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何を願う? 第99話 手に入れたいもの?これが?手元にある石をまじまじと見つめながら首を傾げる。 「…その石は、古から伝わるらしい願いを叶えるかもしれないものだ。」 「「…。」」 古、願い、らしいとかもしれない。…全くもって胡散臭い。さっきまで漂っていた重たい空気が、ちょっと白けた空気に変わる。その証拠に銀さんは足を組んで鼻をほじっているし、神楽ちゃんは酢昆布を食べ始めた。新八くんとわたしだけが、少しだけその話を信じようとしている。 「俺も信じているわけではないのでな。曖昧な言い方しかできないが、探している奴らがいるのは事実だ。…その奴らの動きが元気すぎるが故に、いま警戒をしていたところだ。」 「警戒?」 話が見えない、難しい。そう表情に出ていたのか、桂さんは順を追って話そうと言ってくれた。 発端はここ数ヶ月前に起こった、とある天人の組織と、とある攘夷の組織の裏取引だった。 桂さん曰く、天人と攘夷志士たちは相容れない存在だが、利害が一致すれば平気で手を組むという。 利害の一致。それは、天人たちは探している石を手に入れること。攘夷志士たちは国家を揺るがす機密情報を手に入れることだという。 「…攘夷志士とは、天人を追い出したい、その天人を受け入れた国に不満を持っている人たち、でしたよね?」 未だこの国の歴史に疎い私は、銀さんに確認するように尋ねると、俺に聞かずに目の前のやつに聞けよと言われた。…そうだった。桂さんは攘夷志士だ。 「さよう。俺はこの国をもう一度、美しい国にしたい。だが、全員が同じ志を持っているわけではない。国に、…幕府に憎しみを抱いているだけのものもいる。…深く、もう手も届かないほど堕ちてしまった。」 堕ちて、しまった。 その言葉だけがやけに印象に残り、私は心の中で復唱をした。憎しみに、深く堕ちる。それは、いったいどんな心境だろうか。 そういった人たちは見境がない。結果、あらゆる手で石を探しているという。それなら警察が動きそうなものだと言えば、すでに暴動に気付いてその都度動いてはいるらしいが、どれも的外れらしい。 「おそらく、本命が捕まらないように天人たちが細工しているのだろう。濡れ衣で捕まったものたちもいる。」 なるほど、それで桂さんは警戒していたのか。やっと話がある程度見えてきたところで、ふと浮かんだ疑問。 「…その、この石にもし力があるなら、それこそ攘夷さんたちも欲しがるのでは?」 「そうだな、しかし相手方が裏切った場合の代償は払われているはずだ。それがなければ、裏取引などは成立などしない。」 そうか、そういうものなのか。自分がいかに平和な立場にいることを知る。だけど、その感覚が普通だとでもフォローしてくれるかのように、銀さんはそっと私の頭に手を置いた。 「俺はもっと根本的な疑問があるけどな。」 「なんだ?」 「この石に力があるのかどうかだよ。願いが叶うぅー?なら、俺の大富豪になる夢も叶えてくれや。」 そう言って銀さんは私の手元にある石をツンツンと突く。たしかに、まともな人間が身に見えない力を信じるのは、何か不可解だ。けど、…深月さんたちはたしかにこの石を大切にしていた。石の力のことを信じて、大切にしていたのだろう。 「…その石について分かっていることは多くない。ひとつは、正式の名を星願い石だということ。もうひとつは、とある天人が所有していたものだということ。そしてそれを、なぜか名前殿が世話になっている夫婦が持っていたってことだ。」 特徴が似ているだけで、偽物の可能性もあるがといって桂さんは私の手から石をとり、まじまじと見つめた。 「本物かどうかの見分け方は、どうも呪文があるらしいが…そこまでは調べがついていない。」 神楽ちゃんが、ちちんぷいぷいとかアルか?と聞いて、そんな夢物語的な…と新八くんが答えている横で、私はそっと手を口元に添えて頭を巡らした。呪文…。もしこれが本当に星願い石で大切にしていたというなら、この石に向かっていつも手を合わせていた時の、あの言葉は…? 「…とい、…といとい…。」 「「は?」」 「…toi toi toi」 私が小さくそう呟くと、桂さんの手元にある星願い石がほわっと青色に光った。それをみた全員が目を見開く。反応したってことは、これは本当に力を持った、石? 「あれ、…だんだんと光が弱く…。」 「消えちゃったアル。」 けど、すぐに青い光は消えてしまった。銀さんがもう一度、私と同じ言葉を口にしてみたが、石は反応しなかった。 「…どういうことだ?」 「…もう少し星願い石について調べねばならんな。…俺はこっちから探ろう。銀時、お前は、」 「深月のおやっさんたちを探す。」 銀さんはそういうと桂さんから石を奪い、自分の着物の懐へと隠した。そして、銀さんが何か口を開く前に、桂さんがやけに深刻そうに私の名前を呼んだ。 「…そのご夫婦が名前殿に急いで連絡してきたことを考えれば、おそらく石の持ち主だということがバレていて、追われている身なのかもしれぬ。」 「?!?!」 追われている。その一言で、状況がさっと飲み込めた。この星願い石を探している組織がいる。深月さんたちからの突然の連絡。万事屋への依頼。 …そして桂さんが最初に銀さんに言った言葉、私が危ういの意味。 「…名前さんは僕たちが守ります。」 「大丈夫ヨ、ここにいれば安全ネ。」 両手を新八くんと神楽ちゃんがそっと握ってくれて、はじめて自分の手が震えていることに気がついた。それをぎゅっと握り返しながら、なんとか心臓を落ち着かせようと息を吸って吐く。 「わ、わたしより…深月さんたちが心配っ…!」 私の身に起こる恐怖よりも、深月さんたちに迫っているかもしれない恐怖の方が、私には恐ろしかった。もし、もしもあの2人に何かあったらと思うと、…全身が冷えていく。 「…真選組はおそらくまだこの事態に気付いておらぬ。名前殿のことを考えれば、話しておいた方が何かといいだろう。」 「…あぁ。」 朝のあの電話からずっと収まらない、胸の奥のざわめき。どうか、どうか全ての心配が杞憂で終わりますように。そう願うように、私は新八くんと神楽ちゃんの手を握り返したまま、ふたりに抱きついた。ふたりは顔を見合わせたあと、そっと私の背中に手を回し、優しく抱きしめ返してくれた。 top | prev | next |