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ようこそ三日月堂へ!

第103話



過呼吸になったのは、あの時が初めてだった。

毎日、毎日、何のためにこんなに働いてるのか、もう考えることもやめた頃。時々、私を救ってくれたのは、お客様のありがとうの言葉だった。ほとんどは、お金を支払って本を渡しておしまい。たった数秒、数分の出会い。けど、中にはじっくり棚を見て、他愛もないことを話して、嬉しそうに本を手に帰って行くお客様もいる。

本の居場所、棚に愛情をかければかけるほど、ちゃんとそれは、わずかでも反応として返ってくることがある。私はそれが好きだった。

本が好きだし、本を好きな人が、好きだった。

それなのに、



「…閉店ですか。」

「残り1ヶ月、しっかり頼むよ。」



突然知らされた閉店。しっかり頼むって、何を?思わず事務所で苦笑して、近くにあった段ボールを蹴り飛ばしたことを今でも鮮明に覚えている。でもあの時、怒りで蹴飛ばしたのか、それとも、すでに自暴自棄だったのかは定かではない。



「突然すぎます!」

「私たち従業員はどうなるんですか!!」



私だって本当は声を荒げて抗議をしたかった。せめて、半年。いや、2ヶ月でもよかった。もっと、もっと早く言ってくれれば、何かできたかもしれないのに、と。

そう、閉店は一社員の感情では覆せない。

それならばせめて、閉店に向けて、何か残せるものがあるなら残したかったし、繋げれるものがあったら繋ぎたかった。けど、



「何もしなくていい。しようとするな。発注も止めてくれ。無駄な仕入れだからな。粛々と終わらせてくれたらいい。ああ、君は、また違う店舗の責任者に、」



それからは記憶が曖昧だが、たぶん本当に私は、全てのことを粛々と終わらせた。ずっと働いてきた従業員に、裏切り者と罵られながら。お前の力不足でここがなくなるんじゃないのかと、お客様に罵られながら。



…その日だ。帰って猛烈な吐き気に襲われて、そのまま嗚咽がとまらなくなって、息ができなくなった。時間は分からないが、体感的には長く過呼吸に苦しんだ。このままいっそのこと死ねたらいいのに、なんてことも考えた。



なんで、守れなかったんだろう。
いや、ちがう。なんで、守ろうとしなかったんだろう。



大切な私の居場所をなんで、何の努力もせず勝手に諦めて終わらせてしまったんだろう。たとえ残された時間が短かったとしても、何もするなって言われても、何かできたんじゃないだろうか。そもそも何かできることを、私は考えでもしただろうか?



「…あしたは、あたらしいおみせ。」



もう次の配属先は決まっていた。人が足りてないからという理由で落ち着く暇さえ与えられなかった。



なんの、なんのために私は好きで書店員でいるのだろう。



ー「…終わらすな。言葉にして、終わらすな。守るんだろ。守りてーんだろ。まだ、なんもしてねーのに、逃げるんじゃねーや。」



本当にその通りだ。守れなかった、なんていって。なんもしてないのに、なんもしようともしなかったくせに。



ー「好きか嫌いかで自分のことを考えたことがねェ。けど、自分の弱い部分は、分かっているつもりだ。」

「弱い、ところですか?」

「…あぁ。だから、強くならなきゃいけねェって、努力はしている。」



私はこの世界で弱さを受け入れて強くなることを学んだ。
自分を、好きになることの大切さを知った。



ー「わたしはわたしにできることで、銀さんを護りますから。…護らせてくださいね。」



あの時に失ったはずの気持ちがまた自然と芽生えたことには心底驚いたが、けど嬉しかった。心から、護りたいもの、護っていきたいものができたことが誇らしかった。

それなのに、



ー「ないの、…っ、もう…っ!帰る場所、大切な場所、…守って…守れなかっ…!」



また同じ過ちを犯すところだった。

そうだ、約束を守ることも、大切なひとを護ることも、どっちも私は諦めちゃいけないし、まずはどうしないといけないか、どうすればいいかを考えなくちゃいけなかった。

なんのために、最後まであの光景を目に焼き付けたんだ。



「…っ、たしも…まもる…っ、ぜったい…っこんど、こそ…っ…」



息を整えながら、それだけをなんとか言葉に、声に出して伝えれた私は、ようやく総悟の支えに身を任せて、もう一度、目を閉じた。

私は諦めない。

だけど、少しだけ、少しだけ休んでから。
それからにしよう。



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