ようこそ三日月堂へ! |
第110話 深月さんたちと保護されてから数日たったある日の午後。その日はおじさんに、お店の再建に向けて必要な書類や手続き云々を細かく教えてもらっていた時だった。 「…なにやら騒がしいねぇ。」 バタバタと人が走り回る音に、かすかに聞こえる複数人の声。おじさんがいうように、それまで静かだった屯所内が一気に騒がしくなった。ふと、その中に聞き覚えのある声が聞こえたとき、私は持っていたボールペンを机に投げだして、部屋から飛び出した。 「ぎ、んさんっ…!」 「ちょ、おまっ!びっくりすんじゃねーか!!」 「あ、名前!!」「名前さん!!」 「神楽ちゃんっ…!新八くん…っ!」 声のする方に走っていくと、そこには会いたかった万事屋の3人が、土方さんと近藤さんに何か言われつつ、疲労困憊の姿で立っていた。やっぱり聞き間違いじゃなかった、万事屋のみんなの声だった。 「おかっ…おかえりなさいっ…!!」 3人の姿に思わず嬉しくなって、私は体が動くまま3人に抱きついた。というよりも、ほとんど飛びついたに近い。銀さんが真ん中でしっかり抱きとめてくれたおかげで、神楽ちゃんも新八くんもよろけずに、ただただ、苦しいよーといいつつも、嫌がらずに抱きしめさせてくれた。 「感動の再会のところ悪ィが、お前らには聞きたいことが山ほどあるんだ。女中にそれぞれ衣服を用意させておくから、まずはその汚れを落としてきやがれ。手当はそれからだ。」 「さぁさぁ、どうぞ。」 土方さんの指示で、女中さんたちがこぞって万事屋の3人を誘導する。私は、女中さんの邪魔をしちゃ悪いと思い、泣く泣く3人から離れると、新八君はどこか申し訳なさそうに動こうとしたが、神楽ちゃんはもう一度、今度は自分から私に抱きついてきて、離れようとはしない。 「…名前、ちゃんと寝れてたアルか?ごはんも、食べてたか?」 「それはこっちのセリフだよ。神楽ちゃんたちこそ、ろくに休んでないんでしょ?土方さんのいうように、まずは汚れを落として手当しないと。…ね?」 「…。」 神楽ちゃんは浮かない顔をしながらも、なんとか私から離れて、新八君と一緒に風呂場へと向かった。その間、銀さんはまだ何か土方さんと話し合いをしている様子だったが、こちらの視線に気が付くとふたりは話を切り上げた。 「…手当が済んだら部屋にきてくれ。飯も用意させておく。」 「おーおー、そりゃあ至れり尽くせりなこった。うまい飯で頼むよ、土方クン。」 銀さんのいらない一言に、土方さんはとくに言い返しもせずそのまま立ち去って行った。私はとにかく銀さんに言いたいことがたくさんあったが、ぐっとこらえてまずは休んでもらうことを優先にと、神楽ちゃんと新八君と同じく風呂場へと案内しようとした。 「えっと、女中さんたちいないから、私がよかったら案内、」 「名前。」 「…っ」 なのに、そんな風に優しく名前を呼ばれたらどうしようもない。我慢していた涙があふれて、私はまた銀さんの胸元に抱きついた。 「よかっ…よかった無事で…っ、」 「ったりめーだろ。…お前は?」 「…げんっ…きっ」 「あっそ。ならよかった。」 そういって銀さんは私の頭をポンポンと撫でてくれた。その優しさにまた涙がにじむ。 「…たまごっ…やきっ…美味しかった…っ」 「…。」 「わたしはっ…わたしがやれることっ…やるっ」 「…おー。」 銀さんの腕が私の背中に回る。そのままふわりと抱きしめられて思わず深い息が漏れる。衣服は汚れてるし破けているのに、ちゃんと銀さんの匂いがして心が落ち着いていく。 ああ、よかった。もうあの時の焼け焦げた匂いはしない。 「…あらやだ、いつのまに。」 「こりゃあ予想外なこったなー。」 「「!?!?!?」」 突然、隣の襖からこちらを覗く深月さんたちの姿に、銀さんと私は驚いてバッと離れる。 いいいいいいいいまの!!もしかして、もしかしなくても見られてた?!!? 「ごめんなさいね、邪魔しちゃって。」 「おい旦那、こりゃあいったいどういうことか説明してもらおうか?ん?」 「おー、じいさんばあさん、元気そうでなによりだな。」 「俺との約束忘れたんじゃねーだろうな。手出したら容赦しねーって」 「おおおおおおおおじさん!!!わ、わたし女中さん呼んできます!銀さんもちょっと待っててくださいね!」 自分でお風呂場まで銀さんを案内するつもりが、あまりの恥ずかしさに私は自分でも引くほど吃りながら、慌ててその場から走り去った。だんだんと湧き上がる熱に、思わず違う涙が出てくる。待ってわたし、いま、なにしてた? 「(じじじじじぶんから抱きつきにいって、そのまま抱きしめられて、それでいて、それでいてっ…!!!)」 深月さんたちの見られたことも恥ずかしいが、それよりもまず自分がした行動のことのほうが恥ずかしい。というより無意識にそれをしたことが恐ろしい。そしてそのときに抱いた感情が、一番恐ろしいっ…! 「(だめだめだめだめだめ!!!落ち着けわたし!!!!!!)」 廊下を走りながら近くにいた女中さんを見つけた私は、そのまま銀さんのことをお願いし、部屋に戻る前にいったん頭を冷やそうと、近くの縁側へと逃げることにした。 「…あ、」 しかし、適当に落ち着こうとした縁側には、すでに先客がいた。一瞬、引き返そうとしたが綺麗な亜麻色の長い髪をなびかせて、湯呑でお茶を飲んでいるその人が誰かが分かり、私はそのまま足を止めた。 「…ああ、お前か。」 「え、」 「名前だろ、散々あの夫婦から話を聞いた。」 そこにいたのはやっぱり、深月さんたち夫婦が心配をしていた、星願い石の持ち主である天人だった。 top | prev | next |