なんと言われようと、私は三日月堂をもう一度やることしかもう頭にないのだ。

私がこの世界で生きたいと願うひとつの確かな理由。



「…嬉しいねえ、俺たちのお店をそんな風に愛してくれるだなんて。」

「ほんとうねぇ、名前ちゃんと出会えて本当によかったと思うわ。」



深月さんたちは嬉しそうにまた私の手を握って、優しくさすってくれた。その手は相変わらず優しく、私を落ち着かせる不思議な手だ。



「ならあのお店の権利を名前ちゃんに譲るよ。」

「えっ…?」

「俺たちのお店を、名前ちゃんが再建するんじゃない。名前ちゃんのお店を新しく作るんだ。だけど、そのお店の名前は変えないでほしい。俺と妻が一生懸命やってきたお店の名を、…名前ちゃんと出会うことができたあの店の名を…、三日月堂の名を引き継いでくれないだろうか。」



おじさんの言葉に、おばさんも大きくうなずく。思ってもいなかった提案に頭が追い付かず、うまく返事ができずにいると、おばさんがぎゅっと抱きしめてくれた。



「…だけど、無理はしないで。辛くなったら周りを頼るのよ。もちろん私たちだって力になる。あなたがまた苦しくならないことを、私は祈っているわ。」

「おばさん…っ」

「なんでも楽しくやったもん勝ちさ、名前ちゃんが笑顔で過ごせるように俺も応援しているよ。」

「おじさんっ…!」



その日の夜、深月さんたちの手の温もりのおかげか、三日月堂で三人で働いていたときの懐かしい夢をみた。その夢をみて、ますます三日月堂への想いが強くなった。あの燃え盛る三日月堂を忘れることはできない。だけど、あの光景に囚われて動けずにいるのは嫌だ。どうせならこれまでの楽しかった三日月堂での想いを胸に、前に進む。



そしてまた三日月堂に灯りを。



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