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ようこそ三日月堂へ!


107話



少しだけ土方さんには電話で話をしたけど、ちゃんと順を追って話そう。

俺たちは若くして結婚した。それも、恋愛結婚。つまり、家柄を気にしての見合い結婚ではなかったんだ。今の時代じゃ、そんなこと大した気にもならないかもしれないけど、当時では珍しいというより、ありえないことだったんだよ。



「ほんとべっぴんさんでなー!俺の一目惚れだよ。」

「あら、私もこんな美青年の方に声をかけてもらえるだなんて、夢のようでしたよふふ。」

「いや、今その惚気話いらねーんだよ、じじい。」

「ま、まぁまぁ、トシ、いいじゃないか。」



土方さんだっていずれ出会うよ、そんな何があっても一生を添い遂げたい相手が。それが俺にはこの人だった。けど、貧しい出の俺と、地主の箱入り娘が自由に恋愛して結婚なんて、誰も赦しはしない。だから駆け落ちをしたんた。誰の援助も受けず、行ったこともない知らない土地で、俺たちは生きていくことにした。

本屋を営もうと思ったのは、俺たちからしたら当然のことのように思えた。なにせ、俺たちを引き合わせたのは本で、本を愛するもの同士だった。だからお店をようやく持てたときは、嬉しかったさ。そのときに、お登勢と出逢ったんだよ。



「懐かしいねー。お互い若かったんもんだ。」

「そうだな、まだ国が貧しくて今ほど贅沢も言ってられねー時代ではあったけどよ、でもだからこそ、人情で町も活気ついていた。」



なんとかお店が軌道に乗って、蓄えも少しづつできた頃、俺たちはこれからのことを話し合った。そうして、決めた。



「こどもを、家族を増やそうって。」

「…。」

「けど、…何年経っても授かれなかったの。病院に行ったけど、原因は不明。何年も何年も、待ち望んで…だけど、願いは叶わなくて。」



この人は、私をいつも励ましてくれた。私に何か原因があるからだろうって言っても、そんなの分かりっこないから、責めるなって。それをいったら、俺も俺を責めるぞ。って。…そんなの、嫌よ。大好きな人が自分を責めるなんて、…そう、お互いが嫌だったのよ。大好きな人が辛い思いをするのは。だから、また私たちは決めたの。



「ふたりで、生きていこうって。」

「でもそれは、決めただけで、諦めがついてたわけじゃないの。町中を歩いて赤ん坊をみかけたら、目を逸らしてしまうし、親の身勝手で貧しい痛い思いをしているこどもを見かけたら、頭に血が上ったりもしたしね。」

「……そうして、俺たちは歳をとった。」



その時だよ、あの天人と出会ったのは。あの子の名前は、知らない。名前はないって言っていたんだ。ただ、長くこの世界を生きているといい、よく人間の姿に化けているといった。それは大人だったり子どもだったり、男だったら女だったり、気分で違うという。



「化け狐ですかィ。」

「もうそのときには時代は天人様だったからねぇ。別段、その子に驚きはしなかったけども、その子が持っていた星願い石には驚かされた。」



その天人は、三日月堂にくるときは必ず娘の姿をしていた。ある日、他愛もない世間話で子どもがいないことを話したら、その子が真っ直ぐな目で尋ねてきたんだよ。家族が欲しいのか、って。もちろん、笑いながら欲しいって答えたさ。けど、歳も歳だから叶わないし、今更だよって言ったら、



「懐から綺麗な石を取り出してね、それから何かを言いながら手をかざすとパァッとその石が光って…」

「”それが本当の願いならば、3年の想いを祈るがよい。満ちた夜、その祈りは天に届く。”そういって、石を置いて店を出て行ったのよ。」


それから3年。毎日欠かさずに私たちは祈った。毎日1回でいい祈りを何度も、何度もする日もあった。そうして気が付けば3年の月日が経ち、あの日が私たちに訪れた。



「あの日…?」

「…お店の前に、あなたがいたのよ。」

「で、でもどうして…どうして私が…?」

「私たちは、…私たちを求めている子が、訪れますようにって。そう、祈ってたのよ。」



たとえば苦しくて泣いている子がいたら、愛されたいと願う子がいたら。そうして私たちの愛を受け入れてくれる子がいたら、と。



「あなたは最初、ひどく怯えていたわよね。もちろん、無理もないことよね。それまでどこかで普通に生きていたのに、私たちの身勝手な願いで知らない場所にきたんですもの。だけど、私たちの願いが叶ったということは、あなたはきっと、誰かに愛されたくてひとり泣いていた子。だから、」

「…生きているだけで儲けもん。」

「…覚えてくれていたのね。」



私たちのところにきなさい。そういった言葉に後悔はない。だけど、不安はずっとあったの。何度も言うように、私たちの願いが叶ったということは、あなたにその意識がなくても、私たちを求める想いが少なからずあったということ。だけど、実際に私たちと過ごすことで、やっぱり違うなって、帰りたいなって思われたらどうしようって不安だった。



「…だから、もう願わなくていいのに、星願い石に毎日祈った。今度は、あなたが…あなたが毎日笑顔で、楽しく暮らしていけますようにって。」

「老いぼれの私たちができることなんざ限られているが、それでも与えられるものは、なんでも与えたかった。」



おはようからおやすみまで、当たり前のあいさつを交わして、おいしいごはんを食べて、他愛もない会話で笑いあって。時々、仕事終わりにご近所さんまで三人で遊びに行ったりして、そういう家族の時間をとにかく大事にしたかった。…すぐにあなたが、そういうのに慣れていないことは分かったし、嬉しく思ってくれていることにも気が付いた。だからだんだんと、不安は安心になりつつあったの。



「けど、絶対に俺たちのほうが早く逝く。名前ちゃんを一人にしてしまうことは、俺たちにとって一番の恐怖だった。だから、この町で生きていくために、俺たち以外の存在とも関わりをもって生きてほしいと思って、いろんな人を巻き込んだ。」

「これまであなたにどんな悲しいことがあったのか、私たちは知れない。だけど、ここで新しく生きていくなら全力で応援したい。それが、私たちが最期までできることだと今も思っているの。だけど、もし…もし、あなたが帰りたいと願ったならば…?」

「そんなっ…!」

「…今はそうやって首を振ってくれるが、可能性はゼロじゃないだろう?…だから俺たちは話し合ったんだ。」



星願い石。もう一度あの天人に会って、この石に魔法をかけてもらおう。



「…あなたが、あなたの願いを叶えられますようにって。」

「俺たちが店を名前ちゃんに託して旅に出たのは、あの子にまた会うためだよ。」



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