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ようこそ三日月堂へ!

第102話



火災実況見分という名で警察と消防が調べたところ、出火箇所は住居内ではなく、やはりお店の方だった。おそらくシャッターを無理矢理こじあけ、その隙間から着火剤となるなにかを投げ入れた。その証拠として、火災によるものではないシャッターの破損と、不審なものが落ちているのが確認された。

それならばきっと一瞬だったのだろう。一瞬のうちに、本という名の紙が、燃え盛ったのだろう。



「…さらに詳しくは後日になります。ひとまずは、」



本来なら私がすべきことや、これからしなければならないあらゆる手続き関係を、土方さんが警察としてではなく、私の代理人という形でやってくれているのが、声でわかった。そこまで耳は機能しているというのに、それ以外は全く機能せず、私は、ほとんど銀さんに支えられながら、かろうじての状態でずっと”そこ”に突っ立っている。



「…旦那。」

「…ああ、そっちは終わり?」

「ええ、これから陽も沈みやすから、明日に改めてってとこでさァ。……ひとまず現状伝えれることは、このままだと倒壊の恐れがあるんで。…取り壊しでさァ。」



ー取り壊し。



その言葉を総悟の口から聞いた途端、それまでなんとか保っていた身体すべてが、自分のものではないかのように、力を失った。けど、そんな私を片手で救いあげて、銀さんはまた力強く抱き寄せてくれた。



「…しばらくこっちで預かりやす。」

「頼む。」



旦那は?総悟がそう聞くと、銀さんは一瞬黙りこってから、少し低めの声でやらなきゃいけねーこと済ませねーとなといった。



「…名前。」

「…。」



銀さんに呼ばれているのに返事ができない。その代わり、少しだけ銀さんの方に視線を向けると、銀さんは小さく頷いてから、私をゆっくりと離し、何も言わず、今度は総悟の方へと身を預けさせてくれた。



「…え、」



そしてそのまま背を向けて立ち去る銀さんを、反射的に追いかけようとしたが、総悟の手によって阻止されてしまった。



「ま、…って、…やだ、ぎんさ、…!」



なぜだろう。ここから銀さんがいなくなることがひどく怖くて、私は、銀さんの名前を叫んだが、もちろん、銀さんが振り返ることはなかった。その代わり、総悟がそのまま私を近くにあったパトカーに乗せてくれた。もう抵抗する力も、ふんばる力もなく、私はただ、目を閉じた。





まだたくさん仕事があった。

新しい本の入荷、常連さんたちが頼んでくれた注文の品、自分が読んで面白いと思った本の紹介、とある出版社と企画していたフェアに、季節のイベント。

たくさんの本と、人との出会いを楽しみに、今日も明日もずっと、馴染んだエプロンをつけて仕事をするはずだった。

深月さんたちが築き上げた信頼と、愛でて、愛でられて育った町の書店、ここ三日月堂で。



ー「これからは名前ちゃんの思うやり方で、このお店を愛してやってくれないかな。それでね、これはものすごく勝手だとは思うんだけども、俺たちも長旅を終えて必ずここに帰ってくるから。そう、帰る場所をね、用意しててくれないかな。」




「……っ!」

「…大丈夫でさァ。」



何に手を伸ばそうとしたのか、行き場のない手をそっと握ってくれたのは、総悟だった。どくんどくんと、体の外にまで音が聞こえそうなほど早い動悸を抑えるように胸を押さえつけながら起き上がる。…ここは、どこだろう。



「屯所でさァ。」



総悟はそういって近くに置いてあった水のペットボトルを私に渡し、それからタオルで額を拭いてくれた。どうやら汗をかいているらしい。そうか、私はあれから呑気にも寝ていたのか。いや、あれからというのはなんのことだろう。寝ていたのなら、夢を見ていたのかもしれない。ひどい、夢を。



「…もう少し、夜が明けるまで寝てていいでさァ。」



そんな、わけがない。

自分を嘲笑うように小さく短い声が出た。夢、だなんて現実逃避にも無理がある。あの黒煙と今も鼻に残る臭い、耳に残るあらゆるものが壊れて消えて行く音。あれが、夢なわけがない。



「……。」



ふと、襖の向こうに目を向ける。ああ、この暗い夜があけて、空が明るくなったらきっと、屯所から少しづつ朝稽古の声が聞こえてきて、食堂からは朝食のいい匂いが漂ってきて、町は少しづつ人が動き始め、賑わいが増していくのだろう。でも、



「…ない…、」

「…。」



そこに、三日月堂はない。誰かにとって昨日と変わらない日常がやってきても、私にはやってこない。それが、どれほど恐ろしいことかを、この震える身体が教えている。どうして、こんなことになったのだろう。もう、二度と、大切なものは失わないようにって、守ってきたつもりだったのに。それなのに、



「たいせつな、…ばしょ、…たのまれた、のに…っまもっ…まもれなかっ…!」



守れなかった。


その一言を言い終わる前に、総悟が私を抱きしめた。もう何度も抱きしめられている気がするが、これまでとは違い、その力はとても優しく、トントンと私の背中をリズムよく叩く。まるで、こどもをあやすかのように。



「…終わらすな。言葉にして、終わらすな。守るんだろ。守りてーんだろ。まだ、なんもしてねーのに、逃げるんじゃねーや。」



総悟の言葉に一気に涙が溢れる。視界からはもう何もみえない。ただ、耳元で総悟の言葉が響く。



「泣くだけならひとりで泣いとけ。けど、立ち向かうってんなら、一緒に…闘ってやりまさァ。」



涙が溢れるたびに呼吸が浅くなる。なんとか、総悟が背中を叩く優しいリズムに合わせれるように意識しても、気持ちが追いつかない。

そう、気持ちが追いつかないのだ。総悟が言ってくれたように、守れず失うなんて、もう二度とごめんだったはずだ。その痛みは十分に知っているはずなのに。それなのに…!

段々と、手足が冷たくなって、痺れを感じる。ああ、まただ。またこの感覚、どうしようもない苦しみ。



「…ゆっくり息吐きなせェ、…土方さん、紙袋、」

「すぐ用意する。」



いつのまに、土方さんが?わずかな視界から黒い隊服を捉える。きっと、…きっと心配して部屋の外にいてくれたんだろう。総悟も、こうしてずっと私が目を覚ますまで側にいてくれたんだろう。



「大丈夫、大丈夫でさァ、名前はひとりじゃねェ。」



そういってそっと手を握ってくれた総悟の温かさに、自分の手の痺れが和らいだ気がした。それでも、うまく息が吸えず、吐くのも苦しい。目をぎゅっと閉じて、もう一度背中のリズムに意識を向ける。

…あぁ、そういえば銀さんもあの時、こうしてくれたな。



ー「言ったろ、助けてやれることは助けてやるって。」



ずっと、独りだったのに。

手を伸ばしても、意味がないと勝手に諦めていたのに。それなのに、いまはこうして誰かが、私に手を伸ばせといって、その手を掬いあげてくれる。

そうか、私はもう、独りじゃない。



私は、堕ちては、いかない。



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