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ようこそ三日月堂へ!



104話



襖の隙間から差し込む朝日で自然と目が開いた。瞼が重たい。きっとまたひどく腫れているのだろう。ゆっくり上半身を起こして、額に手をやる。軽く頭痛がするが、息はゆっくりできるし、痺れもない。



「…そ、ご…」



総悟の名を呼ぼうとしたのに思ったように声が出ない。どうも喉がカラカラだ。私の足元で座ったまま眠っている総悟を動かさないように、手元にあったお水を飲む。よし、力はちゃんとはいる。



「…。」

「…起きたんなら起せやィ。」



ペットボトルを畳の上に置いた気配で察したのか、総悟が大きな欠伸をしながら目を覚ました。私が何かを言う前に、総悟は私の顔色を一瞬見たあと、土方に報告してきまさァといって早々に部屋を出て行ってしまった。



「…。」



まずは何から考えてどうするか。まずはそれを考えなくちゃいけない。まだ痛んで冴え切らない頭を抑えながら、ひとまず布団から抜けようとしたとき、部屋の中にまさかの人が入ってきた。



「眠り姫みたいに長く眠るかと思ったのに、ほんとあんたは働きもんだねぇ、誰かさんに見習わせてやりたいよ。」

「…お、とせさ、ん…?」



いつものタバコをふかしながらそこに立っていたのは、真選組の屯所にいることがひどく不似合いな、お登勢さんだった。



「どうされ、」

「朝ごはんだよ。」

「え?」



そういってお登勢さんは、さも当たり前かのように、私の目の前にとびっきり大きい重箱を置いた。ドンっ!という音で、箱の中の重さが想像できた。でも、一体どうしてお登勢さんが?真選組に?重箱を持って?

全く点が線に結び付かず、ただただ慌てふためく私を、お登勢さんは微かに笑いながら、ひとつづつ蓋をあけて、私の目の前に置いていく。



「…あ、」



綺麗に並んだ三角のおにぎりに、色鮮やかなお野菜。別の箱にはみっちり詰め込まれた、茶色の揚げ物。また別の箱にはたくさんのフルーツと、ボリュームたっぷりのサンドイッチ。それから、何気に私がお登勢さんの料理でいちばん好きなナポリタンに、シーフードたっぷりのカップグラタンまである。もし名前をつけるなら、まさしく「みんなの大好物の盛り合わせ。」だろう。



「食べられるもんから食べな。」



お登勢さんはそういって、割り箸を割って差し出した。それをほぼ反射的に受けとってしまったが、さすがにいただきますとはならない。さっきの水ですらなんとかだったのに。お登勢さんに申し訳なく眉を下げながら、今は少し…と、言おうとした矢先。箱の隅に、あるものを見つけた。



「…っ」



驚いて一瞬息をのんだ。

けど、理解するのは早く、自然と箸をもつ手が動く。お登勢さんの料理に埋もれるように端にひっそりとあるそれ。それもたった一個。なんで、一個?他はどうしたの?と、つい笑ってしまう。その拍子に涙が溢れたが、さっと人差し指で拭った。

ああ、とっても綺麗な黄色だな。それに、見た目からわかるふわふわ加減。私はそれをそっと箸で掴み、一口かじった。



「…あたしゃそんな甘ったるい卵焼き好きじゃないんだけどねぇ、あんたは好きなんだってね。」



そういってどことなく嬉しそうにタバコを吹かすお登勢さん。私は食べながら笑って頷いた。うん、やっぱり自分で作るより、格別に美味しい。私が大好きなそれ。

銀さんが作る、甘くてふわふわの卵焼き。



「こりゃあ豪勢な朝食でさァ。ちょいっと俺も食べていーですかィ?」

「ガハハ!どうりでいい匂いがすると思った!」

「総悟、ちったぁ遠慮しやがれ。」



明るい声と共に、総悟が部屋に近藤さんと土方さんを連れて戻ってきた。総悟は土方さんの忠告も無視で勝手にお弁当をつまむ。その姿にお登勢さんは呆れた様子で、好きにしなといって、お箸を渡した。



「でも、どうして…」



お登勢さんはこれを持ってここに?ううん、それよりもどうしてこの卵焼きが?そう聞こうとしたが、急にお登勢さんに抱き締められ、言葉を飲み込んだ。この部屋に入ってきた時から、お登勢さんはいつも通りのお登勢さんだったし、何よりいつも威勢のいいお登勢さんからは、その行動が予想外だったからだ。



「…どんなことがあっても、生きてさえいりゃどうにかなる。けど、生きていくためには、食わなきゃいけない。だから、ちゃんと食べな。あんたは、生きてんだ。…無事で、…ほんとよかったよ。」



その言葉にハッとさせられる。…そうか、私は無事なんだ。無事、だったんだ。もし、あのとき、お店にいて大火事に巻き込まれていたら?きっと、無事ではなかった。命があったかどうかも、わからない。けど、私はこうして生きている。そのことに今更に気付いた私は、お登勢さん!と、背中に腕を回した。



「ごめっ…なさっ……っありがっ…」

「謝るんじゃないよ。それに、…感謝の気持ちなんざ落ち着いてからでいいんだよ。とにかく食べて、体力つけて、…それからさ。」

「うんっ…」


思わず縋りたくなるこの優しさは、何だろう。無性に甘えたくなるこの感情は、何だろう。私はそのままお登勢さんの着物に皺がよることも、涙で濡れてしまうことも厭わず、抱きついたまま、何度もありがとうを言葉を零した。

お登勢さんはそれを律儀にも全て掬って、大丈夫だから、いい加減泣き止みな?などといいながら、背中をゆっくりと撫でてくれた。



そうだ、私は生きている。生きて、いるんだ。



だからもう一度、自分に言い聞かせる。諦めたりは、しない。終わらせない。私は、逃げない。

大切なものを、守る。

よし、動こう。私にできることから。



私は、ようやくお登勢さんの胸から顔を上げて、涙を拭った。そしてしっかりと背筋を伸ばして、深く呼吸をひとつ。それから近藤さん、土方さん、総悟に顔を向けた。



「…いまの状況を、教えてください。」



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