×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
ようこそ三日月堂へ!


第101話



ーどうして本屋さんを営もうと?



貧しい家の出でね、何かを学ぶってことが、なかなかできなかったんだよ。だけど厄介なことに、生きていると不思議なことがたくさん溢れていてね。それらを全て、知りたいと思ったんだ。

そんな時、捨てられていた一冊の図鑑を見つけてね、ありゃあ驚いた。こんなにも知りたいことの答えが載っているものがあるなんてって。

それからだよ、自分の欲のために本を収集して、同じような人に本を差し出そうと思ったのは。



ーおばさんも?



私はどちらかといえば、空想が好きでね。現実に飽き飽きしていたから、現実逃避させてくれるものが好きだったの。

ああ、私は主人とは逆で、恵まれている環境にいたのだけど、…馴染めなくって。だから家出して、勘当されて、そして主人と一緒になったのよ。ふふ、そうね、駆け落ちね。主人との馴れ初めはまた今度話すとして。

色々あって、この人と一緒になったとき、私たちを繋げてくれた大切な本という存在を、たくさん愛でて、愛でてもらえるような、本屋をつくろうって決めたのよね。



ーそれが、三日月堂?



そう、綺麗な三日月の下で誓ったあの夜のことを忘れないために、三日月堂という名でこのお店は生まれたんだよ





「…っはぁ、はぁっ」



なりふり構わず全力疾走したからか、それともこの禍々しい煙のせいか、息も絶え絶えになりながらそこにようやく辿り着いた。辺りはほとんど先が見えないほど煙に覆われているが、たくさんの人が忙しく動き回りながら、怒号が飛び回り、警報が鳴り響いているのは確認できた。



「名前!!!!!」



危ねェから近寄るな!!といって土方さんに肩を掴まれたが、私はその手を鬱陶しく、勢いよく払い除けた。視線は目の前の黒煙から離せなかった。



「なん、…でっ…!!!なんで燃えてるの!?なんでっ!!!!!」



黒煙の一角で、見たこともない大きな炎が燃え上がっている。どうにかできる、なんて思わせてもくれない目の前の光景に、誰も答えを知らない”なんで”ばかりが込み上げる。この耳をつんざく音は、たくさんの"本"が燃えている音だろうか。



「名前ちゃん!!くそう!!おい、誰か状況説明を!!」

「ま、待ってください…これ…っ!」

「銀ちゃん!!!」

「…っ!!」



住居スペースでの火の元の管理は常日頃しっかりしている。店舗スペースも、1ヶ月に1度は外部の業者に頼んで、全てにおいての安全点検を行なっている。だって本屋は紙の宝庫だ。何かあればどうなってしまうことくらい分かっている。それだけ細心の注意を払ってきた。

だから、火事が、こんな大火事が起こるはずなんてない、はずなのに。



「火の粉が上がる前に、不審な人物が店前をうろつく姿が目撃されています。鎮火後の実況見分で明らかになるとは思いますが、…この火の回りの速さはおそらく、」



ー名前殿が危ういかもしれん。

ー君に一切の被害がないとは、言い切れない。



「…っ!!!誰がっ!!」

「名前!!!」

「誰がっ…こんなっ…!!!なんでっ!!!やだ!!やだああぁあ!!!!」



“なんで”が分からなくても、”誰か”がやったことだけは分かったとき、自分の全ての感情が失われていく感覚がした。呼吸がしにくいのに、声を出していないと、その恐怖に飲み込まれそうだった。

早く、早く誰か、昨日までの愛しい日々すべてが、灰になってしまう前に、誰か、誰かお願いだから…!



「っ…!!おい!!煙を吸わねェように、避難させろ!!」

「は、はいっ!!名前さん!!」

「やっ…だ!!離してっ…!!」



誰かが私の腕を引っ張って連れて行こうとするが、それに抵抗した。ここで離れたら、目の前のこの絶望から目を背けたら、私は一生後悔する。ただ、その一心で掴まれている腕を離せとばかりに全身を使って相手の動きを阻む。



この熱さを、痛さを、そして怒りを。



「っ…ねがいだから…!!さいごまでっ…!!!」



目に、身体に、記憶に、焼き付けておかないと。



ー深く、もう手も届かないほど堕ちてしまった。



憎しみの深淵の入り口はここだろうか。

一瞬、そんな言葉が過った。あれは、誰が言った言葉だっただろう。そんなことを思っていると、誰かがそっと名を呼んで抱きかかえてくれた。そのせいで、それ以上の思考を停止した。



「…わーったから。俺が口元押さえといてやるから、ここにいろ。」

「!!なんでっ…なんっ…でっ…!」



ああ、どうして今日に限って銀さんからは甘い匂いがしないんだろう。いつもは、嫌になるほど甘いのに。鼻にこびりつく焦げつく臭いが腹正しくて、私は何度も銀さんの胸を叩いた。けど、銀さんは何も言わずにただ強く、とても、痛いほど、私の口を押さえて、片方の手では腰を抱いて立たせてくれた。



もう声を出す必要はなかった。

出る声も、なかった。ただ、流れる涙で銀さんの手を濡らし、慌ただしく駆けまわる真選組の人たちのうしろで、大切なものが燃え尽きていくのを、この目でしっかりと見届けた。



top | prev | next